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お客様が神様だ!  作者: 迷
3/4

03_食神登場!

「皆さま、今日は楽しんでいってくださいね!」



整えられた芝生の広場の中央、特設ステージから聞こえてくるのはこの辺りで最近人気になってきているご当地アイドルの楓モナ(カエデモナ)。

ふんわり系の茶髪ボブにどこかのプリでキュアな女の子を思わせる白を基調にしたフリフリ衣装。

・・・1月の気温ひとケタでも短いスカートを履いて笑顔でいられるそのプロ根性、尊敬ものだと思います。


そしてその隣でぴょこぴょこ上下に揺れている成型失敗した丸はんぺんのような物体は最近地元で考案されたゆるキャラのパム(パムスケ)

パンと酵母の妖精との設定を持ったその体は地元の職人が試行錯誤して作ったパン生地のようなモチプニ触感で、見た目こそアレですが 子供が抱き着きたいゆるキャラナンバー1 の称号を持っている人気急上昇中ご当地キャラとのことです。



・・・で、何故にこんな所の説明をしているかというと、



「寒いですね」


「全くじゃ」



例の2人がここにいるからです。


地元開催の小規模なイベントとはいえそれなりに人の集まっている中、その2人はステージの次に周囲の目を惹いていました。



一人はコートを着ていても分かるくらいに痩せた20代くらいの女性。

濃い灰色のダッフルコートは微妙に毛玉が浮いていて、そこから見える黒タイツを履いた足は可哀想なくらいに細く骨が浮いています。さらに黒い髪は明らかにパサパサで、顔つきこそ若そうに見えるものの肌ツヤもあまり良くないように見えます。

見れば誰もが 栄養失調 の単語が浮かぶ見た目の、何とも貧相な女性でした。


そしてもう一人は何故か白い和装姿の30前後くらいの男性。

ここらの地域でもそれなりにはコスプレをする方はいますが、着ている服の質感は明らかにお高そうな本格的な物ですし、少々痩せ気味には見えますがスラっとした体型に艶の良い流れる黒髪と白い綺麗な肌。

頭の犬耳さえなければ高貴なお家の若様かと思ってしまうような何とも素敵な男性でした。



「ほれ、こんな所で止まっていても寒いだけじゃ。早よ行くぞ」


「はい!」



会場の目を集めるおかしな男女2人組みは、自分達に向けられている好奇な目も気にすることなく会場端の1点を向いて歩いていきました。



「日向日子、参加します!」


「ワシは応援じゃ」


「あ・・・はい。ご健闘を・・・」



【参加者受付中】

と書かれた幕を掲げている仮設テントでごくごく事務的な対応をしていた青年は、いきなり目の前に現れた痩せた女性と完成度の高いコスプレイヤーの男性に圧倒されながら紙とペンを差し出します。



その紙には



----------


大食い大会 参加申込書


私は健康を害する行為を行わないことを約束します。

また、万一の事故が発生しても大会責任者に一切の責任を問いません。


参加者名:


----------



と書かれていました。


はい。見ての通り大食いの参加申込&同意書です。

ヒノコは迷うことなく名前を書き、意気揚々と受付に申込書を提出しました。



「よろしくお願いします!」


「でも・・・大丈夫ですか?この大会、結構食べる量多いですよ?」



受付係の青年は用紙を受け取りながら目の前のヒノコと、その隣に偉そうに立っている和装の男性をじっと見た後に言いました。

どう見ても食べられそうにない・・・というかその前に、普段からロクに食べてなさそうな女性です。そりゃあ参加者は多い方が盛り上がりますが、あまりにも食べられない方が出てきても運営側としては困りものなのです。

しかも受付すぐの隣に設けられら選手用の控え席となっているテントの下にはヒノコが2人3人すっぽり入ってしまいそうなくらいの大きな体格の方ばかりが座っていますし、選手たちもヒノコとナオ様の事をチラリと見て、まだ大会始まる前だと言うのに勝ったような表情で笑っていました。

・・・そりゃ、こんなガリガリの方が来たら誰だって「貧乏人がタダ飯目的で参加してきた」と思うでしょう。



「大丈夫です!私には神様が付いていますから!」


「うむ」



しかしヒノコの態度はどうにも冷やかしや興味本位の参加という風ではないようで、本気で勝つ自信があるような雰囲気をしているのです。

なので見た目はともかくとして、運営は心配しながらも参加許可のハンコを押したのでした。



「で・・・では、大会時にはこちらのゼッケンを着用して、それまではそちらの控え席をお使いください。

大会開始10分前くらいに呼び出しがかかりますので、それまでは自由にしていただいても構いません」



そうして晴れて選手になったヒノコとナオ様は控え席に座り、辺りを見渡しました。


会場には大会の受付と選手控え席の他にもずらりと仮設テントが建てられていて、それぞれで肉やら米やら甘味やら、ここらの地域ではそれなりに名の知れたお店の出張屋台が出店されていました。

大食い大会も確かに盛り上がりますが、集まったお客の殆どは各々好きなものを買って食べて、食を楽しむのが目的のイベントなのです。

美味しそうにからあげを頬張る親子を見てお腹を鳴らせているヒノコなのですが、残念なことに彼女の財布はとてもじゃありませんが買い食いできる程の裕福さは持っていません。

それにもう数十分も待てば食べれば食べるだけ次の料理が運ばれてくる大食い大会が待っているのですから、わざわざお金を払って食べる必要も無いのです。



【グギュルルルルル】



・・・とは言ってもコーヒーと余った菓子を主な食料としているヒノコにはお米やお肉の良い香りが漂うこの場は精神的に少々酷な時間でした。



「耐えるんじゃヒノコ。これも勝つための試練じゃ」


「うう…目にも鼻にも毒ですね・・・」



空きに空いた腹が悲鳴を上げるヒノコがそんな会話をしていた時でした。

お腹を鳴らすヒノコの前にのそりと焼き鳥が数本乗ったフードパックが現れたのです。



「・・・あの、一緒に食べます?」



ハッとしたヒノコとナオ様が焼き鳥と、焼き鳥が現れた方向を向きました。

そこには何とも可愛らしい顔に白のダウンコートを着た、ヒノコよりも若干年下と思われる女の子が心配そうな顔つきでこちらを見ていたのです。


・・・あれ?

ヒノコとナオ様はこの顔に見覚えがありました。本当につい先程見た覚えがあったのです。



「あれ・・・楓モナさん?ですか?」


「あ、はい。とりあえずこれどうぞ。お連れの方もどうぞ」


「あ・・・ありがとうございます。それじゃネギマいただきます」


「ワシはナンコツをもらうぞ」



いきなり隣に登場したご当地アイドルに若干驚いたものの、ヒノコにとっては目の前の焼き鳥の方が重要です。ちなみにナオ様はアイドルなるものをよく知らないので完全に焼き鳥優先です。


久しぶりのお肉の味を噛みしめながらヒノコはお礼を言いました。



「何かありがとうございます。大会始まるまでにストレスと空腹で胃が死んでしまうところでした・・・あ、わたくし日向日子と申します」


「ええ、見た感じそんな風だったので・・・私もそんな方の横で一人で焼き鳥を食べるのもアレかと思いまして・・・」



2人がペコリと頭を下げます。

色合いも相まってまるで天使と死神のような・・・神様は残酷だと思わざるを得ない見た目の格差がありました。



「それで、モナさんは休憩中ですか?」


「ああ、今からはずっとパム介のちびっこダンスの時間なので、私は大食い大会まで出番ナシです。

・・・あ、出番と言えばそちらの方は何のステージに?」



モナさんがナオ様の方を見て言いました。



「・・・ワシはただのこやつの付き添いじゃが?」


「またまた、そんな完成度高い恰好で何言ってるんですか」


「いや、ナオ様にとってはこの恰好が普通なんです。

正真正銘アッチ系の方なので、気にしない方が良いですよ」


「え・・・!?・・・・・・・・・大変なんですね・・・」


「「?」」



ヒノコは「本物の神様」という意味で言ったのですが、モナさんは何故かドン引きしていました。何故でしょうかね。



「それで、ヒノコさんは大食い大会に出るんですか?」


「はい。優勝して目立ってみせますよ!!」



モナさんの問いかけにヒノコは自信満々に答えました。


そう。栄養不足なヒノコの腹を満たすことも目的のうちの一つではありますが、ヒノコとナオ様の1番の目的は目立つことなのです。





----------





開店したにもかかわらず朝のサワダ様以降のお客が全く来ないヒノコの喫茶店。そんな中で作戦会議は始まりました。



「まずは兎に角、多少無理矢理でも良いから目立つんじゃ!

この店は味こそ良いが周囲に認知される力が壊滅的に低すぎるんじゃ!」


「でも・・・私の現状だと駄目な方向で目立つ方法しか思いつきません。

良い目立ち方をしないと宣伝した所で逆効果でしょうし・・・」


「案ずるな。ワシを誰だと思っておる」



ナオ様は偉そうに顎に手を添えてキメ顔をしていました。

まぁ顔の作りは良いので中々に見映えは良いのですが、コスプレ和装で言われると何となくうさん臭いというか寒いというか、ヒノコには微妙に見えました。



「え~と・・・戦いの神様でしたっけ?」


「そう!勝負事に加護を与える有難~い闘神様じゃ!

人が集まるような催しに貴様が行き、ワシの加護で勝たせれば必然的に注目を浴びる状況が作れる!


「おお!!それじゃこれとかどうですか?

現実的に見てどう考えても勝てっこない私が勝てば注目浴びること間違いナシですよ!」



ヒノコがPCでナオ様に見せたのは、半月後に開催予定の腕相撲大会でした。

既にエントリーが決まっている方々の腕はヒノコの筋肉も肉も無い干物のような腕の何倍も太く、とてもヒノコが勝てるようには思えません。


ナオ様は額に手を当ててため息を吐きました。



「・・・阿呆。そんな確実に無理なもんを勝たせられるような馬鹿げた加護があるか。

あくまで勝てる可能性がある人間の背中を押す程度で、勝つ可能性が最初から無い運命を曲げるようなことはできんわ」


「へ~・・・神様パワーって案外ショホいんですね」


「あ゛?」


「なんでもございません」



体を石にして怒るナオ様に否定的な発言をしてはいけません。

石の下敷きにされると重いですし、解放された後もしばらくは体がボキボキのガチガチになります。もう二度とゴメンだとヒノコは思ったのでした。



「・・・まぁ良い。そのことを踏まえて自身で勝てる見込みのありそうなものを探すのじゃ!」


「ラジャです!」





----------





「・・・そんな訳で大食い大会に参加したんですよ。

私、食事なら作るのも食べるのも大得意なので!」


「うむ!」


「は、はぁ・・・」



モナさんはヒノコとナオ様が誇らしそうに語るトンデモ話には首を捻りましたが、ヒノコが自信をもって挑んでいることだけはちゃんと伝わったようでした。





【大食い大会出場者の方はゼッケンを付けて控え席の所にお集まりください】





焼き鳥も食べ終えてモナさんとの友好も(一方的に)深められたその頃、ようやく待ちに待った時間がやってきたのです。



「・・・あ。私はそろそろステージに行かないと。

それじゃヒノコさん、頑張ってくださいね。ナオさんもまた機会があればよろしくどうぞ」


「うむ。ヒノコ、1年分の栄養を蓄えるつもりで挑むのじゃぞ!」


「言われなくとも!!」



モナさんは一足先にステージへ、ナオ様は応援しやすい場所取りのためにステージ前の辺りに歩いて行き、ヒノコは放送に従ってゼッケンをつけて、そのまま控え席に待機しました。


それからすぐにヒノコの対戦相手と思われる方々が控え席の周辺に集まりました。


集まった大食い選手は全部で22名。その殆どが男性で、女性はヒノコを合わせてわずか6名。そして大体が大柄で、細身の方も中にはいますが言うまでもなく干物体型のヒノコと比べれば太ましい方ばかりです。

ただでさえ少ない女性選手、おまけに餓死寸前のごとくガリガリ体型のヒノコは選手の中でも特に、主によろしくない方向で周囲の目を引きました。



「あんなガリガリな子が・・・」


「よっぽど切羽詰まった家庭環境をしていらっしゃるのね・・・可哀想に」


「なんか最近似たような人を見た気がするんだけど・・・」


「おじいさん、さっき買ったお饅頭、あの子に渡してあげてくださいな」



そんな感じでヒノコのなけなしの財布と携帯しか入っていなかったヨレヨレのトートバッグは飴やら饅頭やら、沢山の恵みのお陰で大会説明が行われる頃にはパンパンに太ることになりました。


やがてステージの方からパム介のダンス音楽が聞こえなくなり、代わりにモナさんと男性の声で大食い大会前のトークが始まったようです。その頃になると選手以外の方は見物のためにステージの方へ行ってしまい、選手と係員数人、後は大会を見る気があまりない数人の一般客のみが残されました。



「・・・さて、大食い選手の皆さん。

分かっているとは思いますが、くれぐれも無理はしないようにお願いします」



選手が入場順に列になり、最後に係員の方が大会の注意事項や説明をします。ヒノコは何故か係員の方とよく目が合いました。周りの選手達も何故かヒノコの方を心配そうに見ていました。ライバルに心配は不要です。

そして



【それでは選手の方に入場していただきましょう!

皆様、大きな拍手でお出迎えください】


【パチパチパチパチ】



いよいよその時がやってきて、ぞろぞろと選手たちが進み、ヒノコも最後尾にしっかりと続きました。

とはいっても、拍手こそ盛大にしてもらっていますが隠すものも何も無い簡易的な青空ステージに上がるだけですし、つい先程沢山の方が選手を見に来ていましたから緊張感も特別感も特に無いものですが。

むしろ観客の中の最前列で偉そうに腕を組んでいる謎の和装コスプレ犬耳男の方が注目を浴びていまして、もうすぐ始まるというのに2ショット写真をせがむ若者もいる有様でした。



【さてさて皆さんそろそろ会場にご注目ください。大会が始まりますよー!

ちなみに今回の大注目は以前某テレビ番組の予選を通過したことのあるこちらの方、敦盛(アツモリ)さんです!】


【おおおお~!!】



しかしモナさんも流石はプロ。流れとトークで段々とナオ様に向いていた注目を会場に集め、最期のヒノコの紹介に入る頃にはほぼ全員の注目をステージに持っていくことに成功していました。



【そしてお次の方、一見するとあまりご飯を食べそうな方には見えませんが実際は如何なものでしょうか。

今回初出場の日向(ヒナタ)さんです!】


【ざわざわざわ】



最後の選手、ヒノコの紹介で何故か会場がざわつきましたが、細かいことは気にしてはいけません。

そしてそれよりもヒノコには気になる事があったのです。



「あ、あのーモナさん」


「はい?」


「私の隣の席空いているんですけど」



ヒノコは自分の左側を指差します。

そこにはしっかりと自分や他の選手と同じように一人分の椅子とテーブルが設けられているのですが、おかしなことに誰も座っていないのです。

前から詰めて席についているし、ヒノコが入場した時も後ろは誰もいませんでした。それに事前に参加申し込みがある大会で席が余分に設けられているというのは少し変です。

モナさんはきょとんとして、ヒノコの顔をぱちくりした目で見ていました。



「あ、あれ・・・てっきり知っているものかと・・・」


「え?何をです?」



小声でそんな話をしていると、モナさんと一緒に司会をしていた男性がヒノコとモナさんの所にやってきて言いました。



【そして突然ですが、最後の選手のみ、私から紹介させていただきます。

今回の進行役にして、巷では爆食女神とも言われる大食いアイドル、楓モナさんです!!】



「・・・へ?」



ぽかんと阿保面をしているヒノコにモナさんはちょっと困ったような表情をしながら空いていた椅子に座り、ステージ前の観客へ向けて言いました。



【今日も自己最高記録目指して頑張ります!応援よろしくお願いしまーす!】


【おおおおおおおおおおおおおお!!】

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