02_闘神登場!
ここはとある場所にある小さな喫茶店。
やる気はあってもお客が来ない、何というか可哀想な状態のお店です。
「嫁と一緒に北の方に旅行行ってたんだけど、やっぱりここのコーヒーが一番美味いよ」
「えへへ・・・そう言っていただけると嬉しいです」」
この店では超がつく希少な存在である常連の澤田様は会社が始まるまでのわずかな時間をコーヒーを楽しむのが平日のお決まり。
しっかりとアイロンがされたグレーのスーツにビシッと決まった白髪交じりの頭髪、少しだけ皺の浮き出た素敵な中高年の男性の姿は暗い色の木で統一された小さなカフェに良く合っていました。
「いや、本当に・・・でも、流行らないんだよなぁ。謎だなぁ」
「はい・・・」
サワダ様はコーヒーを飲みながら、不思議そうに店内を見渡します。
ヒノコの喫茶店はカウンター4席を合わせて計18人分のお客様が座れるスペースがあるのですが、可哀想になるくらいにガラガラです。
・・・というか、サワダ様一人だけの貸切状態なのでした。
「・・・まぁ、続けてりゃそのうちちらほら客もついてくるさ。気を落とさずに頑張んなよ。
あとコレ、旅行のお土産。美味しいから食べてみて・・・ちょっとは太んなよ?」
「・・・はい!ありがとうございます!」
サワダ様はそう言いながら美味しそうにコーヒーを飲み切って、笑いかけながらお代と一緒にお土産の小さな袋をヒノコに渡しました。
生活費カツカツのヒノコにとっては天の恵みにも思える差し入れです。
【カラン】
「それじゃ、ごちそうさま」
「またお待ちしております」
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それからはとてもとても静かな時間ばかりが流れていきました。
午前9時。
早い会社ならそろそろ始まる時間ですが、ヒノコの喫茶店は相変わらず誰も来てくれません。
午前10時。
多くの会社が始まる時間ですが、ヒノコの喫茶店は相変わらず誰も来てくれません。
そして午前11時。
午前のお客が見込めないと判断したヒノコは、空きっ腹に何か入れようとお湯を沸かしはじめ・・・
「来たぞ。妖怪女」
た所でようやく、待ちに待ったお客様が扉を開ける音も無く現れたのです。
「いらっ・・・・・・・・・」
「・・・何じゃ、また閉店中か?」
・・・しかし、ただのお客様では無いようです。
ええ、神様です。比喩でも何でもなく、神様なのです。
ヒノコは数日前の出来事が夢ではなかったのだと再認識しながら、神様もといナオ様に言いました。
「い・・・いえ、単にお客様がいないだけで・・・ちゃんと開店中なんです」
「あー・・・ほんに、殺風景な店じゃのぅ・・・哀れに思えてきたわ」
ナオ様は呆れ顔で言いながら、カウンター席へ腰かけてメニューを手に取りました。
相変わらずの和装をしっかりと着こなした大人の男性なのですが、頭の上にはツンと伸びた動物の耳がヒョコヒョコと・・・やっぱり違和感があります。
しかも今日は前に来た時にいたお揃いの双子を連れていないせいか、洋風の喫茶店で一人メニューを見る和装の彼の姿はとてつもなく孤立感がありました。合成写真のようでした。
「さて、今日は何にしようか・・・」
しかし本人には自覚は無いようで、ナオ様は楽しそうにメニューをパラパラとめくり、そしてウキウキとした顔でその中の一部を指差します。
「よし・・・今日は【冬限定☆小豆のカプチーノ】じゃ!」
「か・・・かしこまりました・・・!」
それなりに整った顔をしているとは言っても、見た目的には30そこそこのしかも和装コスプレをしているような男性がハイテンションで注文してくるのは中々に強烈です。
ヒノコは少々引き気味に注文を受け、冷蔵庫からお手製の小豆ペーストを取り出して小さな鍋に入れ、火にかけました。
「・・・あ。そういえば、あの双子のお子さんは居ないんですか?」
「ウコンとサコンか?アレはワシが不在の時の代わりじゃからな。
年初めの神社は こ の 店 と 違 っ て 忙しい。
今日は置いてきたわ」
【グサリ】
言葉の刃がヒノコの心に深々と突き刺さりました。
そりゃあそうです。ヒノコの店は悲しいことに、忙しさとは全くの無縁の環境にあるのですから。
「そ・・・そうですか・・・」
「そんな事言ってないで、早よう作らんかい」
ザラつきが無くなるまでしっかりと濾した小豆と砂糖の餡を鍋で弱火にかけながらミルクと混ぜ、
温まったらカップに注ぎ、さらにその上に泡状にした牛乳をやさしく注げば【冬限定☆小豆のカプチーノ】の完成です。
手作りのミニきな粉餅が付いてお値段は320円。和風な甘味がお好きな方にオススメの一品です。
「お待たせしました。小豆のカプチーノです」
「うむ!」
出来上がったカプチーノをカウンターの上に置くと、ナオ様は素早い動きでアツアツのカップを手に取って、勢いよく一口飲み込みました。
・・・火傷しないのでしょうか。
「美味い!小豆には特にうるさいワシが言うのだから、自身を持って良いぞ!」
「あ・・・有難うございます」
「きな粉の甘さも良い具合に飲み物に合っておるし、こりゃあ我が友も喜びそうな組み合わせじゃな。
・・・しっかし、こんなに美味いのに客が来なけりゃ仕様が無いの」
ナオ様が店の窓の方をちらりと見ました。
外では沢山のスーツを着込んだ男性がスタスタと通り過ぎ、
大きなカバンを下げた女性がコツコツと通り過ぎ、
中にはフリフリの服を着た女の子がスーツケースを引きながらゴロゴロと通り過ぎ、
・・・とにかく、沢山の人々が窓の右から左へ、左から右へと通り過ぎていきます。
しかし、彼らの一人も、この喫茶店の前で止まる様子はありません。
というか、店に気付いてすらいないような気がします。
「・・・やはりあれじゃの。運が無いわ」
ナオ様はきな粉餅をむぐむぐと口に入れながら言いました。
ヒノコは前回の来店もとい襲来時の時のナオ様との会話をふと思い出し、
「そういえば、私には運が無いとか言ってましたよね。
あれは一体、どういう事なんですか?」
恐る恐る、聞いてみることにしました。
するとナオ様はごくりとおはぎを飲みこんで、きな粉のついたままの口のまま腕を組みながら言いました。
「ん~・・・そうじゃの・・・。
例えば、本に興味がある人間がたまたま本屋を見かけたら、きっと店に入るか、頭の片隅に留めておく事くらいはしてくれるであろ?
しかし逆に本に興味の無い百人がたまたま本屋を見かけても、誰も店に入らんし、それどころかすぐに忘れてしまうと思わんか?」
「まぁ・・・そうだと思います」
「この店が流行らんのはそれと同じじゃな。
いくら宣伝しようと良い物を作ろうと、興味がある人間に見てもらわにゃ意味なんて無いのと一緒よ」
つまり簡単に言うと【需要のある方に全く気付かれていないお店】らしいのです。
「・・・で、でも・・・その改善をすれば繁盛の可能性が・・・!」
「言っておくが、ワシは戦いの神であって商売事の力には成れんからな?」
ついでにヒノコの期待もバッサリぶった切られてしまいました。
「それじゃあ私は、今年どうやって生きていけと・・・?」
ヒノコはがっくりと崩れ落ちました。
ただでさえ経営難で赤字続きのお店を抱えている彼女です。
清潔感こそは気を付けてはいるようですが結構なやつれ具合をしているのです。ガリガリのボロボロなのです。
いくら慈悲の心をあまり持っていないナオ様だって、ちょっとは可哀想に思えたのでした。
「ま・・・まぁアレじゃ。もうちと気を楽にせい。
ワシだって闘神とはいえちゃんと神じゃし、何かしら経営に役立てる事もあるかもしれんし・・・!」
そう言ってナオ様はヒノコの肩をポンポンと何気無しに叩いたのですが・・・
そこらの野良ネコの方がよっぽど良い物を食べていると思えるような、骨の浮いた平たい肩でした。
「・・・おい。普段何を食って生きているのだ?」
「コーヒーと余ったお菓子・・・」
流石のナオ様も、これは真面目にヤバイと思ったそうです。
「・・・とりあえず目先の問題を解決するんじゃ!」
「・・・はい?」
その日、ヒノコの喫茶店は昼間のご飯時も戸を開ける音はしませんでした。
しかしその代わり聞きなれない男性の怒号が聞こえたとのことです。