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お客様が神様だ!  作者: 迷
1/4

01_妖怪登場!

正月は神社にとって最も賑やかになる日。人々が健康か、金運か、恋愛か・・・想うことは様々ですが、そこでやることはあまり大差はありません。



【バッ】

【ガランガラン!】



まずは一礼し、鈴を鳴らします。



【チャリン】

【バッ】

【バッ】

【パン!パン!】

【バッ】



次に賽銭を入れ、二礼二拍手一礼。

その後に心の中で・・・



「神よ!お願い申し上げます!!」



・・・・・・・・・。



厳かな雰囲気をぶち壊したのは、体はガリガリ、髪の毛ボサボサ、肌はガサガサ、服はボロボロの女性でした・・・そして、彼女のパッと身の印象は、「妖怪」でした。



「わたくしがOLを退職し一念発起してカフェをオープンしてからもうすぐ1年が経とうというのに我がカフェは未だに軌道に乗るどころか閑古鳥が鳴く始末であります。

せめて数人で良いので常連さん・・・いえ、一度きりのお客でも良いのでもう少し来ていただけないと来年の今頃には赤字がかさんで光熱費どころか住民税すら払えるかも危うい状況になってしまうでしょう。

なので何とぞ!何とぞこのわたくしに商売運を少しで良いのでお恵みいただけないでしょうか。お願いしますお願いします・・・」



・・・ちなみに、願い事声に出す必要は、ありません。

周りに迷惑な上に恥ずかしい人物として見られることになるので、良い子も悪い子も絶対にマネをしないでくださいね。



・・・さてさて。

願い事を呪文のように口から放つその女を口を開けて見ていた横のカップルは、本来ならもっと願いたいことがあったはずのものを早めに切り上げそそくさと立ち去っってしまいました。

さらには女の後ろにいた子供は静かなその場にいきなり現れた迫力ある存在に涙目になって父親の足にしがみつき帰りたいとグズりだしてしまっています、

他にも一旦時間をつぶしてからまた来ようと列から離れたり、別の神社に行っってしまったり・・・

あっという間にみっしりと混んでいたはずの参拝客の列は、すっかりガラガラの殺風景になってしまいました。



「・・・ぃよっし!」



そんなことを気にする様子も無く呪文()をようやく唱え終わった妖怪のような身なりの女はもう一度しっかりと頭を下げて、鼻息荒く立ち去っていきました。



「・・・あんなガチすぎる参拝客初めて見た・・・」


「大丈夫かしらねあの子・・・」



それまで保っていた筈の正月らしい心構えや願い事がすっかりどこかへ抜け出てしまった残り少ない参拝客たちも、

帰り道の話題はきっと「どんな願い事した?」でも「今年の目標は?」でもなく、見知らぬおかしな妖怪の事が大半になりそうな雰囲気です。


・・・しかし、そんな出来事にも動じなかった人もいることにはいました。具体的言うと3人だけではありますが。



「・・・今日もやっぱり来ましたねぇ。あの人」



最初に聞こえたのは可愛らしい女の子の声でした。



「ほら僕の言った通りじゃないですか。約束は守ってくださいよ?」



次に聞こえたのは可愛らしい男の子の声でした。



「むぅ・・・」


 

最後に聞こえたのは男性独特の低い声でした。


3人は既に豆粒の大きさとなった例の不審な女性の後ろ姿がさらに砂粒まで縮小し建物に消えてなくなるまで、物陰からこっそりと見ていましたが、

やがて一番背の高い男が意を決して歩き出し、少年少女もそれを追うように駆けていきました。



----------



ここは、目立つ場所ではないけれど立地自体は決して悪くはありません。

それに料理とドリンクの味も、少なくとも友人からは大絶賛の満点評価を貰えましたし、偶然立ち寄って来てくれたお客だって気に入ってくれています。

とにかく、リピート率で言えばそれなりに高いお店なのです。



「なのに何でこんなにお客が増えないのかなぁ・・・」



正月休みの閉店された喫茶店のカウンターで自慢のコーヒーを飲みながら、荒れた髪に栄養不足そうな貧相な体をした女性が一人、ため息混じりに呟いていました。



彼女のお店は喫茶店です。ファンは少しではありますが存在するし、地元の友人達もこちらに来ると立ち寄ってくれる可愛らしいこぢんまりとした個人店です。

しかし、そのお客の数が圧倒的に少ない今の現状では店の維持費や食材費を払うだけでも精一杯というか赤字になってしまっているのが現状で、

夢のカフェを開店して約1年。彼女の夢とお店は早くも潰れかけていました。



「宣伝だって結構してるのに・・・何がいけないのよ、もう・・・」



机に突っ伏しながらさらに落ち込む彼女の横から、



「・・・そりゃあ、運が無いからじゃなかろうか?」


「・・・へ?」



突然、低く落ち着いた男の声がするりと割り込んできました。



「は?え?・・・何?」



女は驚いて声のした方へと顔を向けました。

そして最初に受けた第一印象は、



『日本人形3セット』



でした。



日焼け知らずの真っ白な肌に、炭のように真っ黒な目と同じく真っ黒な肩まで伸びたストレートヘア。

服は神主さんが着ている「狩衣」によく似た金銀の刺繍が入れられている綺麗な和装で、体型は少々痩せ気味な年齢は三十歳前後くらいに見える風貌の男が一人。

男の左右には双子らしい瓜二つの顔をした赤い着物と青い着物の年少くらいの年頃の子供が、ぱつんと切られたふんわりとしたおかっぱ頭を揺らしながら可愛らしくちょこんと立っています。

そして何故か3人とも、頭にツンと縦に伸びた動物の耳の飾りをつけていました。


背景が洋風の喫茶店なせいか、3人があまりにも完璧な和装ファッションを決め込んでいるせいか、まるで合成写真のような違和感のある光景でした。

女性は一瞬見惚れましたたが、すぐにハッとして椅子から立ち上がり、3人の方へと駆け寄ります。



「す、すみません。三が日はお休みを頂いていまして・・・看板も鍵もかけた筈なのですが、すみませんが開店時にまた・・・」



ですが男は腕を組み、だからどうしたと言わんばかりの態度で反論しました。



「鍵なんぞワシには意味無いわ。

・・・それに、先に Marvelousを招いたのはそちらだろうに、来て早々に帰れとは何様じゃ」



見下すように偉そうに言う男でした・・・が、女の方にはこんな見た目の知り合いもいませんし、招いた覚えも全く心当たりがありません。

しかし、少し考えれば思い当たることが一つだけあったようです。



「えーっと・・・コスプレイヤーさんに知り合いはいないのですが・・・って、ああ!そういえば年末にそんな人々が集まるお祭りがあると聞いた覚えが・・・これからお帰りなんですか?」


「貴様・・・ワシの神社を荒らした癖に良い度胸をしておるではないか・・・!」



女性がそれなりに考えた最も高い可能性を、男性はバッサリと否定してしまいました。

そしてフンと見下すような目でふんぞり返り、



「ワシは神社に住まう神じゃ。これでもう分かるであろ?」


「神社?・・・・・・・・・ああ!」



女は考えた末にようやく納得がいったように両手をパンと叩き、その様子を見た男はふふんと得意げに鼻をならした。



「すいません!私そんなにゲームとかアニメとか観ないのでそういうノリわからなくて!

・・・で、何のキャラのマネなんですか?」


「・・・・・・・・・」



男の額にはミシミシと血管が浮き、体はフルフルと震えました。

気づいた2人の子供は顔を見合わせてから後ろに距離を取り、肝心の女は未だに何を怒っているのかわからずに首を捻っています。


男性はゆっくりと女性の方へ、明らかに平和的ではない雰囲気の手を向けました・・・が、しかしその途中で深いため息と共にその手をスルリと下ろしてしまいました。



「はぁ・・・よく考えたらこんなのに力を使っても勿体無いだけだわ・・・」


「え、アニメの必殺技とかですか?」


「・・・・・・・・・」



未だに青筋の浮かんでいる男性に向かって、双子はなだめるように駆け寄ります。



「そ、それなら、姿をお見せしてみては如何です?」


「百聞は一見に如かずと言いますし!」



まるで双子がなだめる保護者のようで、男性がぐずる子供のような雰囲気です。普通は逆だと思います。

それでもしばらく男性はしぶっていたのですが、何度か双子に説得されてようやく何かを決めたようでした。



「・・・わかった。それでは妖怪女。ワシの高貴な姿を有難く見るが良い。」



そう言いながら男は行儀悪く女へ向けて人差し指を向けました。しかし女の方は未だに理解ができていないようで、ぱちくりと目を開いています。

男はもう一度フンと鼻をならして、



「ようく見ておれよ!」



【ポン!】



「・・・え?」



音と共に白い煙に包まれました。


女は一瞬火事か何かかと混乱しましたが、そう驚いていたほんの数秒の間に煙はスウっと消えてなくなってしまいます。

そして煙が消えた後には先程までそこにいた男はいなくなっていました。


もっふりとした白い毛並みに、耳としっぽ周りだけが艶のある黒い毛を生やした綺麗な大きな犬(?)がいたのです。



「な、な・・・!」



女は驚いて後ずさります。それを見て大きな犬は微妙に口元を持ち上げて微笑んでいるように見えました・・・まぁ、動物なので人間同士のように詳細な表情は分からないのですが。

そして犬の横にいる双子も、腰に手をあてて得意げな顔をしていました。




「まさか・・・まさか・・・!!」


女は犬の方へゆっくりと歩み寄ります。その様子を犬はもふもふの毛で若干埋まり気味な黒くキレのある目で見つめながら、



「どうじゃ。人間風情にこんな芸当できぬであろ?」



と喋りました。

・・・しかし、その言葉は同じタイミングで発せられたそれより何倍も大きな女の声ですっかりとかき消されたので誰の耳にも聞こえることはありませんでした。



「飲食店に動物入れたら保健所が来るじゃないですかぁーーーーーー!!!!」



女は巨大な犬を掴んで喫茶店のドアを開け、巴投げの要領で犬を外へと放り投げてしまいました・・・。

 




----------





ここはとある場所にある小さな喫茶店。

繁盛していないせいで普段は扉の開く音でさえも珍しい静かなその場所に、突然



【ドシーン!!】



・・・と大きな音が響きました。





「・・・・・・・・・で、信じる気になったか?」


「ハイ・・・信じます・・・漬物になった気分です・・・」



女は自分の喫茶店の床に顔から足まで完全にくっつけた状態で、ただただ泣いていました。


女の上には頭から足首まで大きな犬の石像がどっしりと「伏せ」の状態で乗せられ、女が今現在自由に動かせるのはせいぜい目と口くらいしか無い有様です。


犬の石像、またはもふもふの犬、さらにその前は和装の男だった存在が「神様」だということはどうやら本当のようでした。

男の姿の時はともかく、言葉を話して動く犬の石像なんてものは聞いたことがありませんし、何よりそう言わないと永遠に今の状態が続くでしょうし。


女が何度目になるかわからない懺悔の言葉を口にすると、ようやく犬の石像は女から降りて元の男の姿へ戻って、カウンターへと腰かけて言いました。



「改めて言うが、あの神社に住んでおる神、(ナオ)様と呼ぶが良いぞ」



男の姿へと戻った神様改めナオ様は、相変わらず洋風の喫茶店に似合わない和装を着こなした偉そうな男でした。



「付き人の左近(サコン)です!」


「同じく右近(ウコン)です!」



小さな双子がそれに続きます。こちらはナオ様と違って人懐っこい顔をしています。



「あ、私は日向日子(ヒナタヒノコ)って言います。

両親が名前に込めた願いとは裏腹に全く日の当たらない人生を送っている、ここの喫茶店のオーナーです。」



女は床からのそりと起き上がり、すっかり固まった体を揉みながら、流れに乗るようにペコリと頭を下げて名乗りました。

腕を組んでヒノコをじっと見ながら、ナオ様は続けます。



「ここに来たのは他でもない。まずは苦情じゃ。

貴様が毎日毎日うるさくワシが神社へ参拝に来ているのは随分と前から知っておった。

何しろ、あんなにやかましい参拝客なぞ他におらんでの」


「へ?ああ・・・そうだったんですか・・・?」


「ちっとは迷惑をかけたという自覚をせい」



どうやらヒノコにはそこまで迷惑をかけた自覚は無かったようです。

・・・まぁ、そうでもなければ正月の神社で大音量で願い事を叫ぶような真似はしないでしょう。



「・・・最初はの、只のうるさい人間だと思って放っておいたのだ。

だが、見る度にくたびれた姿に変貌しながらお百度参りどころじゃない回数来られたらこちらも黙ってはおれんでの」


「妖怪が出没するって噂が立つようになっちゃったよね・・・」


「夜中に肝試しとかの動画実況する人も増えたよね・・・」



【【【はぁ~】】】



深くため息を吐きながらナオ様が言うと、双子もそれに続いてため息を吐いて、3人そろってがっくりと肩を落としました。



「それで、これ以上放っておいたらワシの神社にも良くないと思うて、苦情がてらに今日ここに来たわけじゃ。

・・・どうだ?分かったか?」


「・・・あ、ハイ・・・すみませんでした。

私も経営難で必死だったもので・・・神頼みにも縋りたかったんです」


「・・・ああ。それでとちょいと聞きたいのだがの。」



ヒノコが自覚こそ無いものの迷惑をかけたことに謝罪すると、ナオ様はふと思い出したように耳をピンと立てて言いました。



「何故にワシの神社なのだ?店の経営なら商売繁盛のご利益がある所に行けばよかろうに」


「・・・へ?」


「「こちらをご覧ください!」」



ヒノコが首を捻ると、察したように双子がすかさずPC画面(ヒノコの物。いつの間に)を見せてきました。


PC画面にあったのはヒノコがここ1年間必死にお参りしていた神社のホームページが表示されていました。

そしてその画面にはしっかりと「必勝祈願」「勝負」と書かれてはいたのですが、「商売繁盛」やその類のご利益は一切書かれていません。

つまり・・・


ヒノコはそれを見て、茫然とした顔で言いました。



「も・・・もしかして・・・!」


「・・・もう分かった思うが、ワシは闘神、勝負事の神じゃ。

商売繁盛なぞ専門外なこと頼まれても叶えてやれんからの」



ヒノコはがっくりと落胆して、床に膝をつきました。

そりゃあそうです。必死こいて祈ってきた1年間の苦労はが、自分のリサーチ不足で全て無駄になっていたのですから。



「わ・・・私は1年間一体何を・・・!!」


「フン。確認せん方が悪い・・・それに1年間も変な客に居着かれていたこっちの方がよっぽど悲しいわ!」



床に突っ伏して無くヒノコの横で、ナオはヒノコ手書きの喫茶店のメニューをペラペラとめくっていました。

神社に風評被害を与えた犯人に対する情は、どうやら無いようです。


しかし、



「・・・だが、ワシはそこの2人と約束をしてしもうての。せめてこの店の客として力になることになったのだ」


「1年続いたら神様がお客様になるって約束してたんだよね」


「ねー」


「え?」



はっと顔を上げたヒノコの前に、ナオ様はメニューをずいと突き出し、そこの一部分を指でトントンと叩きます。



「だから、客じゃよ、客。

とりあえずこの【当店オススメ☆カフェモカ(甘め)】とやらを作ってみぃ」



ヒノコがお店を開いてから今まで来たお客様の中で、最も偉そうな態度のお客様でした。

しかし注文は注文です。ヒノコは素直に立ち上がり、カウンターを挟んで向こう側の調理場へ入り、お湯を沸かしはじめます。



「・・・ほう。制作過程が見られるのは面白いな」


「小さいお店じゃよくある事ですけどね」



淹れたてのコーヒーに、温めた濃いめの牛乳とチョコレートシロップを混ぜた飲み物。

シンプルですが材料はヒノコ自身が自分の足で探して何度も比率を変えながら作った自信作。

しかもサービスのナッツクッキーが付いてきて、値段は240円とお手頃価格。それが【当店オススメ☆カフェモカ(甘め)】です。


ほんの数分も経たないうちに良い香りの湯気が立ち昇るカフェモカの注がれたカップと数枚のクッキーが並べられたお皿がナオ様の前へと置かれました。



「お・・・お待たせしました。甘めのカフェモカです。」


「うむ。」


「良い匂いだねぇ。」


「ほんとだねぇ。」



おずおずと出されたカフェモカをじっと見た後にナオ様は偉そうに組んでいた腕を解いてカップを持って一口口に入れました。

ちなみに両サイドの双子も横からクッキーを1枚ずつ失敬して、モサモサと食べています。


一口目を飲みこんだ後、ナオ様は偉そうに言いました。



「確かに味は良い・・・が、言ったようにここは致命的に商売運が全く感じられん。この店が繁盛しないのはそれが原因じゃな。」


「は、はぁ・・・。」


「そして、ワシは商売に関しては専門外。助けにはなれん。

が・・・せめて常連客として売り上げに貢献してやる。有難く思うが良い。」



カフェモカをまた一口飲みながら、ナオ様はニヤリと笑いました。ニコリではなくニヤリとです。

改めて見れば和装を着こなした中々の美形な男性ではあるのですが、その意地悪そうな顔は神と呼ぶには少々邪悪な気がするヒノコでした。


色々とモヤモヤするものはあったのでしょうが、変につっこむとまた漬物にされそうなのでヒノコは素直に頭を下げます。



「・・・まぁ、お客が一人でも増えるのは嬉しいので・・・どうぞご贔屓にしてください。」


「うむ。よろしい」



ナオ様は満足そうに頷きました。


それから彼ら3人組は店内を見渡しながらどうでもよさそうな話をして、カフェモカをすっかり飲み干して、クッキーも欠片も残さず綺麗に食べきりました。

そしてすぐに、



「正月は忙しいから帰る。開店日は4日か?またその日に来るから、それまでにその見るに堪えない山姥のような神くらいは何とかしておけ」



と言って支払いをして店から出て言ってしまいました。

いまいち頭の追いついていないヒノコは流されるままにお金を受け取ったまま、しばらぽかんとして鍵のかかったままの扉を見ていました。



「・・・なんだったんだろ」



正直、未だに夢か現実かの判断がついていないヒノコでしたが、



【ボキリ】


【じゃらり】



体中のこり固まった痛みと両手に乗せられたずっしりとしたカフェモカ代の5円玉×48枚分の重みは本物でした。

ちなみに、一般的に支払いの際の小銭の枚数制限は20枚までとされています。良い子は真似しないでね。



繁盛しないカフェの神様通いは、こんな正月から始まりました。


「あ、私は日向日子(ヒナタヒノコ)って言います。

両親が名前に込めた願いとは裏腹に全く日の当たらない人生を送っている、ここの喫茶店のオーナーです。」



女は床からのそりと起き上がり、すっかり固まった体を揉みながら、流れに乗るようにペコリと頭を下げて名乗りました。

腕を組んでヒノコをじっと見ながら、ナオ様は続けます。



「ここに来たのは他でもない。まずは苦情じゃ。

貴様が毎日毎日うるさく我が神社へ参拝に来ているのは随分と前から知っておった。

何しろ、あんなにやかましい参拝客なぞ他におらんでの」


「へ?ああ・・・そうだったんですか・・・?」


「ちっとは迷惑をかけたという自覚をせい」



どうやらヒノコにはそこまで迷惑をかけた自覚は無かったようです。

・・・まぁ、そうでもなければ正月の神社で大音量で願い事を叫ぶような真似はしないでしょう。



「・・・最初はの、只のうるさい人間だと思って放っておいたのだ。

だが、見る度にくたびれた姿に変貌しながらお百度参りどころじゃない回数来られたらこちらも黙ってはおれんでの」


「妖怪が出没するって噂が立つようになっちゃったよね・・・」


「夜中に肝試しとかの動画実況する人も増えたよね・・・」



【【【はぁ~】】】



深くため息を吐きながらナオ様が言うと、双子もそれに続いてため息を吐いて、3人そろってがっくりと肩を落としました。



「それで、これ以上放っておいたら我が神社にも良くないと思うて、苦情がてらに今日ここに来たわけじゃ。

・・・どうだ?分かったか?」


「・・・あ、ハイ・・・すみませんでした。

私も経営難で必死だったもので・・・神頼みにも縋りたかったんです」


「・・・ああ。それでとちょいと聞きたいのだがの。」



ヒノコが自覚こそ無いものの迷惑をかけたことに謝罪すると、ナオ様はふと思い出したように耳をピンと立てて言いました。



「何故に我の神社なのだ?店の経営なら商売繁盛のご利益がある所に行けばよかろうに」


「・・・へ?」


「「こちらをご覧ください!」」



ヒノコが首を捻ると、察したように双子がすかさずPC画面(ヒノコの物。いつの間に)を見せてきました。


PC画面にあったのはヒノコがここ1年間必死にお参りしていた神社のホームページが表示されていました。

そしてその画面にはしっかりと「必勝祈願」「勝負」と書かれてはいたのですが、「商売繁盛」やその類のご利益は一切書かれていません。

つまり・・・


ヒノコはそれを見て、茫然とした顔で言いました。



「も・・・もしかして・・・!」


「・・・もう分かった思うが、我は闘神、勝負事の神じゃ。

商売繁盛なぞ専門外なこと頼まれても叶えてやれんからの」



ヒノコはがっくりと落胆して、床に膝をつきました。

そりゃあそうです。必死こいて祈ってきた1年間の苦労はが、自分のリサーチ不足で全て無駄になっていたのですから。



「わ・・・私は1年間一体何を・・・!!」


「フン。確認せん方が悪い・・・それに1年間も変な客に居着かれていたた我の方がよっぽど悲しいわ!」



床に突っ伏して無くヒノコの横で、ナオはヒノコ手書きの喫茶店のメニューをペラペラとめくっていました。

神社に風評被害を与えた犯人に対する情は、どうやら無いようです。


しかし、



「・・・だが、我はそこの2人と約束をしてしもうての。せめてこの店の客として力になることになったのだ」


「1年続いたら神様がお客様になるって約束してたんだよね」


「ねー」


「え?」



はっと顔を上げたヒノコの前に、ナオ様はメニューをずいと突き出し、そこの一部分を指でトントンと叩きます。



「だから、客じゃよ、客。

とりあえずこの【当店オススメ☆カフェモカ(甘め)】とやらを作ってみぃ」



ヒノコがお店を開いてから今まで来たお客様の中で、最も偉そうな態度のお客様でした。

しかし注文は注文です。ヒノコは素直に立ち上がり、カウンターを挟んで向こう側の調理場へ入り、お湯を沸かしはじめます。



「・・・ほう。制作過程が見られるのは面白いな」


「小さいお店じゃよくある事ですけどね」



淹れたてのコーヒーに、温めた濃いめの牛乳とチョコレートシロップを混ぜた飲み物。

シンプルですが材料はヒノコ自身が自分の足で探して何度も比率を変えながら作った自信作。

しかもサービスのナッツクッキーが付いてきて、値段は240円とお手頃価格。それが【当店オススメ☆カフェモカ(甘め)】です。


ほんの数分も経たないうちに良い香りの湯気が立ち昇るカフェモカの注がれたカップと数枚のクッキーが並べられたお皿がナオ様の前へと置かれました。



「お・・・お待たせしました。甘めのカフェモカです。」


「うむ。」


「良い匂いだねぇ。」


「ほんとだねぇ。」



おずおずと出されたカフェモカをじっと見た後にナオ様は偉そうに組んでいた腕を解いてカップを持って一口口に入れました。

ちなみに両サイドの双子も横からクッキーを1枚ずつ失敬して、モサモサと食べています。


一口目を飲みこんだ後、ナオ様は偉そうに言いました。



「確かに味は良い・・・が、言ったようにここは致命的に商売運が全く感じられん。この店が繁盛しないのはそれが原因じゃな。」


「は、はぁ・・・。」


「そして、我は商売に関しては専門外。助けにはなれん。

が・・・せめて常連客として売り上げに貢献してやる。有難く思うが良い。」



カフェモカをまた一口飲みながら、ナオ様はニヤリと笑いました。ニコリではなくニヤリとです。

改めて見れば和装を着こなした中々の美形な男性ではあるのですが、その意地悪そうな顔は神と呼ぶには少々邪悪な気がするヒノコでした。


色々とモヤモヤするものはあったのでしょうが、変につっこむとまた漬物にされそうなのでヒノコは素直に頭を下げます。



「・・・まぁ、お客が一人でも増えるのは嬉しいので・・・どうぞご贔屓にしてください。」


「うむ。よろしい」



ナオ様は満足そうに頷きました。


それから彼ら3人組は店内を見渡しながらどうでもよさそうな話をして、カフェモカをすっかり飲み干して、クッキーも欠片も残さず綺麗に食べきりました。

そしてすぐに、



「正月は忙しいから帰る。開店日は4日か?またその日に来るから、それまでにその見るに堪えない山姥のような神くらいは何とかしておけ」



と言って支払いをして店から出て言ってしまいました。

いまいち頭の追いついていないヒノコは流されるままにお金を受け取ったまま、しばらぽかんとして鍵のかかったままの扉を見ていました。



「・・・なんだったんだろ」



正直、未だに夢か現実かの判断がついていないヒノコでしたが、



【ボキリ】


【じゃらり】



体中のこり固まった痛みと両手に乗せられたずっしりとしたカフェモカ代の5円玉×48枚分の重みは本物でした。

ちなみに、一般的に支払いの際の小銭の枚数制限は20枚までとされています。良い子は真似しないでね。



繁盛しないカフェの神様通いは、こんな正月から始まりました。

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