家が見つかったって!?
2014年11月中旬。
PもBも戻らないまま季節は本格的な冬になろうとしていた。
仲間たちの人数は減ったが、静養していた双子の片割れも戻って来て、ボートコミュニティはなんとなく機能していた。
Pのパートナーは実家にいたらしく、時々彼らのボートに来ていたようだったが、わたしが彼女を見ることはなかった。
お役所は、「テムズ川の法律が変わるので立ち退け」と、春から騒いでいたわりには、その年も何もないまま終わりそうだった。
コミュニティは以前のようにハッピー、パーティー!という状況ではなくなったので、双子たちと旦那が、「この年は静かなクリスマスと年越しになりそうだ」と話していた矢先に、役所から信じられないような内容の電話が旦那にかかってきた。
わたしたちが住む家が見つかったので、とりあえずすぐに役所まで来て欲しい、とのことだった。
あまりにも予想外で、そして突然だったので、わたしも旦那も、役所の職員が言っていることがよく理解できず、電話を切った後、二人で首を傾げた。
旦那は「聞き間違いかもしれない。オレは、母国語の英語まで聞き取れないぐらいバカになったのかもしれない」と、トンチンカンな心配をした。
わたしは心配よりも、何が起こっているのか本当にわからず、混乱して声も出なかった。
探してもない家が見つかった。
それも、お役所さんが見つけてくれた?
わたしたちのために?
なぜ...... ?
とにかく、役所に行って話しを聞くしか、この謎を解くことはできない。
翌日、旦那と娘と3人で役所に出向いた。
担当してくれたのは、前回の家探しのときに担当してくれたお兄さんだった。
彼は、わたしたちの顔を見て「まだ本当にボートに住んでいるのか!?」と驚いている様子だった。
お兄さんは、「とにかく冬前にボート生活を抜け出した方がいい」と言って、わたしたちの収入などから、おおざっぱに計算して、「家賃や地方税は手伝ってはあげれないが、敷金だけなら援助できるので、とりあえずこの物件を決めてしまった方がいい」と、物件のチラシを見せてくれた。
場所はとんでもなく好条件で、中流家庭の多い、品がいい地区だった。
その割には、家賃は援助なんていりません、というぐらいにリーズナブルだった。
ハイロードに面した、ある商店の三階で、最寄駅まで歩いて15分ほどだ。
わたしたちは兄さんに促されるまま、その足でその物件を見に行くことになった。
突然舞い込んできた好物件に、わたしたちは嬉しくてたまらず、帰り際、担当のお兄さんに「早いクリスマスプレゼントをもらったよ。本当にありがとう」と言った。
お兄さんはすごく嬉しそうに「仕事をしていた甲斐があったよ」と満足そうだった。
そして、浮かれすぎて、役所がなぜわたしたちの物件を探してくれたのか、なぜ今急にボート生活から抜け出した方がいいのか、などの疑問すらすっかり頭の中から抜けていた。
物件を見に行くと、不動産屋の担当のお姉さんが先に来ていた。
わたしたちは資料をもらい、中を見る。
物件は、生活保護者用の物件ではなく、不動産屋が普通に管理しているものだった。
わたしたちがお役所の手助けで物件を見にきているのにもかかわらず、不動産屋のお姉さんからは、不気味なぐらいに手厚い扱いを受けた。
前はどこの不動産屋も、お役所の保護を受けると言っただけで門前払いだったのに、今回はどうしたことだろう。
物件は、お店がある建物の3階にあったので、部屋にたどり着くまでコンクリートの急な階段を登らなければいけなかった。
不動産屋のお姉さんが「子供がいたら危ないわよね」と言うが、いやいや、川沿いの方が滑って危ない。
今まで何度、ボートの乗り降りで、娘を抱えたまま滑り落ちそうになったか。
なので、こんな階段、まったく苦にもならない。
家はあまり手入れがされてない古い建物で、中に入るとカビ臭かったので、不動産屋のお姉さんがさりげなく窓を開けて「しばらく人が入ってなかったから湿気っぽいんだけど、住み始めたら落ち着くはず」と言った。
いやいや、ボート生活はもっと湿気がすごいし、うちのタンスなんか、奥は服が湿ってカビだらけで、とても着れない、と言うか、とても怖くて見れない。
そして部屋は一般的には狭いのだろうが、ラウンジの他にベットルームが2つもあって、ボート暮らしのわたしたちは、広すぎてびっくりしてしまった。
娘は「ここがあたしのお家?あたしはミニーちゃんのベットがいいなあ」と、もうすでに自分の家気分だ。
わたしたちは、まるでアトラクションにでも来たみたいに大はしゃぎ。
何に感動したかって、お風呂がある!蛇口をひねると水がジャアジャアと出るのだ!
トイレも流すとジャアジャアと水が出る。
電気も発電機無しで使えるのだ。
そして、洗濯機があるではないか!!
まるで夢の国に来たようで、わたしたちは、小さいことでいちいち感動していた。
はしゃぎ過ぎてよく覚えていないが、たぶん不動産屋のお姉さんは、わたしたちの様子を見て、だいぶ困っていたに違いない。
わたしたちはもう、このチャンスを逃すまい!と、「すぐに契約します!」と約束して、その場を後にした。
後は不動産屋とお役所が話し合った結果を待つだけだった。
待ちに待ったチャンスがやってきたので、わたしたちはボートに戻ってからも嬉しさと緊張感で震えが止まらない思いだった。
ちょうど双子が外にいたので、旦那が冷めやらぬ興奮を彼らに話した。
すると、双子の片割れが偶然にしてはおかしなことを言った。
「もう一組のボート住まいの家族にもお役所から連絡があって、いい物件があるって勧められたらしいぞ」
いつも冷たいお役所が、なぜいきなりこんなに親切になったのだろうか?
わたしも旦那も、そして双子たちも、なんだか嫌な予感がした。
わたしたちは、嬉しい思いと不安な気持ちが入り混じるような、すっきりしない思いのまま、その夜を過ごした。
役所や法律、社会のシステムに踊らせれている自分たちの立場が、なんだか少し悲しく思えた。