おかしな夏
2014年夏
ワールドカップパーティー以来、なんだかよくわからない若者が川沿いに増えた。
調子に乗ったボート仲間たちは、暇があれば彼らと騒いだりパーティーしたりしていた。
旦那も仕事から戻ると、すぐにビールの缶を開けて仲間たちの輪に入る。
日が長くなり、夏の眩しい光がキラキラとテムズ川に反射して、暖かい風が心地よい。
イギリスの夏は、何か特別な季節だという気がしてくる。
わたしはパーティーには参加しないまでも、時々ボート仲間たちと話したり、川沿いで娘と寛いだりする。
なので、ボート住民の中でたった一人のちびっ子の娘は、突然現れるようになった若者たちの人気者になった。
彼らは特にわたしには話しかけてこないが、娘は構ってくれる。
娘は若いお姉さんやお兄さんが増えたので、公園に行くよりも河原で遊んでいたいようだった。
ボート仲間の他にも人が増えたので、今までの夏よりも、また更に賑やかになった。
それなのに、おかしなことに地域住民からの苦情が一つもこない。
地域新聞でも叩かれなくなった。
これってなんだか、嵐の前の静けさみたいで怖い。
わたしが旦那にそんなことを言うと、旦那はもっと怖くなるようなことを言った。
「いつもいる若いヤツら、あいつらこの地域住民たちの孫や子供たちだよ。あいつらがボート住民を攻撃するなとか、言ってくれてるんじゃないか?」
えー!
そうなの?
わたしびっくり!
って言うか、旦那、のんきすぎる!
これってなんだか、すごく怖い。
だって、住民たちも、今マスコミに写真とか撮られたら、自分の身内が新聞やニュースに出てしまう可能性があるから黙っているのかもしれないけど、もうこのコミュニティーが近々無くなるって分かってるから、今は目をつむってるだけってことかもしれないじゃん。
なんだか、わたしたちの陰で何か行われているとしか思えない。
ボート仲間たちもなんだって、そんな若者たちを受け入れているんだろう。
なんだか人間関係の仕組みがわからなくて混乱する。
ボートコミュニティーに毎日のように笑い声が響き、通りすがりの人たちまでも楽しませるほど、明るく平和な日々だったのに、たぶんその夏は、わたしひとりが警戒しながら過ごしていた。
ボート仲間たちのように、先のことを心配しないでその日を精一杯楽しく遊び暮らすことができたら、どんなに気が楽だろう。
と言うか、わたしがそうなってしまったら、それはそれで恐ろしい。
本当にその夏は、おかしいぐらいに誰からも文句を言われず、お役所すら警告に来なかった。
「それってすごく変だよね? 」と、誰かに言っても、「考えすぎだ」と笑われた。
9月になったら、娘の学校が始まる。学校が始まってから面倒なことになるんじゃないかと、わたしは本当にドキドキしていた。
それでも楽しそうなボート仲間たちや旦那と娘を見ていると、なんだかんだとこっちまでハッピーになって来て、「ずっとこのままでいたい」と思う自分もいたのだ。
なんだか、楽しんだのか、心配ばかりしていたのか、よく分からない、おかしな夏だった。