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取材 お断り

娘の学校も決まり、一安心というときに、お決まりのようにまた面倒なことになった。


お役所が、今度は何かいつもの警告書よりは、重々しい内容の警告書を各ボートに貼って回った。


国がロンドンの全運河と、テムズ川の停滞期間の統一に同意したので、近いうちに法律が変わり、コミュニティの場所も役所の管理下になることが決まった、というものだった。


ボート仲間たちは皆これからのことが心配になった。


停滞場所はなかなかみつからないうえに、高い。

それでなくてもギリギリの生活なのに、場所代にライセンス、地方税などを払っていたら、もう生きて行けない。


わたしたちに一体どこに行けと言うのだ。


地域の新聞は「地域住民の勝利」と題して、「景色を乱すボートジプシーたちを自分たちの土地から追い出す日も近い」 などと書き立てた。


ロンドン中心部やその周辺でも、わたしたちのように同じ場所に居座ってコミュニティになっているボート生活者がたくさんいて、その全ての場所を規制することになり、このニュースは地域だけではなく、ロンドンと全国版のニュースで報道された。


わたしはテレビやネットで、初めてわたしたちのように子供連れでボート暮らしをしている人たちが意外に多いということを知った。


これまで平和に運営されていたボート生活者のソーシャルネットワークには、色々な情報や意見が溢れ、会員数も一気に増えた。


わたしたちのコミュニティにも、毎日のように取材を要求してくる人や、カメラマンなどが出没しだした。


その度にボート仲間たちはボートにこもってしまう。

下手に取材に応じて、またありもしないようなことを書かれたり、テレビに出てしまうことを避けるためだ。


わたしは娘が学校に入学する前に問題を起こしたくなかった。

それでなくても、イギリス人の中で外国人のわたしは目立つのだから。


わたしはまた、外に出るのがだんだん怖くなってきていた。


ボートで子育てをしているのがよっぽど気にかかるのか、娘を連れて少しでも外に出るたびに取材者に捕まったり、待ち伏せされたりした。

酷いときは、若い女性のジャーナリストが「自分も子供がいるから気持ちが分かる、辛い思いをしているでしょう」などと言いながら、同情作戦で付きまとってきたりした。


あまりにも彼女がしつこいので、わたしがうんざりしていると、旦那が「彼女は本当に力になってあげたいと思っているかもしれないし、少しぐらい話をしてもいいんじゃないか?」と言うので、撮影禁止での取材ならと承諾したら、話しがいつの間にか、わたしたちの生活をドキュメンタリーで放送したい、という展開になり、旦那が慌ててそれを阻止するはめになった。


そして同時期、わたしはボート暮らしをブログにしていたので、日本からも取材の依頼が来たりした。


わたしは情報という全ての分野が本当に怖くなった。


ドキュメンタリーなんかで、のんきにわたしたちの生活を紹介するほどの余裕もなかったし、娘がボートで暮らしをしているということで、学校でイヤな思いをすることがあるかもしれないと、酷く心配した。


それほどわたしたちは、テレビでも新聞でも、悪者、邪魔者扱いされていたのだ。


取材陣から隠れて暮らしているのはわたしだけではなかった。

他のボート仲間たちも、テレビや新聞の取材者が現れるたびにボートに引きこもった。


テレビや新聞に出て自分たちの意見を主張したとしても、法律はボート住民たちに不利なように変わるのだから。誰かががメディアに出れば、状況をもっと煽ってしまうことになる。


ボート仲間たちが楽しみにしている夏がもうそこまで来ていた。

いつもなら仲間たちが川沿いで寛いだり、バーベキューをしたりするのに、外にはほとんど誰も出なくなってしまった。


下手に外に出たら、すぐに写真を撮られてしまうのだから。


わたしたちがおとなしくしているのをいいことに、隠し撮りした写真などが新聞に載せられ、終いにはわたしたちのボート「ダイアモンド」が、まるでコミュニティの中心であるかのようにデカデカと新聞に載り、「まだしつこく居座っている」などと書かれた。


しかも、ちょうど旦那がゴミを捨てに行こうとゴミ袋をボートの外に置き、一瞬ボートの中に入った瞬間を撮られたらしく、新聞には「ゴミを外に置きっぱなしにして自然を乱す行為をしている」などと書かれた。


これじゃあボートの価値も下がって、ボートを売りたいと思った時は、ボート売れないんじゃあ.....

と、わたしと旦那は心配した。


そんな中、ボート仲間のうちの一組のカップルが、お役所宛に抗議の手紙を書いた。


彼らは飲食店で仕事をしていて所得が低いので、ボート以外で暮らして行くのは困難だと主張した。


手紙の内容は「世の中には色々な仕事があり、全ての人たちが高収入を得ているわけではない。それなのに世の中は低収入者が住み辛いシステムになっているし、今自分たちのがこの場所を追われたら、場所代も家賃も高くて暮らしていけない。

なので、法律を変える前に、せめて安いコストで暮らせるような停滞場所をもう少し増やして欲しい」という内容だった。


これを書くために彼らは試行錯誤し、法律の知識がある仲間に相談したり、仲間たちの意見を取り入れたりと時間をかけた。


わたしもその手紙を見せてもらい、彼らに意見を求められたが、いやいや、内容は完璧で、わたしが意見する隙間はひとつもなかった。


ボート仲間たちは、この手紙に少しの望みを託した。


手紙は読まれたのか破棄されたのかはわからないが、お役所からは何の返事も来なかった。


わたし達は皆、努力することをやめた。


これからどうなるか誰もわからなかったし、何もできなかった。


そして、法律が完全に変わってしまうまで、誰もコミュニティの場所を動こうとはしなかった。


その間中も、取材の人達は毎日のように、コミュニティの周りをウロウロしていた。


そんな中、たった1人だけ取材に応じたボート仲間がいた。


それはW。


Wはもうコミュニティにはいなかったが、釣り用ボートで釣りをしながらテムズ川を行ったり来たりしていた。


たまたまコミュニティに立ち寄ったときに取材者に捕まり、快く? 取材に応じたのだった。


Wがロンドン版のニュースに出た時、それをテレビで見たわたしたちボート仲間は、みんなで笑った。


まず先に地域住民たちが数人、ボート住民の文句を言っている映像が流れた。

その後Wが「ボート住民を良く知る一人で、長いことテムズ川で、釣りのビジネスをしている」とプロフェッショナルに紹介され、かっこ良く釣りなんかして見せて「彼らも彼らなりに苦労してるんだ。あそこにボートを停めれなくなったら、もうテムズ川の真ん中に碇を下すしかないだろうなあ」と、いいんだか悪いんだか、あまりわからないコメントをした。


普段のWを知ってるだけに、あまりにもかっこつけすぎて面白いので、わたしはスマホのアプリに保存しておいてある。


とにかく、Wが何か言ってくれても状況は変わらないので、わたしたちボート仲間は、引き続き取材を拒否し続けた。


旦那は親友のWがテレビに出て嬉しかったらしく、動画を色んな人に見せて自慢していた。


Wもなんだか誇らしげだった。


そうしているうちに、季節は夏に変わり、わたしたちは静かな夏を迎えようとしていた。


と、言いたいが、ボート仲間たちがコミュニティ最後の夏になるだろうというときに、黙っておとなしく貴重な夏をやり過ごすかと思ったら大間違い。


また何か騒ぎが起きそうな気配だった。






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