魔法使いの旦那
娘の学校が決まらないので、わたしは今度は、役所の教育課にメールをだしたり、入学待ちの学校に連絡して「順番がまわり次第連絡下さい」と伝えたり、試行錯誤、できることはほとんどやり、結構なストレスを抱えていた。
それなのに、まさかの!
旦那が娘の入学を決めて来たのだ。
もともとその学校、徒歩10分先にあり、ほとんど毎日のように通りかかるので旦那も知っていたし、わたしがその学校には申し込んでいないことも彼は知っていた。
わたしの中では縁がない学校だと勝手に思っていたので、旦那が娘を連れて散歩中にふらっと立ち寄り、事情を話して即入学を決めて来たときは、ボートごとひっくり返るかと思うぐらい驚いた。
旦那、何か魔法でも使ったんだろうか??
きっとそうに違いない!
わたしに隠れて、旦那は本当は魔法使いだったんだ!
と、わたしは本気で勘ぐった。
たった10分先の学校に、なぜわたしは申し込まなかったかと言うと、そこは教会に隣接したクリスチャン学校だったからだ。
学校のホームページを見ると、入学の条件は「クリスチャンで、定期的に教会に通っていること」と記載されてあるし、わたしたち、教会に通うどころか、中に入ったこともないのだ。
しかも、あるママ友が言っていたことも気になっていた。
彼女曰く、学校のレベルが低すぎて問題外だし、親の質も生活保護者っぽくてあまり良くないので、対象外、見学にも行こうとは思わないのだそうだ。
でも、まあ、今のわたしたちにはそんなことはどうでも良かった。
娘が学校に入れないことの方が心配だ。
旦那が言うには、教会にこそ行かないが自分はクリスチャンだし、とりあえず聞いてみようと受け付けに話すと、すぐに校長先生がやって来て、「幼稚園クラスに空きがあるし、どうぞどうぞ」と、快く受け入れてくれたらしいのだ。
って言うか、そんな簡単に?
じゃあ、申し込みのときから学校見学したり、メール送りまくったり、電話で嫌な思いなどしていたわたしの苦労はなんだったのだ?
なんか、あたしって頑張ってバカをみるタイプ?
さっそくわたしは翌日、娘を連れて必要な入学手続きの書類を持参して学校まで出向いた。
髪がボサボサのおばさんが笑顔で迎えてくれたと思ったら、それは校長先生だった。
住所はメールボックスで、本当はその辺りでボートで暮らしているのだが、それでも娘は学校に入れてもらえるのかと、疑い深いわたしが聞くと、彼女は「そんなことは重要じゃないわよ。クラスに空きがあるんだから問題ないのよ」と気さくに言った。
なんだかこの学校、気が楽だ。
そして校長先生は「せっかく来たんだから、校舎を見学していかない?」と言ってくれた。
校内は外見よりも広くて、何よりも校庭や庭が大きく、子供たちのミニ農園があったりと自然が多かった。
子供たちも、とにかく明るくて元気だ。
今まで見学に行った学校は、生徒たちが訪問者慣れしてるのか、知らない大人が見学していても、気にもしていないようだった。
でも、この学校の子供たちは違う。
「ハロー!」と手を振ってきたり、「その子、この学校にはいるのー?」と話しかけて来たりする。
終いにはフェンスによじ登って子供たちが「ハロー、ハロー!」と言いながら喜んでいる。
なんか、子供がいっぱいフェンスに張り付いてるなあ......
と思いながら、わたしは校長先生の説明を聞いていたのだった。
娘は恥ずかしそうに、わたしの後ろに引っ付いていたが、少しすると本棚の本を引っ張り出してきて本を見たりして、なんだか寛いでいるようだった。
わたしは娘の学校がここに決まって、まるで運命の神様が導いてくれたんじゃないかと思うぐらいに感動して嬉しかった。
この学校のどこがレベルが低くて、質が良くないのだろう?
成績の良し悪しは分からないけれど、子供たちが楽しく生き生きと学校生活を送ることこそが、何よりも大事なことなんじゃないんだろうか。
わたしはたった一人のママ友の意見を鵜呑みにして、この素晴らしい学校を勝手に対象外にしてしまっていた自分を本当にバカだと思い、そんな自分を恥ずかしいと思った。
しかもその学校は、ボートコミュニティのほんの10分先だったのだ。
帰り際、娘が言った。
「またあの学校に遊びに行きたい」
大丈夫。
9月になったら、毎日あの学校に行けるんだよ。
お友達をいっぱい作って、自然にいっぱい触れて、大好きな本をいっぱい読んで、大好きな歌を、これからは一人じゃなくって、お友達と一緒に歌えるんだよ。
良かったね。
学校が決まって本当に良かったね。
わたしは娘の入学を断ってくれた他の学校にさえ感謝した。
それからもちろん、魔法使いの旦那にも感謝した。




