ハロウィン
家探しで本当にムダに夏を通り越してしまい、9月の娘の誕生会ですらMAちゃんだけを呼んで、ピザ屋で簡単に済ませてしまった。
娘は、なんともう3歳になったのだった。
3歳と聞けば、まだまだ何も分からないちびっ子だろうな、と思いきや、意外に色んなことを言ったりやったりできる。
10月も終わりに近づいた頃、娘は「ネコの格好をしてお菓子をもらいに行きたい」と言った。
どうやらハロウィンのことを言っているらしい。
幼稚園で得た情報だろうか......
ハロウィンの夜は、子供たちが近所を練り歩き、ハロウィンの飾り付けをしている家の戸をノックして「お菓子をくれないと脅かしちゃうぞ〜」と言ってキャンディなどをもらう。
近所の友達と仮装をして夜に出歩くので、子供たちは大はしゃぎだ。
さて、わたしも娘のために何とかしなければ、と思いきや、ボートコミュニティでのご近所さんは酔っ払いばかりだし、一緒に行ってくれる子供たちもいない。
仕方がないので、わたしと旦那とで娘を連れて、その辺を周ることにした。
すると、親分Pが、「だったら、みんなで仮装してハロウィンパーティーをして、娘と一緒にお菓子をもらいに行こう!」と言い出した。
そしてPは、ボートをハロウィン仕様にデコレーションして、食べ物やら飲み物やらをたくさん用意し、なぜかDJブースまで設置して、大掛かりなパーティーになってしまった。
仮装したボート仲間たちや、Pの子分たちが束になって娘を引き連れ、地域の子供たちグループに紛れながら、お菓子をもらいに家々をノックして周る。
すごい光景だ。
娘は、見ているだけで楽しくなるぐらい大はしゃぎして、仮装した大人たちもテンションが高い。
これって、娘のためにやってくれてるのか、実は自分たちが楽しんでいるのか、すごく微妙だ。
その夜、娘が寝てしまってからもパーティーは続いた。
その翌週、毎年恒例のガイフォークスナイトが各地で行われた。
ガイフォークスとは上院議場を爆発しようという大計画を立てたキリスト教徒だが、直前で捕まってしまった。
その日を記念して、至るところで花火を上げる。
スーパーでは色んな種類の打ち上げ花火が売られ、地域主催の花火大会があちこちで見られる。
わたしたちが花火を見れる一番近い場所はなんと、ボートの目の前だ。
ボートコミュニティの川を挟んで向こう側は、お金持ち達が集う会員制の施設になっていて、毎年この時期にはオーケストラも導入して、盛大な花火を打ち上げる。
その時は、こちら側からタダで花火がみれるので、地域の人たちも集まってきて、コミュニティの前には人だかりができる。
その後、近くで焚き火をするのが習慣だ。
昔はガイフォークスの人形を焼いたらしいが、今ではどこも焚き火だけだ。
これをいいことに、ボート仲間たちがバーベキューをしながらソーセージやハンバーガーを無許可で人々に売る。
もちろん誰も買ってくれない。
なので、残った食べ物は花火大会が終わった後、ボート仲間たちみんなで食べる。
そして自動的にまたパーティーだ。
Pがなぜかシャンパンを持って来て、一番最初にわたしと旦那に注いだ。
「家が決まらなかったのは、ボートに住み続けてオレたちと一緒にいろってことなんだ」と、Pはなだめるように言った。
わたしたちが家探しを諦めたことは、みんな知っていた。
そして、酷く落ち込んでいることも知っていた。
「オレたちがいるんだから、何か辛いことがあったら、いつもでも助けてやるぞ!遠慮は絶対にするな!」
激しい双子兄弟が、わたしにガッツポーズしてみせた。
わたしたちはボート生活にみんなで乾杯した。
いつか必ず終わりが来るこのボート生活。
コミュニティの場所だって、いつまでいることができるのか誰も知らないが、たぶん近いうちに皆立ち退くことになるだろう。
わたしは、その貴重な時間を大事にしようと思った。
おかしなハロウィンのパーティーや、仲間と花火を見て焚き火の前でシャンパンを飲むなんて、なんて贅沢な暮らしだろう。
貧乏で節約だらけのボート生活は大変だけど、これから経験するかしないかわからないような楽しい経験も、たくさんしているのだ。
ここでは辛い時は誰かが話しを聞いてくれて、助けが必要だったら快く助けてくれる。
毎日子供のようにはしゃいでも ( わたしはそんなにはしゃがないけど......) 誰も文句は言わない。
この時代に、こんな場所が、あちこちにあるわけではないのだ。
もう少しだけ、ボート暮らしを楽しんでみてもいいかもしれない。
この暮らしが娘に不備な思いをさせるのだろうか?
たぶん違う。
ハロウィンの夜、ボート仲間たちに守られて、彼らにとても可愛がられ、娘は他のどの子供たちよりも誇らしげだった。
彼女が笑っているうちは、ボート生活もそんなに大変なことではないのかもしれない。
冬が来る。
ボートの上に旦那が割った薪が積み上げられている。
暖かい薪ストーブがわたしたちを癒してくれる。
その時わたしは、この冬はどんなことでも楽しいと笑って、仲間が側にいることに感謝して過ごしてみようと思った。
これが最後の冬になるとは思いもせずに。




