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人生そんなに甘くない

わたしは優しい保健婦さんに言われたことを旦那に事細かく話した。


旦那は、保健婦さんが言うように役所に相談したら、ボートが売れるまで一時的にでも家を借りれる援助をしてもらえるかもしれない、と乗り気だった。


わたしたちは、その時まだ家賃並みの額のボートのローンを毎月支払っていたので、家を借りても家賃と二重払いは絶対に無理だった。

生活もギリギリで貯金も無かったので、敷金などを払うこともできなかった。


条件は揃っている。


特に過酷な冬のボート生活、狭い環境で娘を窮屈な思いにさせていること、そして、住所が定まっていないので娘の学校が決まらないなどだ。


わたしも旦那も大きい家などいらなかった。

共同アパートでも狭い部屋一つだけでもいいので、一時的にボートから出て、ボートを売りに出す準備をしたかった。


ボートさえ売れれば、ある程度のまとまったお金が入るので、今よりはなんとかなる。


旦那はさっそく役所の住居手当係に電話をした。


でも、その電話も10分ほどで終了してしまった。


ボートを所有して住んでいるということは、持ち家があるとみなされて援助はできない。

しかも、わたしも旦那も、二人とも働いているので尚更だと言われて、話は終わってしまった。


生活がどんなものかとか、話も聞いてくれない。


なんだかボートを持っていて、仕事をしているのが悪いみたいだ。


仕方がないので、これ以上何をしたらボート生活から抜け出せるか、市民相談協会に相談してみることにした。


こうなったら後には引けない。

住めるなら一刻も早く陸に住みたい。


イギリスにはシチズン アドバイス ビューロと言う無料の相談協会が各地域にある。

ボランティアで市民に幅広く色んなアドバイスをしてくれる。

Aも最初はそこでアドバイスをしてもらって、役所から家を与えてもらうまでに至ったのだ。


近くの相談協会は月曜日から金曜日までの、朝9時から正午までしか開いていないので、旦那は仕事があるし、わたしが電話をすることにした。


わたしは、何年もイギリスに住んでいて、旦那もイギリス人のくせに、電話で会話するのが苦手だ。

旦那や友人なら、もちろんなんともないのに、役所とか銀行とか、いちいちドキドキしながら電話しなければいけない。


この日も本当に緊張した。


怖いので、その相談所のレビューまで見て調査したり、ノートに細かく言うことをまとめたりして、やっと受話器をつかんだのだ。


電話に出たのは若い感じの女の人の声だった。


ああ、緊張する。

わたしの発音でちゃんと理解してくれるかなあ?


レビューは良かったし、みんな親切で親身になってくれたって書いてるし、きっと大丈夫。


わたしはメモ用紙を見ながら ( たぶん ) 分かりやすく状況を話すと、女の人はすごく不機嫌な声でわたしの話の内容とは関係ないことを言ってきた。


「あなた何人?ビザはあるの?ボートに住んで住居税は払っているの?」


「ビザはもちろんあります。住む場所が定まっていないので、住居税は納めていませんが、リバーライセンスは払っています」と言うと、「税金も納めてない人にアドバイスはできないわっ!」とバッサリ言われたのだ。


「仕事をしているので税金は納めてます」と言い返すと、「だったらアパートでも借りなさいよ!」と叫ばれる始末。


全然相談所の役割を果たしていないではないか。


わたしは緊張して電話して、更に追い込まれたので、すごく動揺し、相手の名前さえ聞くのも忘れてしまっていた。


なんだかよく分からないが、人生やっぱりそんなに甘くないのだ。

っていうか、わたし、なんで叫ばれたんだろう?

なんか悪いことしたっけ?


わたしは旦那が仕事中だと分かっているのにどうしても話したくて、その後すぐに旦那に電話した。


そして旦那が出た途端、涙が出てきて止まらない。


旦那は、なんだなんだとわたしの話を聞き、「なんでそいつの名前を聞かなかったんだ。オレが今から電話する」と言って切ってしまった。


少しして旦那から電話がかかってきて、「若い声の女の人が出て、役所が援助できないと言うならそれ以上何もできないから、何度も役所に掛け合うしかないのでは、と言われた」と言った。


そして、わたしに酷い対応で叫んだ人がいると苦情を言うと、「他にもメンバーがいるので、どの人か分からないが、探し出して言っておく、と言っていて、彼女はすごく感じのいい人だった」と言った。


はあー? それって、わたしと話した人と同じ人なんじゃない?

なんかおかしくない?


わたしはなんだか、本当に気が抜けて、全ての一連がどうでも良くなった。


期待したりドキドキしたり、緊張したり泣いたり。

なんかもうイヤだ。


わたしと旦那は、国からの援助を諦めた。


もう、ローンが終わるまでボート生活を続けるしかないのだ。


ローンの支払いが終わって少ししたら貯金もできる。

そしたら敷金だって払えるし。

あと、2年半から3年の我慢だ。

一生ではない。


と言っても、はあ、長い道のりのような気がする......


なんだか上手く行かないので、わたしはちょっとヤケクソでナンバーズを2口買った。


これが当たったら、役所に頭なんて下げなくても、相談所に叫ばれなくても、堂々と家に引っ越せる。

と言うか、もしかしたら家を一括で買えることになるかもしれない。


そして、ナンバーズは見事に外れた。


またムダなお金を使ってしまったのだった......


やっぱり人生、そんなに甘くなかった。

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