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強烈な双子

ボートに住み始めて、あっという間に5年がたっていた。

たかが5年、されど5年だ。


わたしと旦那の友人たちは「まだボートに住んでいるのか」と聞く。

彼らにとっては、子供もいるのにまだそんな風に自由にやっているのか、と言いたい気分だろうが、こっちは遊びではない。

マジメに生活しているのだ。


友人たちは遊びに来てくれるたびに、「ホリデーに来たみたい!」と感激してくれるのに、「自分だったらこんなボートに住み続けるなんてムリだなあ」とか「いつまでこんな生活を続けるんだ」とか言ってくれる。


分かってる。その言葉に深い意味はないのだ。


そして、その友人たちを更にビックリさせるのは、いつもボート仲間たちだった。


彼らの毎日は日常離れしていて、どうやったらこんな風に何年も生きていられるのかと、誰でも疑問に思ってしまう。

そして友人たちは彼らにどん引きなのに、彼らと言ったら、お構いなしにフレンドリーに接してくるのだ。


5年前にボートに住み始めたときは、Wを筆頭にワイルド系の住民たちが騒ぎまくっていて、彼らも怖いぐらいにフレンドリーだった。


5年経って、仲間は半分以上入れ替わった。

ワイルド系と言うかマッタリ系だが、それでも酒を飲んで毎日河原でワイワイと遊んでいる状況は変わらない。


ヤクザみたいなPからヒッピーの若者、ヤク中ではないがヤク中みたいにみえるオッサンや、山で修行中のような身なりの小汚い格好の若者。


みんな個性的すぎて、さすがのWでさえAのところに居座って、コミュニティーに戻って来なくなったぐらいだ。


そしてその中に、更に個性的な双子の兄弟がいた。


歳は多分40から45、声もでかいし態度もでかいのに、やけに人に気を使うし、気も利く。

そして、なぜそこまで?と思うぐらいお節介だ。


二人ともいつも酒を片手に持って、身なりはまるで武者修行者のようなのだが、とても人懐っこいので、いつも周りには仲間が集まる。


Pもよく彼らの面倒を見ていて、彼らはPの舎弟のようにどこにでもついて行く。


わたしがベビーカーをボートから下ろすのにあくせくしていると、いつも双子の片割れがやって来て、1人はベビーカーを岸の安全なところまで持って行ってくれて、もう1人は娘を抱えてくれたりする。


気になるのは彼ら、お風呂に入ったり服を着替えたりしないので、ちょっと臭い。

娘を抱っこしてくれるのはいいが、彼女の服がなんだか臭うこともある......


それでも娘はなぜか彼らが大好きで、顔を見ると機嫌よく笑うのだ。

と言うか、娘、まだ1歳半だからかどうなのか、その辺で酔っ払いが叫ぼうが犬が顔中を舐めようが、全く気にしない。

産まれたときからそんな環境なので、慣れてしまっているらしい。

ボートのエンジンがかかっても、音楽ガンガンでも、眠くなったらぐっすりと眠るのだ。


と、話は逸れたが、とにかくこの双子の兄弟、存在も匂いもすごく強烈なのだ。


そんな彼ら、まるで世の中の雑草みたいな存在でありながら、なかなかすごいのだった。

二人ともかなり優れたアーティストで、某有名な本の表紙を書いたり、映画の仕事をしたりしていた。

絵を描かせると、おおっ!プロだー!と叫んでしまうほど上手い。


娘がもう少し成長したら、絵を教えてあげるんだと、彼らはいつも言ってくれる。


ただ、問題は生活能力がないのだ。


せっかく手に入れた仕事も、酒を飲みながらやるのでクビになったり、仕事をやっとやり終えて大金を手にしても、一瞬で道楽に使ってしまう。


彼らアーティストはオーディションを受けて仕事を獲得するらしいが、遊びすぎてそのチャンスを逃してしまったりと、結局いつも文無しでお腹を空かせて、Pやわたしたちに食べ物を分けてくれとか、せこく「5ポンドだけ貸してくれ、いや、1ポンドでもいい!」と言ってきたりする。


旦那は食べ物は与えるが、金だけは貸した分が返済されるまで、絶対に貸さない。


Pはなんだかんだと彼らを甘やかしているようだった。


双子は仕事も金もないのに変な意地だけはあって、何があっても生活保護を受けようとしない。

「国に借りは残したくない」とか、「そこまで自分たちを下げたくない」とか言うが、そんなにプライドが高いなら、意地で仕事を見つけて来た方がいいのでは? と、いつもわたしは思う。


そしてある日、双子の知り合いがオーディションの話を持ってやってきた。


「面倒だから受けない」と言う双子兄弟に、旦那やPが激怒してムリやり受けさせ、とても簡単に仕事をゲットしてきた。


そして、珍しくスタジオにこもり、某有名な映画の仕事を終えて大金を手にすると、何を思ったか、前回登場のTOのボートを購入したのだった。


TOはなんだかんだと、結局ボートを予定の半額以下で手放し、晴れて陸の人間になってどこかに行ってしまった。


最後の日、なぜだか夜中にこっそりと旦那だけに挨拶をしに来て、少ない荷物を彼の弟の車に積んで、静かに引っ越して行った。


そして強烈な双子は、なんだかわたしたちのご近所さんになってしまったのだった。


いいのか、悪いのか、静かだったボート周辺が急に賑やかになってしまった。


それから顔をあわせる度に双子は、「ユーの旦那とPはオレたちにボートを与えるきっかけを作ってくれたんだ。オレたちは一生ユーたちを守り続けることにしたんだ」とわたしに言って来る始末。


困ってしまう。


そして、「日本語で 忠誠を誓う!って何て言うんだ?」というので、その通りにおしえてあげた。


それからは、わたしの日本人の友人が訪ねてくる度に飛んで来て「チュー、セイヲ、チカウー!」とガッツポーズをするので、みんなビックリ!

なんなのこれ? 状態だ。


とにかく、ボートのドアを開ける度にそこにいるので、わたしたちの友人も、彼らが面倒だからと言ってあまり来なくなってしまった......


こんなんだから、「いつまでこんな暮らししてるの?」って言われてしまうのだ。


それでもわたしは、前よりもずっと居心地が良くなった。


彼らは本当にわざとらしいくらい色んなことを手伝ってくれるし、どんなことも親身になってくれた。


地域の年寄り住民に、わたしがイヤミを言われている時も、すぐにボートから出てきて助けてくれたし、旦那が出かけて帰って来ない夜は、発電機を中に入れてくれたりする。


ほとんど毎朝、「コーヒーを作りたいからお湯を分けてくれ」と、バシャバシャとテムズ川ですすいだカップを渡されるが、( 最初は本当にビックリした ) それも日課になっていた。


彼らが朝出てこない日があると、なんだかちょっと心配になったりした。


いつも貧乏で、ボート仲間たちのレベルも世の中の範囲で見たら低いが、わたしの中では自慢の仲間たちだった。


ボートに住み始めたころから日本人の友人に「本にしたら?」とか、「ブログを書いたら?」とか言われることが多かった。

その度に、そんなことは絶対にしないと言い続けていた。

マジメなボート生活を好奇心だけで笑って流されるのがイヤだったのと、貧乏で惨めな生活を書いて、わたしのことを毎日心配している親を悲しませたくなかった。


それでも、双子兄弟がご近所さんになった頃から、理解してくれる人たちが少しでもいてくれるなら、こんな生活があり、こんな人たちが一生懸命生きてるんだ、と伝えたい気持ちになり始めていた。


大きな世の中でほとんど価値のない小さな存在が、わたしの中では世界に一つの大きな存在だったのだ。


それでもこの頃、わたしはまだためらっていた。


変わった生活をしているくせに、わたしはいつも何かを始めるのが怖い。


自由奔放に生きている双子兄弟に助けられる日々の中、わたしは彼らに何ができるのだろうかと考えるようになった。

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