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テムズ川へ

ボートの旅、最終日の夜に旦那が帰ってきた。


ボートは目的地ほぼ手前で先に行けなくなったそうなのだ。

最後の水門は、カナルからテムズ川に入る大きな水門で、あらかじめ予約をしてから係の人に門を開けてもらわなければいけないのだと言う。

旦那とMは、翌日仕事があるので一旦帰宅して、Wが一人で目的地にいくことになったのだ。


運がいいのか悪いのか、次の日休みだったわたしは、水門の予約時間の前までにボートに行って、Wとボート最後の旅に便乗することになった。


その夜、旦那は一週間分のボートの旅話を一気にしてくれた。

長いトンネルを45分かけて通った時は、トンネルの中に入ると暗闇の中でトンネルの出口が遠くに点のように見えるのを見て、気が遠くなったこと。

川の流れが急に早くなって、滝のように下に流れる場所があり、流されて行きそうで恐ろしくなって動けなくなったことなど。

本にでもしたら、ちょっとしたミニ冒険本ができそうな内容だった。


わたしは旦那の話を聞いた後、翌日のボートの旅のことを考えて少し不安になった。

たった2時間ほどの旅なのだから、無事に目的地に着くだろう。

でも、途中で何があるのか分からない。

ダイアモンドはわたしたちの家。

このボートがひっくり返ったりでもしたら、わたしたちは大きな財産を失い、借金だけを抱えることになるのだ。

なんだか重い荷物を背負ってしまったような気分で、その夜は早く次の日が過ぎてしまわないかと願わずにはいられなかった。


そして、翌日。

ボートを目的地まで移動させる最後の任務が自分になるなんて思ってもいなかったので、大きな水門を目の前にしてボートに乗っている自分がここにいる、と思うと、自分が自分ではないような気がしてきた。


始めてイギリスにやって来た時、まさか自分がボートに住むことになるなどとは、思いもしなかった。

あの頃のわたしが水門の横に立っていて今のわたしを見ていたら、なんと思うだろう。

まず先に、あの人は中国人か日本人かどっちだろうと思うだろう。

それから、ボートに住んでるだなんて考えもしないだろう。

友達のボートにでも乗ってるのかなあ。

そんなふうに思うだろうか?


わたし、これで人生良かったのだろうか......?


今更後には引けない。

目の前の水門が開いたら、そこはテムズ川なのだ。

わたしの気持ちは期待よりも不安でいっぱいだった。


舵はWが取った。

Wはめちゃめちゃ機嫌が良くて、水門係りにでかい声で冗談を言っていた。

Wの彼女のAも一緒に来てくれた。

心強い。

Wは調子に乗り出すと手が付けられないので、彼女がいてくれて助かった。


わたしたちは水門係りにお礼を言って門を後にした。

他のカナルボートも2隻いて、わたしたちは後に続いた。


川の流れがどんどん変わっていく。穏やかな流れから力強い流れに。

少しするとテムズ川に入った。

カナルに比べると大きい。ダイナミック!とかそんな言葉が過ぎる。


Wがわたしに舵を取らせてくれた。

スペースがあるので練習にいいだろうと言う。

川の流れが速いからか、重くて舵が上手く取れない。右に行きたければ舵を左に動かし、左なら右に動かす。

ややこしい。

ボートがあまりにもジグザグに動くので、WもAもいちいち大笑いした。

少ししてWに舵を横取りされた。

ついでに「ボートは操縦しない方がいいだろう」と言うアドバイスまで頂いた。


テムズ川は本当に広大だった。

カナルが清楚なら、テムズ川はワイルドという言葉が合ってるのだろうか。大自然がそのままそこにあった。

鴨やアヒルたちが妙に小さく見える。

本当にわたし自身が小さく感じた。

お金の計算のしすぎで頭が計算機みたいになっていたし、本当は何もかもが不安で、わたしごと誰かと人生を入れ替わりたい気分で、毎日を過ごしていた。

大きな自然の中では、そんなことはどうでもいいことのように思えてくる。


これで良かったのだ。

心配するだけムダな体力を使うので、ポジティブに行こう。

これから仲間たちに囲まれた、楽しいボート生活が始まるのだ。


わたしの気分は少しずつ晴れていった。

これからこの仲間たちのめちゃくちゃな生活に振り回されることになるとも知らずに。

問題だらけのボート生活が待っていることも知らずに......

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