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立ち退きの警告

わたしはよほど疲れが溜まっていたのか、安心したのか、旦那の両親の家では初日から丸3日間、高熱をだした。


義母はわたしの世話から娘の世話まで献身的にしてくれて、わたしは時間になると、ベットの上で娘に母乳をあげるだけで良かった。


おかげでわたしはかなり回復した。


クリスマスには旦那も来て、家族で楽しいクリスマスを迎えることができた。

この時ばかりは、わたしはボート暮らしのことをすべて忘れるようにしていた。


わたしがリラックスしているからか、娘がそんな時期なのか、クリスマスが終わったあたりで娘の泣く量が急に減った。

わたしと旦那の仲も回復していった。


娘が産まれてから初めての年越しは、ボートで家族3人、ボート仲間たちに囲まれながら過ごしたいという旦那の希望で、わたしたちは年越し数日前にボートに戻ることになった。


帰省日の前日、ボート仲間から連絡があった。

コミュニティーのボート全てにお役所から立退きの警告の紙が貼られたのだという。

なんともご丁寧に、彼らは護身用にリバーポリスを引き連れてやって来たのだそうだ。


ボート仲間たちは見た目は小汚く、騒ぐのが大好きだが、基本的に草食動物タイプなので、怒る人も反論する人もいない。

黙って警告を受けるだけだ。


警告の紙には、「3月までに立退かないと罰金をとるか法的手段を取る」ということが書いてあった。

なぜ3月かと言うと、冬場のテムズ川は流れが早く、満潮と干潮の差も激しいので、安全上ボートを無理やり動かさせることはできないのだ。


実は前の年もこの時期にまったく同じ警告を頂いた。

でも、コミュニティーがある場所は誰か個人の土地で、お役所の管理下にない。

なので法律というものが存在しなかった。

ただ、近くの住民たちのほとんどが長く住んでいるお年寄りたち。

彼らがコミュニティーの存在を良く思っていなかったので、役所に文句を言った結果だった。


とりあえず旦那は「いつものことだし、法律が確定しないうちはどんなに脅しを受けても動く権利はないから心配ない」と言った。


問題はこの後だった。


わたしたちがボートに戻ると、ボート仲間の1人が地域版の新聞を持ってきた。

新聞には、ありもしないようなことが事実のように書かれていた。

わたしたちボート住民は「テムズ川の海賊」などと表現されている。

しかも、「違法滞在者の外国人をかくまっていて、子供もいる」と書かれている。


あれ? ちょっと待った。

このボートコミュニティー、完全なる外国人ってわたしだけではないか。

ってことは、子供がいる違法滞在者とはわたしのこと?


旦那に聞くと、わたしは旦那と結婚して正当なビザを持っているので、それはわたしのことではない、と言う。


いやいや、どう考えたってわたしのことだろう。


と言うことで、もともと近くの住民たちに良く思われていなかったわたしたちだが、新聞記事のせいで、わたしたちのことを知る地域住民の範囲がもっと広がってしまったのだ。


わたしたちは皆、冬の間はどうすることもできなかった。

わたしと旦那はメールや電話、時には徒歩で停泊場所を探しまわったが、空きがないのだ。

あったとしても、高い。 異常に高い。

ボートのローンを払いながら払える額ではない。

こんなんだったら、結構いい家に住めるか、小さいマンションが買える勢いだ。

やっと見つけても、遠すぎる。

環境はいいだろうが、旦那は確実に仕事を辞めて新しい場所で職探しをしなければいけなくなる。


娘のギャン泣きも落ち着き、旦那との仲もようやく元に戻ったのに、また次なる問題がやってくる。


考えるだけでストレスになるので、春まで何も考えないことにした。

それでなくても、冬のボート暮らしは過酷なのだから。


そのころ、コミュニティーの中でWは一番安心できる位置にいた。

過酷な冬もほとんどAのところにいたので乗り切ることができた。

そして、コミュニティーの場所が面倒なことになってきたので、Wはさっさと自分の大きなボートを売り、釣り用の小さいボートだけで身軽に動き回ることになった。


わたしも娘を抱え、水も汲みに行けず、トイレも汲み取れない状況で大変だったので、何度かAの家に寝泊まりして自分を充電しながら、なんとか春まで過ごした。


どうか春には地域の人々が、小さい記事になったわたしたちボート住民のことを忘れて欲しい。


わたしは冬中そんなのことを願っていた。

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