産後クライシス回避法
母が日本に帰ってしまってからしばらくわたしは落ち込んだ。
洗濯物を畳んだり、料理を作るたびにわたしは母を思い出した。
なんだかんだと母が色んなことをしてくれていたのだった。
娘は相変わらず毎日泣き続け、わたしと旦那は産後クライシスさながら、最悪な夫婦仲になってしまった。
娘は泣き止まず、わたしも旦那も寝不足。それに加えてケンカが絶えないので、旦那も薪を割ると言って外に出たきり戻って来ない。
わたしはぎゃん泣きする娘を抱っこ紐で抱えながら、夕食を作ったり娘をお風呂に入れたりする。
旦那はエンジン作業や力仕事は得意だが、掃除は全くダメだった。
ボートは毎日床掃除や窓拭き、ホコリ取りなどをしないとすぐに汚くなる。
夏はドアを開けておくので砂ホコリが多いし、冬は薪ストーブの煤で真っ黒になる。
そして虫が多い。
小さい蛾は何匹も群れをなして飛ぶし、クモも大きいのから小さいのまであちこちにいる。
その虫たちから娘を守るのにとても神経を使う。
なんども大きなクモが娘の寝ている顔の上にぶら下がっていてビックリすることがあった。
娘が1日中泣く赤ちゃんで、ボートの中でやることがたくさんあるのと、旦那が外にばかりいることで、わたしはかなりいっぱいいっぱいになっていた。
そのうちボートの中に閉じこもるようになり、めったに外に出なくなった。
少し外に出ると、買い物をしていても娘は泣き続けるので、どこにも行けなかった。
そんな時わたしを精神的に助けてくれたのは、なんとインターネットだったのだ。
ネットで「娘が泣き止まない」と検索すると、出てくる出てくる。同じように悩んでいるママたちが。
わたしは初め、どうやったら泣き止むのかと、ほぼ神頼みで検索していたのだが、そのうち同じような人がたくさんいて、今苦しくても時間が経つと解消する悩みだと知って、何度も励まされ、一人で泣いたのだった。
ネットのおかげで少し楽になったとはいえ、体力的にはまったく楽にならず、髪は抜けるし歯はボロボロだし、時々もうろうとしてくるので、わたしは日々ボート生活にさよならして、家に住むことばかりを夢に見るようになった。
11月も半ばになり、季節は冬。
あと1ヶ月ちょっとでクリスマスが来る。
毎年クリスマスは旦那の実家に行く。旦那の家族、甥っ子姪っ子たちのプレゼントを準備しなければいけないし、カードも買い始めなければいけない。やらなければいけないことはたくさんあった。
この状態でそれらをすることにはムリがあったので、わたしはクリスマスより1ヶ月早く旦那の実家に娘と二人で行くことはできるかと旦那にお願いした。
それを聞いた旦那は二つ返事でオッケーを出し、なぜか喜んでいるようにも見えた。
実際、修復不可能なぐらいに夫婦仲が落ち込んでしまっていたので、娘のことを考えても、少し離れて暮らすことはお互いにとっていいような状態だったのだ。
そんなことで、約1ヶ月、わたしはボート生活から離れることになった。
その頃、WのパートナーのAの事情も変わってきていた。
彼女は国から家を与えられて、共同で住んでいた借りの住まいから出られることになった。
与えられた家はまだ借りの住まいだが、それでもMAちゃんの部屋があり、Aの寝室とリビング、駐車場に大きな庭まであった。
もちろんお風呂もあるので、Aは気を使ってわたしに「いつでもお風呂や洗濯機を使いに来て」と言ってくれた。
Wはもちろん、タダで一軒家住まいが味わえるので大喜びだ。
AもWもクリスマスが早くやって来たようだ、と嬉しそうだった。
わたしもAとMAちゃんにちゃんとした家が与えられて嬉しかった。
暮らしは大変でも、ゆっくり休める家があるのは素晴らしいことだ。
わたしもまた、旦那の両親の家でしばらくゆっくりできることが嬉しくて待ちきれなかった。
これで少しでも体力を取り戻して、旦那とまた元のように仲良く暮らしていけるようにと、心から願った。




