変わろうとしている生活
わたしがのんびりと荷造りをしている間、旦那たちは色々なドラマを繰り広げていた。
引率者のいない修学旅行に行くみたいに浮かれまくった旦那たち3人は、
ビールや食料を買い込んで意気揚々とボートの旅を始めた。
旦那が舵を取る横で、Wはビールを片手にボート操縦の監督をする。
しばらくすると水門が見えて来た。
水門とは厚い扉で水をせき止めて、川の水位を調節するものだ。
門を開けるには水門の中と外の水位を同じにしなければいけない。
大きさにもよるが、通過するのに5分から15分ほどかかる。
Wたちはテムズ川での水門になれているので、意気揚々と旦那に指導しながら水門の前にボートを止めた。
そして、まさかの状況にWもMも立ち尽くす......
「なんだこれは...... 」
二人とも自動式の水門になれていたので、手動式の水門を初めて見た。
テムズ川では大体は水門係りがいて、ボタン一つで水位を調節してボタン一つで門が開く。自分でやるのも簡単だ。
手動式は両手でかなり重いネジを回して、水位を調節するソルーサーというものを下ろし、水位が同じになったら両手で体重をかけながら門を押して開ける。
カナルは昔からの作りのままがほとんどなので、彼らはこれを90回近くやらなければならないのだ。
そして、更に沈黙......
一体どうやって門を開けるのか?
仕方なく近くに止めてあった他のボート人に聞いてみると、ソルーサーを下ろすには鍵が必要なのだという。
鍵は先ほど出発して来たボート屋で売っているというのだ。
鍵と言っても、重い鉄の棒のようなものだ。
これからいくつもの水門を通過するのだから、この鍵は必需品だ。
仲介屋の兄ちゃん......
ボートを売りつけてしまったら、後はどうでもいいのか、それともそのことを知らなかったのか......
とにかく旦那は親切なボートの住人から自転車を借りて鍵を買いに行くことができた。
旦那たちは早朝から夜遅くまでボートを動かし続けた。と言っても、旦那がボートを操縦する横で、Wはビール片手にでかい声で冗談を言ったり、騒いだりするだけだったらしいが......
その間、Mというボート仲間は主婦のように動き回っていたという。
一日三食をマメに作り、ボートの中の掃除や、洗い物などの世話を焼いてくれたという。
Mは頭の先からつま先までイギリス人だ。
と言うのも、彼はサッカーの話が大好き。
パブもビールも大好き。
ビールの飲み過ぎで、中肉中背なのにお腹だけがポンポコタヌキみたいに大きい。
朝は毎朝近くの食堂で、イングリッシュブレックファストを食べる。
怪しい異国の食べ物なんて、絶対に食べない。
もちろん、日本食も食べない。
一日に何杯もミルクと砂糖たっぷりの紅茶を飲む。
そしてなぜか、イングランドの国旗が付いたポロシャツやら、キャップなどを身につけている。
よっぽど自分の国が大好きなのだろう。
何を思って、そして彼はどこでこれらを買うのだろうと、わたしはいつも思う。
とにかく彼はすごくイングリッシュなのだ。
そして、なぜかすごくマメなのだ。
旦那曰く、一日中ボートを操縦して疲れて休もうと中に入ると、きちんとディナーの準備がされていて、ローストビーフやポテトが皿の上にアートのように盛り付けされていて、デザートまで準備してあったらしい。
しかもレストランみたいにナプキンの上にナイフとフォークがきちんと並べられてあって、ついでにソファーの上のクッションまでもきちんと並べられてあったそうだ。
水門が現れると門を開ける手伝いをして、後はボートの中で主婦作業。
ちなみに、わたしたちのボート、ダイアモンドの屋根の上にはいつも可愛いハーブや花があった。
Mが季節ごとに花を植え替えたりして管理してくれていたのだ。
特に何も言わなくても、勝手に何か買って来て、勝手に植えてかわいくしてくれる。
なんだか便利だ。
ボート初心者なので一生懸命な旦那と、お気楽極楽なW、そしてマメなM。
3人のボートの旅はとでも充実したものだったらしい。
今まで気がつかなかったイギリスの素晴らしい景色と、ボート仲間たちの新しい出会い。
旦那は本当にボート購入は間違いではなかったと確信したのだそうだ。
とりあえず毎日電話すると言った旦那は、本当に毎日電話してきてくれた。
その頃、わたしも荷造りに追われていて、それはそれで充実した一週間だった。
整理してみると、「こんなに!? 」と驚くぐらいわたしたちには、どうでもいいものがたくさんあった。
色んな物を処分しているうちに気がついた。
わたしたちの暮らしには、必要な物だけが少しあれば良かったのだ。