表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/96

謎の男

2010年4月、もう月も半ばに差し掛かろうとしているのに、この年はまだ冬のコートが欠かせないぐらい寒かった。


その寒さの中、わたしたちはテムズ川のコミュニティーに戻ることにした。


通勤は不便になるが、いくつかの理由があった。

まず、わたしたちの郵便物が届く私書箱を、コミュニティーの周辺で借りたままにしていて、住所がそこにあると言うのが一番の理由だった。

使っている住所の近くの診療所に登録していたし、妊娠中の検診もその辺りだし、大事な郵便物もすぐに取りに行けるので、便利だった。


それと、やはり気心が知れた仲間が近くにいるというのは安心できる。

カナルでも助け合える仲間はできたが、ボート生活を1から手助けしてくれた仲間たちには敵わなかったのかもしれない。


テムズ川に戻るには、またあの過酷な10以上の水門を通らなければいけなかった。

妊娠初期の、しかもつわり真っ只中のわたしに、寒空の中で水門の開け閉めをして欲しくないと言って、旦那は友人二人に手伝ってもらうことにした。

1人はアパートからボートに引っ越したときに手伝ってくれた男友達で、もう1人は旦那とわたしの共通の友人で、長い付き合いがある女友達のJeだ。

Jeはボートでカナルからテムズに向かうと聞いて、自分から一緒に行きたいと申し出てきたのだ。

そして、謎のボーイフレンドを連れて来た。


謎の男はドイツが嫌いなドイツ人で、何を思ったのか釣竿を持ってやって来た。

そして、みんなが水門の開け閉めに奮闘しているときに釣竿をたらしたり、寒いだの、お腹が空いただのと言いながらボートの中に何度も入ってきて、訳のわからない自慢話をしたり、勝手に紅茶やサンドイッチを作ったりして、水門作業には一瞬たりとも参加しなかった。

Jeが何度か呼びに来たが、「テレビを見ているから外には出ない」と言ってソファーを占領してくつろいでいた。


あの、ここはあなた様の家ですか?

と言うか、何しに来た?


わたしは揺れるボートの中で、つわりでかなり弱っていたので、謎の男が中に入って来るたびに居心地が悪くなった。


息苦しくなるので外に出てみるが、皆に寒いから中に入れだの、滑って川に落ちたらどうするんだ、だのと言われ、渋々中に入ったり、時々また外に出て、ボートを操作中の旦那の横に立ってみたりしたが、友人2人が懸命に水門を開け閉めしているのを黙って見ているのが悪い気がして、また中に入ったりを繰り返して1日を過ごした。


朝早くに出発して、やっとテムズ川の手前の大きい水門まで着いた頃には、夜もだいぶ更けていた。

大きい水門は予約して開けてもらわないといけないので、移動はそで終了ということになり、1週間そこに滞在してからテムズ川に出ることにした。


近くにレストランがあったので、旦那がお礼に皆に夕食をご馳走することになった。

と言うか、何もしないでダラダラしていた謎の男にまでご馳走するのか? とわたしは思ったが、しない訳にはいかないだろう。


食事中、旦那の男友達が「こんな風に移動するなんて、結構たいへんだなあ。ボート生活も優雅なだけじゃないんだなぁ」と言うと、それを皮切りに謎の男が何故そこまで? と言うことを言い出した。


「ボート生活はワイルドだと思ったが、退屈だなあ。釣りさえもゆっくりできないし、中は狭いし、トイレもキッチンも使い辛いし。なんだかムダな1日を過ごしたよ。オレならこんな暮らしはムリだな


は? は? はー?


わたし、今まで色んな変な人に会ったことがあるけど、ここまで失礼な人はまれに見ないよ! 本当に!


旦那もJeも怒るかと思いきや、軽く話題を変えて無視しているようだった。


しまいには、帰り際、「ボートの移動でムダに遅くなったから、泊まって行く」と言い出し、わたしが恐ろしくて固まっているのをJeも察したようで、謎の男を引っ張るようにして、急いで帰って行った。


どっと疲れたわたしは、いったいその日はなんだったのかと思い、ボート仲間たちも変わった人が多いが、日々暮らしている日常にも変な人がいるもんなんだよなあとつくづく思った。


ん? 待てよ。


旦那と2人で、テムズ川の仲間たちは安心できると話してコミュニティーに戻ることになったが、突然思い出した!

またWを含めた仲間たちに振り回される日々がやって来るのだ。


いいんだか悪いんだか......


これからのことはコミュニティーに移動してから考えよう。

Wも父親になって落ち着いただろうし、Wの彼女のAも黙っていないだろうから、前のようにハチャメチャな暮らしではないはずだ。


わたしはそう思って、とりあえずカナル生活最後の一週間をのんびりと過ごそうと思った。


その時はまだ、Wも仲間たちも更にパワーアップしているなどとは気づきもせずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ