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新しく始まった仕事は相変わらず暇だった。
3月の終わり頃から4月の中旬にかけて、イースター ( 復活祭 ) の時期がある。
その頃にはどこの学校も2週間ほどのイースターホリデー、春休みのようなものになるので、その時期に期待するしかない。
そのホリデー期間を前に、大変なことが起きた。
雪が積もった後に雨が降り、施設の屋根の腐っていたところが落ち、施設内が水浸しになってしまったのだ。
水はくるぶしが隠れるくらいたまり、建物全体を室内池に変えてしまったのだ。
専門業者に頼むと高くつくし、忙しい時期らしく、作業しに来るまで2週間待つことになるという。
そこでスタッフ総出で片付けることになった。
しかし、まったく手に負えず、結局専門業者がやって来た。
彼らが言うには、建物自体を大幅に直さないと、いくら水を除去したところで同じ事がすぐに起こるし、お金を使うだけムダなのだそうだ。
と、言うことで、結局業者を使うのをやめた。
使い物にならなくなってしまった遊具がたくさんあり、かなりの損害が出た。
とりあえずイースターホリデーの期間もあるので、小さな貸し出し用の部屋やスタッフルームを誕生会などに利用することにして、建物の本当に一部だけで営業を再開した。
でも、やはり、半分壊れかかった遊戯施設にいったいどんな親が子供を連れて行こうと思うだろうか?
客足は更に減り、スタッフたちの出勤日数もまた更に減った。
わたしと旦那は危機感を覚え始め、今後のことを考えて、このビジネスから撤退することにした。
雇用主も契約を結んで雇用した旦那とわたしが辞めると言ったので、悪いと思いつつも、肩の荷が下りたようだった。
そして施設はすぐに週末のみの営業に変わり、夏を前にして閉店してしまった。
さて、わたしと旦那は辞めると言ってしまったものの、これからどうするのだろうか?
わたしに関しては妊娠までしているので、雇ってくれるところがあるかどうかだ......
良く考えると、安易に乗ったビジネス話だったし、人生はそんなに甘くない。
オックスフォードまでボートを動かさなかっただけまだマシだ。
それでもまさか、たった2ヶ月あまりで路頭に迷うとは思ってもいなかった。
あの元日の誓いはなんだったのだろう......
とにかくわたしたちはすぐに仕事を探さなければいけなかった。
オックスフォードに通うためにボロ車まで購入してしまい、「売ってしまおう」とわたしが提案したが、旦那は車を持つことに味を占め、キープすると言った。
ラッキーだったことと言えば、雇用主が気を使って、わたしと旦那それぞれに1ヶ月の給料分の退職金を支給してくれた。
それですぐに発電機を購入した。
しかも、わたしたちが夢にまで見たホンダの発電機だ。
一緒にインバーターまで買ってしまった。
これから産まれてくる子供のために必要な物を今のうちに揃えなければと思ったのだ。
その後すぐに、わたしは一か八かで辞めたばかりの前の職場に連絡した。
すると、マネージャーもスタッフもわたしが妊娠したことをとても喜んでくれて、「職場に戻って来て産休まで取ったらいいのよ」と言ってくれた。そして、身重でのフルタイム勤務は大変なので、パートでもいいとまで言ってくれた。
旦那も前の職場に連絡すると、「戻って来てくれるのか!」と、大喜びされてしまった。
ということで、わたしたちは出戻り社員として、またもとの職場に戻ることになった。
一体、本当にあの2ヶ月間は何だったのだろう。
わたしも旦那も長い休暇から戻って来た気分で、またもとの暮らしに戻ったのだった。
ロンドンにゆっくりと春が訪れようとしていた。
もらったばかりの退職金は無くなってしまったが、またやり直すのも悪くない。
とりあえず発電機が手に入って、電化製品が使える。
これだけでもムダな2ヶ月ではなかったのだ。
「何事も、起こるからには何か意味があるんだ」
旦那は、何かあるたびにいつもそう言うのだった。