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ボート購入

ついにやって来ました。ボート購入です!

ボートを買うんです。初めてのわたしたちの家。人生初めての大きな出費。


仲介屋のオフィスの来客用の部屋に通されコーヒーまで出してもらうわたしたち。

書類をいくつか渡され必要項目にサインして、小切手を渡す。

まるで外国映画のワンシーンのような光景だ。

さあ、これでボートはわたしたちのものになった。


と思ったら、仲介屋の兄ちゃん、すごいことを言った。

「ボートのライセンスは毎年12月末に一年分を払うから、忘れないで払ってね。これがないとボート乗り回せないから」


え!?

わたしと旦那、目を丸くする。


そう、ボートを買うことに集中しすぎて、世の中のルールってものを忘れていた。

ライセンスってことは、免許ってこと?


わたしたちがきょとんとしていると、兄ちゃんが「知らなかったの?」という顔をしてから説明をしてくれた。


ライセンスを取るということは、許可書を取得するということで、指定された金額を払って許可書をもらい、それを外から見えるように貼る。

それがなければボートを乗り回すこともできないし、もちろんボート用の施設も利用できない。

ボートは車とは違って、教習所に行って免許を取る必要がない。

ボートの扱い方を指導してくれるコースや企業はあるが、別に個々で練習したってかまわない。

ちょっと慣れたら、すぐに操縦できるようになるのだ。


わたしたちはWや他のボート仲間がいたので、その辺は心配なかった。

でも、ライセンスのことなんて、まるっきり聞いてなかった。


のちにW曰く、あまりにも普通の事で、わたしたちが知らなかったというのを知らなかったらしい。


わたしは恐る恐る兄ちゃんにライセンスの値段を聞いた。

「ボートの大きさによるけど、カナルだけとか、テムズだけだと年間500ポンドぐらいで、両方だとその倍だったかなあ」

と、また適当に答えてるようだった。


兄ちゃんは、オフィスの引き出しから何か紙を出してきて、「カナルの機関とテムズの機関は違うので、ここに詳細があるから自分たちで連絡してくれ」と言った。

というか、こんな大事な連絡先、渡すの忘れかけてたでしょう、兄ちゃん......


とりあえず、その時点で11月の初めだった。

次のライセンスまで2ヶ月あった。

分割で一年分払えるかもしれないし、まあ、気を取り直そう。


そう思った瞬間に、また兄ちゃん、気が遠くなるようなことを言った。

「このボートは安全保証書の期限がそろそろ切れるから、ボートを動かす前にやっておいた方がいいよ。車の車検みたいなもんだけど、5年に一回でいいはずだから」


ウソでしょ......また出費......

仲介屋の兄ちゃんの爽やかな口調が、もう怖い......


そして、兄ちゃん話を続ける。

「この証明書がないとライセンスも取れないから、大事だよ。そうそう、大事と言えば、ボートに保険もかけないとライセンスは取れないよ」


わたしは恐ろしさのあまり口がきけなくなっていた。

だってあたしたち、銀行マイナスにしちゃったし、もう本当にお金がないんだよ。

次の給料日まで食べていけるか、って言うか、仕事に行く電車代すら危ういから、仕事に行けなくなるかもしれないってぐらいの崖っぷちなんだよー。


ショック状態のわたしの横で、旦那は淡々と話を進めている。

ボートの安全を点検する前に一度ボートを陸に上げるのだそうだ。

それだけで相当かかるらしい。

そして、仲介の兄ちゃんにオススメの鑑定士を紹介してもらい、次の週までにはボートを動かせるように手配を進めている。


旦那よ...... あんたは頼りになるのか、ならないのか、わたしにはさっぱり分からない......


帰り際、わたしは旦那に言った。

「なんですぐに鑑定士予約しちゃったの?お金、どうやって賄うの?」

「ボートをあそこに置きっ放しにしたら、停滞料取られるだろ」


はあ!? 停滞料!? 何それ???


あたし、頭が混乱しすぎて細かい話なんか聞いてなかった。

今こうしている間にも、ボートの場所代は一日5ポンドづつ取られているのだ。

大金叩いてボートを購入したのに、ちょっとは「無料で置いておいてもいいですよ」という優しさはないのか!

そんな文句を言ったって始まらない。来週までになんとかしなきゃ。


焦るわたしとは裏腹に、旦那は「今までだってなんとかやって来たんだから、なんとかなるよ」と言った。

なるわけないじゃん......


わたしはその夜、布団の中であれこれと考えた。

次の週までに少なくとも500ポンドは必要だった。

給料を前借りしようかとか、友達に借りようかとか色々と考えて答えが出ないまま、いつの間にか眠ってしまった。


信じられないことに、奇跡はおきた!


翌日の朝、わたしが仕事に行こうと外に出ると、フラット(アパート)の大家とばったり出くわした。

わたしたち、これ以上家賃とローンの二重払いは無理だったので、ボートを購入する前にさっさと大家にフラットを引き払うと告げていた。

それで、わたしは大家の顔を見て、敷金のことを思い出した。

こうなったら出来ることは全部やるしかない。それが常識はずれなことでも。

わたしは一か八かで大家に聞いてみた。

「あと2週間でフラットを出るんだけど、敷金って出る前に返してもらうことってできますか?」

普通敷金って部屋を引き払ってから大家が点検して、それから返って来るものだから、聞くだけムダだよねえ......と思っていると、大家は普通に「OK」と言った。


え?本当?


わたしがポカンとしていると、大家は言った。

「来週から2週間ホリデーに行くし、すぐに次の人が入るから見に行く時間もないし、後で渡すのも面倒だからいいよ。明日か明後日、現金で持って行くから」


本当にーー!!

こんなことってあるのだろうか。もう、奇跡としか言いようがない!


確かにわたしと旦那は、当たりさわりなく大家と仲が良かった。

家賃も滞納したこともなければ、問題も起こしたこともない。

旦那は時々フラットの外で大家とタバコを吸いながら世間話などをしたりする。


大家は大家というか、大家の息子で、フラット全部の管理を任されているようだった。

家賃は毎週水曜日に大家が現金で回収しに回る。

支払いは、何があっても銀行というシステムは使わなかった。

いつも現金だ。


なんだかちょっと怪しいけれど、とにかく家賃の一ヶ月分のお金が返って来るのだ。


旦那はその話を聞いて言った。

「なんとかなるって言っただろう」

本当だ。


本当になんとかなったのだった。

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