表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/96

転機かもしれない

わたしと旦那は、長く勤めていた職場を急に辞めることになった。


2009年11月下旬のことだった。

旦那は「すごい話が舞い込んで来た!」と言って、慌てて仕事から戻ってきた。


旦那は本業の他に副業で少しだけエンターテイナーの仕事をしていた。

子供の誕生会でショーをしたり、バザーなどで風船を作ったりするのだが、わたしたち、広告を出せるほどの余裕もないし、ホームページを立ち上げれるほどのインターネットの設備もなかったので、いくつかのエージェンシーに登録して仕事が舞い込んでくるのを待つしかなかった。

その中の一つのエージェンシーの夫婦が旦那を気に入ってくれて、大きい仕事を依頼してきたのだ。


そのエージェンシーは奥さんがエンターテイナーをしていて、ご主人は会社を手伝うという感じで成り立っているのだが、有名人やら雑誌やら、大きなフェスティバルなどから引っ張りだこ状態に忙しく、数年で雇用者が増え、テレビに出たりCDも出したりと、数年で大きくなっていった会社だった。

そして、旦那の作る風船を気に入ってくれて、旦那をスカウトして以来、家族ぐるみでの付き合いが始まったのだ。


そのエージェンシーが旦那に依頼してきた仕事というのは、近々子供の遊び場やレストラン、エンターテイメント会場などが一緒になった施設をオープンするので、その作業員件、管理を任せたいということだった。


場所はなんと、ロンドンから車で1時間半ほど離れたオックスフォードにあり、そこにボートごと引っ越すか、通うことになる。


これは大きな選択なので、慎重に決めなければいけなかったが、わたしも旦那も報酬の多さに目がくれて、すぐに退職届を提出し、旦那はボートをオックスフォード州まで動かすには時間がかかるから、と言って、ムリやり中古車以下のおんぼろ車を知り合いから買った。


車を買ってから気がついて、今いる場所は無料の駐車場が少ないので、ボートを無料の駐車場があるところまで移動することになった。


とりあえず、依頼された仕事がどこまで続くかわからないし、もしかしたら人生の転機になるかもしれないが、やってみないことにはどうなるかわからない。


わたしたちはボート仲間たちに、「また戻って来るだろうからそれまで元気で!」と簡単な別れを言い、すぐに出発した。


今まで通ってきたカナルの経路をまた戻り、ロンドンの中心部を抜けて、2週間でカナルに出てから、2回目の停滞場所だったところに戻った。


冬になると停滞期間の規制が緩くなる。

特にロンドンの中心部から少し離れると、下手したら同じ場所で一冬越せたりする。

無料の駐車場がいくつかあったので、わたしたちはとりあえず、今いる停滞場所で新しいビジネスが定着するまで過ごすことにした。

ビジネスが上手く気流に乗ったら、オックスフォードまでボートを動かすことになる。

慣れ親しんだロンドンの生活とも仲間たちとも離れてしまうのだ。


これからどんなことが始まるのだろうか。

長く勤めてきた仕事を辞めて良かったのだろうか。

ビジネスはうまく行くのだろうか。

わたしたちの選択は正しかったのだろうか。

不安ばかりが過った。


ボート生活を始めたとき、居心地の良かったテムズ川のコミュニティーを離れる時、いつも不安だったが、停滞場所にも仲間たちにも恵まれ、いつもなんとかなったのだ。

今回も上手くいく。


わたしはそう信じて次の新しい環境に飛び込んで行くしかないのだ。



わたしと旦那は ( たぶ ん) それぞれの職場の同僚たちに惜しまれながら退職した。


新しい仕事は1月中旬から始まることになった。

それまでに何度か打ち合わせに行くことになったが、とりあえず年を越すまでやることは何もないようだった。


わたしと旦那は自分たちで選んでおきながら、仕事を辞めてしまったことがショックだった。

クリスマスも自由なんだか不自由なんだかわからない、変な葛藤と期待と不安で、「このままどうなるんだろう?」「いや、どうにかなるだろう!」と、そんな話ばかりして過ごした。


2009年12月31日、わたしと旦那は友達数人とで年越しパーティーのイベントに出かけた。

なんとなく不安定な気分でクリスマスを過ごしたが、正月も近くなると不安な気持ちにも慣れてきた。

イベント会場の入り口で並んでいる時に友達が「来年の抱負は金持ちになること」だと、かなりアバウトな目標を言った。

旦那は「ビジネスを成功させて、ボートをオックスフォードに動かすこと」だと言った。


わたしにはクリスマスの辺りから決めていたことがあった。

口には出さなかったが、わたしはいつも密かに、いつ自分が妊娠するのだろうと、1人で毎月期待し、落胆していた。

時々ストレスすら感じるぐらいだった。

もしかして妊娠しているかもと思うと、お酒すら飲めなかったりした。

医者に勧められて飲み始めた葉酸も、約2年間毎日欠かさず飲んでいたが、意味のないものだと思い始めていた。


そして決めた。


わたしの2010年の抱負は「妊娠のことは忘れる」だった。

葉酸を飲むのを止め、お酒も飲みたいときに飲み、長いこと止めていたタバコを吸い始めることにした。

とにかく、妊娠できるようにとガマンしていたことを全てやろうと決めた。


いい抱負というか、悪い抱負だ。


そう決めたら、年越しのパーティーが久々に自由で楽しいものになった。

貧乏だけど、人生は楽しい。

自分のために生きよう。

好きなことをたくさんして行こうと思った。


年越しパーティー、皆それぞれが色んな想いを秘めて同じ曲でみんなで踊る。

これ以上のものはないのだ。

いい抱負だろうが、つまらない抱負だろうが、「新しい年がハッピーなものになるように!」 と思う気持ちは、誰も一緒だった。


華やかに新しい年を過ごし、わたしと旦那はその年の抱負を誓った。

そしてその抱負も、1ヶ月後には叶わないものになっているなどとは思いもせずに、2010年を迎えた。


2010年は、わたしたちにとって特別な年だった。

わたしたちのボート生活が少しずつ少しずつ変わって行く「始まりの年」だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ