バッテリーがやってきた
わたしが家出を断念してボートに戻ると、旦那はまだ帰っていないようだった。
ボート仲間たちが外でくつろいでいて、わたしを見るなり「家出妻が帰って来たー!」と言ってみんな笑った。
MAの彼女が「わたしも彼に愛想尽かして出て行ったことあるの」と言って同情してくれた。
なあんだ。
あたしが家出したこと旦那はみんなに言ってたんだ。
ってことは、旦那は気にしてたのか、それともおもしろがってたか、どっちだ?
ボート仲間たちと話していると少しして、遠くから旦那らしき人が見えた。台車に何かを積んで、重そうにゆっくりとこっちにやって来る。
なんだろう? まさか発電機?
いやいや、わたしたちには絶対に発電機を買えるお金なんてない。
ってことは、旦那は一体何を運んでるんだろう...... ?
旦那はわたしを見るなり、「風呂でも入ってゆっくりしてきたかー?」と言った。
旦那、そこは謝るところだろう......
それよりも、旦那が持って来た黒いプラスチックの箱3つ、それはなんなんだろう?
「ANが安く入手できるっていうから、バッテリーを買ったんだ」
え!? 一体どこにそんなお金が!?
旦那は続ける。「今バッテリー買いに行って、ANに車でそこまで送ってもらったんだ。また明日部品を調達してエンジンを直しに来るって」
なんだ、なんだ!?
たった数日家出をしている間に何があったんだろう??
聞くと、わたしが出て行った翌日、旦那はテムズ川の仲間の一人、エンジニアのおじさんANに、どうやってエンジンから部品を取り出すか聞くために電話をしたのだそうだ。
その時、わたしが家出したと聞いたANが旦那に同情して、すぐにエンジンを見に来てくれたのだと言う。
そして、すぐに部品を取り出し、彼の仕入先に連絡すると、部品はすぐに発注してくれるそうで、ついでにバッテリーも2つ以上買うと安くしてもらえる話をつけてくれたのだそうだ。
うーん、こうなるのを分かっていて旦那はのんきにしていたのだろうか?
ブチ切れて家出したわたしの立場はいったい......
それにしても、旦那の銀行の残高は確実にマイナス、下手したらマイナスの限度額を超えてるかもしれない......
そうだとしても、やはり発電機を買うよりは安いし、エンジンの負担も減る。
もちろんディーゼルの節約にもなる。仕方がないとしか言いようがない。
翌日、ANは部品を持ってエンジンを修理しに来てくれた。
ロンドンの南から北まで、わざわざ来てくれたのだ。
しかも、無償でやってくれると言うので、恐縮した旦那がビール6本と有り金を叩いて、いくらかお金を渡した。
わたしたちのためにエンジンを直しに来てくれたANに、わたしはすごく感動した。
ANは相変わらず犬の毛をジャケットやジーンズにたくさんつけて、いつ洗ったのか分からない脂っぽく長い髪で、ホームレスさながらの身なりだった。それでも、優しくて気さくで、わたしは安心できた。
またあの騒がしいテムズ川のコミュニティーを思い出し、いつかあそこに戻りたいとも思ったりした。(戻ったら戻ったでまた問題ばかりおこるのだが...... )
バッテリーは3つともしっかり充電してあって、3日は持つのだそうだ。
「発電機をいつか無事に購入できたら、バッテリーをもう2つぐらい増やしたい」と旦那は言った。
ええー、まだなんか必要なの!?
貧乏生活がいつまでも続きそうで気が遠くなりそうになった。
発電機が壊れてから嫌なことばかり続いたが、今回はANのおかげでなんとかなった。
ボート仲間がいなければ、わたしたちは一体どうなっていたのだろう。
そして、わたしたちのボート生活が快適になるのは、本当にいつのことやら、と思わずにはいられなかった。




