イズリングトンを抜けて
カムデンでの滞在も期限が切れて、次に向かうのはロンドン中心部の北東寄りにあるエンジェル駅から歩いてすぐの場所だ。
イズリングトンというエリアで、またもや生活に便利な場所だった。
駅の前の通りには色々なレストランが並び、裏側の通りには骨董品店がいくつかあり、アンティークマーケットもやっている。
スーパーマーケットや洋品店、セレクトショップも多く、週末は生活雑貨中心の蚤の市や、少し歩くと新鮮な食材を扱ったファーマーズマーケットも行われている。
コンサートホールやシアターなどもあり、カフェやバーなども充実していて、遊べるところはたくさんある。
実はここ、わたしが当時働いていた場所から歩いて10分もないのだ。
しかもそこはボート停滞期間が二週間。
少しの間だが、徒歩で仕事に通えるなんて、今まで経験したことがなかったので少し嬉しい。
時間も交通費も浮くのだ。
これまで2つの滞在先で予想以上の出費になってしまったので、これからは本格的にセーブしていかないといけない。
少し出費を減らさないと、と思うと、思わぬことが舞い込んでくる。
Sがまたどこからか、原価の半額でインバーターを売っているところを見つけてきたのだ。
インバーター......
これから先のことを考えると、本当に必要だ。
インバーターを入手するということは、バッテリーも近々必要になる。バッテリーと言っても、たった一つだけ購入しても意味がないのだ。
家電を使えるだけの電圧を蓄える容量を充電できるバッテリーというと、3つは必要だと電気屋のSが言うので、その最低個数の3つは購入しなければいけない。
今のうちに手頃価格でインバーターを購入しておいて、次はバッテリーを買うために、かなりの節約が必要になりそうだった。
生活のためとはいえ実際、何が悲しくて趣味でもないのにインバーターやバッテリーのために貯金しなければいけないのだろう......
旦那は安くインバーターが買えると聞いて、とても浮かれている......
そしてすぐにSにお願いしてインバーターを購入してきてもらった。
その後すぐに旦那は、Sの指導のもとインバーターを取り付けた。
これで、ボートの中にあるすべてのコンセントが使える。
あともう少しでボート生活に必要な物がそろう。
無事にバッテリーまで入手できたら、少しは自分のために貯金できるようになるだろうかと思った。
その次にわたしたちが移動したのは、ロンドン東部の下町にあるビクトリアパーク。
広い敷地内にはアヒルやカモが泳いでいる池があったり、ピクニックやボール遊び、マラソンなどができる広いスペースがあり、夏はコンサートやフェスティバルで賑わう市民の公園だ。
敷地が広いからか、停滞場所も広い。それでもたどり着くと、ボートがびっしりと止まっていた。
カナルにいるボート生活者は一体どれだけいるのだろうと思ってしまうぐらいにボートが多い。
わたしたちはもうすでに停滞してあるボートの隣にわたしたちのボートを止めて、彼らのボートにロープを繋いだ。
場所がないときは、こうやって知らない人のボートにつなげて止めることになる。
そのボートの持ち主も出てきて、ボートをつなぐのを手伝ってくれた。
周りのボートに住む人たちも、みんなフレンドリーで感じがいい。
ロンドンの端っこまで来てしまえば、南の郊外に住んでいるWはもう来ないだろうとわたしが安心していると、旦那のケータイがなった。
偶然にもWからだった。
Aが前日、予定日よりも二週間ほど早く出産したという報告だった。
難産で、最終的には帝王切開だったが、母子ともに健康で二日後にボートに戻るのだと言う。
わたしは嬉しくて飛び上がったが、よく考えると、帝王切開して三日間しか入院できないってどういうこと?
イギリスでは、出産した当日に家に帰されるというのは聞いたことがあるが、帝王切開でも入院期間が短すぎないか?
しかも、お祝いにその足でコーンウォールに一ヶ月ほどホリデーに行くのだと言う。
コーンウォールって言ったら、イングランドの南西端、彼らの場所から車で6時間はかかる。
出産後は一ヶ月は運転できないって聞いたことがあるし、Wは車の免許なんてないはずだし、電車で行くのだろうか?
思考回路がまったく分からないし、考えたくもない......
ただ、産まれたばかりの赤ちゃんと、お腹を切ったばかりのAの体が心配だった。
わたしはAに電話しようかと迷ったが、まだ病院にいるのだから、しばらくしてから連絡することにしようと考えているところに、Aから電話がかかってきた。
A曰く、エンジニアのおじさんANが車で連れて行ってくれて、コーンウォールにいる叔父夫婦の家にお世話になりに行くのだと言う。
子供は早く産まれただけあってとても小さいく、Aはサポート無しでボートで育てるのが不安で、ホリデーも兼ねて赤ちゃんとWと一緒に行くのだと言う。
確かに、ボート生活という環境で小さい赤ちゃんと暮すのはたいへんだ。
十分な水も使えないし、体力も使う。
Wのことだから、Aや産まれたばかりの赤ちゃんなどお構い無しに、自分で勝手に浮かれてホリデーに行くことになったのだろうかと思っていたので、Aの話を聞いて安心した。
この間まで、酔っ払って騒ぎまくっていたWが父親になったのだ。
わたしと旦那は、子持ちが誰よりも似合わない男が人の親になったんだなあと、笑った。
きっと彼もこれからAと赤ちゃんのことを考えて、少しはまともになってくれるんだろうなあ。
と言うか、絶対にそうなって欲しいと思った。
ボート生活をしながら子育ては大変だろうけど、助け合ってステキな家庭を築いて欲しいと、わたしと旦那は心から願った。




