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マインド ザ ギャップ

わたしたちが停滞していた場所は、リトルヴェニスのすぐ横、正確に言えばパディントン駅の真裏。

と言うことは、駅で行われているほとんどの音が聞こえてくるのだ。


普段、エンジンや発電機でうるさいのに慣れてしまっていたので、電車の音などなんでもなかったが、アナウンス音がすごかった。


「マインド ザ ギャップ。マインド ザ ギャップ」


「電車とホームの隙間に気をつけて」という意味だが、これが早朝から夜中過ぎまで、3から5分ごとに流れ続けていた。

わたしと旦那が「マインド ザ ギャップ」と独り言を言ってしまうぐらい、頭の中にこびりついてしまった。


Wが帰って行った翌日、わたしたちのボートに静けさが戻ったので、「マインド ザ ギャップ」が更によく聞こえた。

気になるので、夕食を済ませたらその辺を散歩しに行こうかと、旦那と話していると、旅仲間のTがやって来た。

3日間呑んだくれたので、彼女のJがカンカンで、機嫌を取りたいので食事に連れて行ってあげたいが、彼女の機嫌が相当悪いので、怖いから皆で食事にいかないか、と誘いに来た。


いやいや、Tさんよ。

自分の不始末は自分で解決してくださいよ。

旦那は3日間好き勝手に呑んだくれて十分お金を使ってくれて、これ以上使われたら困るので、その相談には乗れないねえ。

と、わたしが言おうとしたら、旦那は即答。

「オッケー!」

おい、おい!

わたしが何か言おうとしたら、「マインド ザ ギャップを聞きすぎて頭がおかしくなりそうだから、外で食事しよう」と言った。


えー、どんな理由よ!


「よし、決まった!」

Tは嬉しそうにJを呼びに行ってしまったのだ。


ちょっとー! わたしの意見はどこに?


わたしと旦那は次の停滞場所で行きたいところがあったので、これ以上ムダにお金を使うのは避けた方が良かった。

でも、頭の中では「皆でレストランに行ったら楽しいよなあ」と言う自分もいて、結局はそっちの自分が勝ってしまった。

そしてTが連れて行ってくれたレストランが素敵だったので、誰よりもはしゃいでしまったのは、よりにも寄ってわたしだった......


今でもあるのだろうか。

パディントン駅の裏側から出てカナルを右にして歩いて行くとすぐに看板が見える。トルコレストランだ。

西洋人がお洒落なトルコレストランを作ったと言うような外装で、とても素敵なところだが、味はどうだろうと思ったが、意外にもとても美味しかった。

値段もリーズナブルで安心できた。


美味しい料理にお酒は欠かせないと、旦那はビールを頼んだ。

でも、TはJに気を使ってお酒は飲まなかった。


T、がんばっている。


そんなことなど、どうでもいいようにJはTの事を完全ムシ。

笑顔でわたしと旦那には話しかけるが、Tの顔は絶対に見ないのだ。


T、がんばって機嫌とってるんだけど、まるで存在していない人みたいに扱われている。

なんだかちょっとだけ居心地が悪いなあ、と思っていると、旦那が言った。

「あの二人が仲良くなって良かったなあ」


は!? どこが?

旦那、全然気付いてない!


4人で帰るときも、わたしと旦那とJが三人で並んで歩いている後ろで、Jの機嫌取りに失敗したTが、打ちのめされた様子で肩を落として歩いていた。


これでも旦那、全然気付いてない様子......


4人でボートにたどり着き、さあ、お互いのボートに入ろうとしたとき、うな垂れたままボートに乗り込もうとしたTが、足を踏み外して川に落ちた!


Tは体半分が川にはまっているのに、Jは完全に彼をムシしてわたしたちに「楽しかったわ。おやすみ」と言って中に入ってしまった。


そして同時に聞こえる「マインド ザ ギャップ。マインド ザ ギャップ」とホームから流れるアナウンス。


ダメだ、ちょっとおもしろすぎる。


わたしは笑いを堪えるのに必死だが、旦那は普通にTを陸に上げる手伝いに集中している。


マインド ザ ギャップが聞こえていないのだろうか?


Tはコントみたいに「オレの人生なんて」だの「最悪だ」だのとブツブツ言いながら、たっぷりと水を含んだスニーカーとジーンズを脱いでからボートに入って行った。


またバックグラウンドでは「マインド ザ ギャップ」が聞こえる。


旦那はボートに入ると、堪えきれずに大笑いした。


なんだ、旦那もガマンしてたんだ。


人の不幸をネタにするなんて、Tには本当に申し訳ないと思いつつも、その夜わたしと旦那はベットの中で「マインド ザ ギャップ」と聞こえてくるたびにクスクスと笑いながら眠りについた。


その日最高におもしろいネタを提供してくれたTにとっては、最高に最悪な夜だったに違いない。

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