ついにローンを組んだ
ネットや雑誌でいくつかボートを見ると、2万5千ポンド以下で買えそうな物がいくつかあったので、わたしたちは即刻ローンを組んだ。
7年払いで月々、家賃よりも安い金額の返済で済む。
もちろん家賃だと7年後には何も残らないが、これなら7年後には何か手元にあるのだ。
ローンが銀行口座に振り込まれた時、わたしたちは今まで見たこともない桁の金額が並んでいる銀行の明細書を目にして、なんだかすごいことをしてしまったと思った。
これはわたしたちのお金であって、わたしたちのお金ではないのだ。
恐ろしい。
早くボートを買わなければ、家賃とローンの二重払いだ。
とにかく必死で探した。
友人に頼んで車で遠くまでボートを見に行ったりした。
その頃、「ボート暮らしのすすめ」効果があったからかなんなのか、欲しいと思ったボートはすぐに売れた。
買いたいとリクエストを出し、わたしたちより高値で買える人たちに先を越され、何度も同じ事を繰り返して焦るわたしたち。
あと少し、わたしたちに余分なお金があったなら、たぶん事は簡単に済んだだろう......
それでも、ボートの仲介屋がマメに情報をくれたので、2つ程買えそうなボートが出て来た。
ローンを組んでから1ヶ月過ぎそうな頃だった。
ロンドンから電車で北方面へ約2時間。
わたしたちはイギリスの田舎のカナル沿いにあるマリーナに着いた。
あるある、たくさんのボートが。
ボートでの住居場所と売り出し中のボートがある場所とが二つに分かれていた。
仲介屋はその中にあった。
気の良さそうな兄ちゃんが2つのボートに案内してくれて、「気が済むまでゆっくり見てくれ」 と鍵まで渡してくれた。
初めのボートは外装が黒で、中古にしてはキレイだった。
値段はきっかり2万5千ポンド。
薪ストーブがあり収納が多かったが、トイレが簡易トイレだった。
簡易トイレは1週間程で捨てに行かなければいけないが、汲み取り式だと3週間はもつ。
しかも簡易トイレが必要だったら、買って置けばいいだけなので簡単だが、汲み取り式を取り付けるのには、また結構なお金がかかる。
2つ目に見たのが「ダイアモンド」と言う名前のボートだった。
ダイアモンドは、初めに見た黒いボートと大きさも内装もほとんど変わらないが、外装が旦那の好きな青で、製造から10年ほど経っていたが、新品に近い状態だった。
旦那は始めてダイアモンドを目にした時、「これだ!」と直感したらしく、すごく興奮していた。
あまりに興奮していたため、操縦用のポールに頭をぶつけて血が流れるほどのケガをした。
仲介屋の兄ちゃんが、驚いてオフィスに救急セットを取りに行くほどだった。
それでも旦那は血を流したまま嬉しそうにはしゃいでいた。
しかし、値段は予算よりも4千ポンドもオーバーしていたのだ。
仲介屋の兄ちゃんは黒い方のボートをすすめてくれた。
「ボートの底の鉄板の厚さが8ミリで、他のボートより厚いので強い」 のだと何度も主張する。
でも、旦那の心はダイアモンドから動かなかった。
薪ストーブこそ無かったが、トイレも汲み取り式だし、セントラルヒーターがあったので、ちょっと価値がある気がした。
確かに値段も黒い方より上だが......
妥協できないわたしたちはダイアモンドの売主と交渉して、3千ポンドまで値下げしてもらうことができた。
気前のいい売主に当たってラッキーだったとしか言えない。
でも、喜ぶのもつかの間、わたしはが借りたのは2万5千ポンド、ボートは2万6千ポンド。
オーバーしてる千ポンドをどう賄うかだ。
わたしたち、思考錯誤?の結果、お互いのカードをマイナスギリギリまで使い果たすことにした。
500ポンドづつのマイナスで、千ポンドになるのだ。
ボートさえ手にしたら、それからでも貯金は出来る。
だって、返済額は家賃より安いし、光熱費だって地方税だって払わなくてよくなるんだから、貯金なんて簡単。と、人生ポジティブに考えて、決めた。
それがこの後、すごーく恐ろしいことになるとは知らずに。
ボート購入の手続きの前に、わたしはふとしたことを思い出した。
ダイアモンドの電気器具のコンセントの差し込みが、普段家で使っているのと形が違う差し込みだったのだ。
わたしと旦那は見たことがない形だと話していたのだった。
わたしがそのことを仲介の兄ちゃんに言うと、いつもの気の良さそうな笑顔で「ああ、ダイアモンドは外国製なんだろう。だから、コンセントの差し込みが違うんだよ。そこだけ取り替えればいいだけだよ」と、余りにも普通に言うので、そんなもんなんだろうと、軽く考えていたわたしたち。
仲介屋の兄ちゃん、ボートの底の厚さにはうるさいくせに、実はボートの知識なんて全然ないんだと思う。
この国に来てよく出くわすことだが、そんなに知識も無いし勉強もしないのに、すごーく自信たっぷりに仕事をする人が多いので、つい信用して痛い目に会うことが多い。
そして、今回もそうだった。
このコンセントの差し込みも、のちにすごーく大変なことになってしまうのだった......