水門作業
一週間とは本当にあっという間だ。
もう同じ停滞場所には居れないので、わたしたちは違う場所に移動しなければいけない。
また今回も早朝の出発だった。
12の水門を通過するまでちょうどいい停滞場所がないので、全ての水門を通り抜けないといけない。
Tも旦那も、ボートを動かすときは目的地まで一気に行くような性格だ。
寄り道などほとんどしない。
それでも1日がかりの移動になりそうだった。
TとJのボートを先頭にして2隻のボートが行く。
すぐに最初の水門が見えてきた。
わたしはスニーカーにジャージのマラソン仕様で12の水門を開ける準備万端だ。
わたしとJは、ボートから降りて水門に向かう。
まず初めに、水位を調節するソルーサーをあらかじめ持参していた鉄のネジを使って回して開ける。
これがまたなかなか重くて、両手でよいしょ、よいしょと回さなければいけない。
ハンドル作動で大きな鉄の棒を持ち上げるのだから、女の細腕では結構キツイ。
と思いきや、Jはなんなく片手で普通に回してくれた。
そしてソルーサーが開き、水門の内側に水を貯める。
時間がかかるので、その間話をしたり、景色を見たりして待つ。
上流側の水と水門の内側の水が同じ高さになったら水門を開けることができる。
門はJと二人で体重を掛けながら両手で押しても重くて、少しずつしか開かない。
水門が開くと、待機していた2隻のボートが中に入る。
そしてわたしとJはまた重い門を閉め、ソルーサーを閉じる。
今度は下流側の水門のソルーサーを開けて内側の水を水門の外に出して、下流側と水位を合わせるのだ。
今度はわたしがソルーサーを上げることにしてハンドルを回す。
重い......
両手で力いっぱい回しても、なかなかソルーサーが上がりきらない。
Jがやった方のソルーサーは軽くて、こちら側が重いのか?
わたしがあまりにもチンタラしているように見えるのか、門が開くのを待っているTと旦那が「大丈夫か?」と声を掛けて来て、結局Jがハンドルを途中から回すことになった。
Jはまた片手で回す。それもかなり普通に......
えっと、何かコツでもあるんでしょうか?
わたしとJの腕の太さはほとんど変わらないのに、何が違うんだ?
ソルーサーが上がって下流側と水位が同じになると、わたしとJはまた二人で門を開ける。
ボートが水門から出ると、わたしとJはそれぞれのボートに飛び乗る。
一つ目の水門通過だ。
これで約10分の作業。
のんびりと景色でも見ながら、あと11の水門。
大変なのはソルーサーと水門を開けるだけだ。
そう考えると行けるだろうと思った。
大きなテムズ川とは違い、カナルは川沿いを歩いている人たちや橋がすぐ近くに感じる。
景色がカナルの流れのように静かに変わっていく。
なんだか自分が穏やかな人になっていくような気がした。
もう覚悟していたからか、ソルーサを上げる作業をJが全て受け持ってくれたからか、無理なく水門を通過して行く。
4つ目の水門を難なく通過して、わたしはジャージ姿で意気込んでしまった自分に笑った。
水門を開けるなんてそんなにキツイ作業でもない。
時間はかかるが、このままのんびりとやっていけば、あと8つの水門なんて簡単に通り抜けてしまえる。
余裕で5つ目の水門にたどり着いたとき、わたしは目を疑った。
「 何これー!? 」
わたしも旦那も思わず叫んでいた。
想像もつかなかった景色がそこにあったのだ。
わたしと旦那は5つ目の水門の前で、口を開けたまま少しの間固まってしまった。
旦那はすごいなあと言う気持ちで。
わたしは本当に、「 マジですかー!? 」と絶句して。
5つ目の水門のすぐ後にまた水門が見え、その後ろにまた水門、そしてまたかすかに水門が見えるのだ。
一体いくつの水門が続いているのかと聞くと、6つだと言う。
そして、少し離れて7つ目があるのだと言う。
水門の前でのんきに休んでいられないので、一気に6つ通過しなければいけない。
ということは、水門には門が二つづつあるので、12の門を立て続けに開け閉めすることになる。
ゆっくり景色を見ながら、休み休み水門を通過するなどと言ってられない。
水門を通過したら、すぐに次の水門に歩いて言って、ソルーサーを開け、門を開け閉めするのだ。
と言うことは、Jは重いソルーサーを12回も上げなければいけないのか。
いくらなんでも彼女一人にやらせておくわけにはいかないので、わたしは半分のソルーサーをやると決意した。
5つ目の水門に歩み寄り、やるぞー!とわたしは意気込んだ。
一気にやると、そのうちなれてきてすぐに終わるだろう!
旦那とTはボートを操作する係なので、「こんなに水門を作った人たちはすごい!」だの、「興奮する景色だ!」だの、観光者みたいになっていて呑気だ。
水門の大きさも小さいので、すぐに水がたまって休むヒマがないようなものだ。
6つ目の水門から、すでに門が重く感じる。
8つ目あたりでわたしは疲れてきた。
この辺でソルーサーを上げるのをJと変わってあげようと思っていたが、門を押すだけで精一杯で、なんだか力が入らなくなってきた。
お尻で押したりしてみたが、やはり両手で体重を掛けて押すのが一番だった。
わたしは暑くなってきて上着を脱ぎ、半袖に。
Jはノースリーブになっていた。
旦那とTは薄手のジャンパーを着ている。
わたしたち女二人がたくましく感じる。
それでも、途中で力がはいらず、ちょっと怠けて水門のバーを押すと、なんだか水門は普通に開いていく......
これって、Jが一人で開けているようなもんだよ。
すごい......
さすがに何度かここを通過したらツワモノだ。
かと言って、Jにすべて任せてしまうわけにはいかない。
9つ目の水門でわたしがソルーサーを上げると言った。
両手でハンドルをつかんで一気に回す。
最初に回したときよりは、少しマシだった。
でもやはり、10個目の水門で、わたしは疲れ切っていた。
Jも少し動きがスローになっている。
この水門を越えたら、次の水門まで少しあるので、移動の間ボートに乗って休める。
もう少し。と思ったところで、見兼ねた旦那がボートから下りて言った。
「ここはオレが門を開け閉めするから、二人とも大丈夫だ」
そしてわたしに「ボートの舵をとって、水門に入ってくれ」と言って行ってしまった。
えー! ボートの操作するの?
そっちの方が大変だよ......
ボートにはブレーキがない。
ギアと速度で調節して止めるのだ。
しかも、右に行きたければ舵は左にとり、左に行きたければ右に、ややこしい。
すごい任務を任されたわたしは、緊張して門が開くのを待った。
門が開くとTが先にボートを入れて、わたしがエンジンを掛けた途端、旦那が飛び乗ってきた。
そしてボートを水門の中に入れると、ボートのロープをわたしに渡して、さっと門を閉めに行った。
軽々とソルーサーを上げ、出口の門も簡単に開けた。
そしてまたボートに飛び乗り、舵をとった。
なあんだ。旦那。
ひとりで何でもできるじゃん。
わたしがそう言おうとしたら、旦那が言った。
「そんなに大げさに疲れた顔しなくても、これぐらい簡単じゃないか」
はあ?
連続してある水門の最後の辺りでいきなり出てきて、何を言う!
立て続けにやってみいっ!
Tも、「一人でここを通過する人はいっぱいいるんだ。水門を開けるより、この狭い場所でボートを操作する方が大変だよ」と言って笑った。
二人共、何? なんですか?
素直に「良くやったね」とか言えない性格ですか?
Jが呆れた顔をしてわたしに言った。
「残り二つの水門は、全部、彼らがやるみたいね。良かったわ」
と言うことで、いきなり水門開けの仕事は終了した。
わたしとJは、後は男二人に任せてボートに座り、目的地までのんびりと景色でも見ながら楽しむことにした。
体をたくさん動かした後だったからか、春の風がとても気持ちよく感じた。
目的地までまだあるが、後はもう呑気にボートに乗っていればいいのだ。
と、思っていると、「わたしたちの運命なのか?」と言いたくなるように、また問題が発生した......
わたしたち、その日のうちに目的地まで到達するんでしょうか......




