その頃テムズ川では
新しい場所に移動して三日目ぐらいにSが訪ねて来た。
ドラマチックにテムズ川を旅立ったが、まだボート仲間のコミュニティから車で20分ほどの場所なので、簡単に行き来できる。
わたしはといえば、ロンドン圏内に入ったが駅が遠いため、通勤時間は10分ほど長くなったのだ。
と、話は逸れたが、Sは旦那に会いにやって来たのだ。
旦那もSを見ると、分かりやすいぐらい感動的な顔をして歓迎した。
Sが「お前がいなくなって、なんだか急につまらなくなってしまって、本当にさみしい」と言うと、旦那も「オレもだ......」と言っている。
ちょっ、ちょっと、そこにわたしが入る隙間はあるのか......?
この短い間に、Sの奥さんは子供を連れて家出なるボート出をして離婚訴訟を起こし、ボート仲間たちは天気が良くなったのをいいことに、騒ぎまくっているのだと言う。
実は、わたしはその前日の夜にAから電話があって、その全ての話を聞いていた。
AがWの文句も含め、話を大きくして言っているのかと思ったりもしたが、本当にボート仲間たちは更にパワーアップしたようだった。
なんだか、すごくいいタイミングでテムズ川を出たなあ、とわたしは思った。
今いるここは、なんて平和なんだろう。
よく考えてみると、これが普通なのだ。
今までよくやってこれたもんだ。
周りが静かなので、旦那のビールの本数も減った。
余計なバーベキューパーティーやなんやでお金を使わなくてもいい。
これからロンドンの中心部に入ると、通勤も短くなるので交通費も安くなっていく。
これだ!
これこそが、わたしがしたかったボート生活!
わたしはテムズ川にいる仲間たちの様子をその夜、カナル旅仲間のJに報告した。
Jもわたしと一緒で、彼氏のTのお酒の量が減ったのを喜んでいた。
「カナルに出て来て本当に良かった。テムズ川と違ってボートも安全だし、移動も楽だし」
わたしが言うと、Jがニヤッと笑って「来週の移動はキツイわよ」と言った。
なになに? 何があるって言うの?
わたしが問いただすと、Jは「12個ある水門を1日で通るのよ」と、脅かすように言った。
ひー!
一つでも面倒で時間のかかる水門を、12も通るの!?
わたしは驚いて旦那に言った。
旦那はいつものようにのんきに「大丈夫だろう」と言った。
いや、いや、大丈夫って、ボートを運転するのはあんただけど、水門を手動で開け閉めするのはわたしだよ......
わたしは真剣にテムズ川に引き返そうと説得してみたが、笑って流されてしまった。
わたしたちは無事に12の水門を開け閉めして、目的地までたどり着くのだろうか......
安心したり心配したりと、なんだか微妙な1日だった。
テムズ川から離れて平和になったと思ったのもつかの間、またまた疲れそうなことが起きそうでわたしは心配になった。