カナルでの初めての夜
テムズ川最後の大きい水門を抜けると、そこからカナルになる。
そこはわたしが始めてテムズ川に出たときのスタート地点だ。
カナルでの生活もここから始まる。
水門から出ると、専用の停滞場所がすぐに現れた。
わたしたちはまずこの場所で停滞期限いっぱいの一週間を過ごすことにした。
しょっぱなから興奮することばかりだった。
停滞場所の目の前には共同のシャワーとトイレがあり、ボートのトイレの汲み取り、水の補給ができて、コインランドリーまであった。
カナル沿いにはレストランがいくつかあり、近くには商店街、バス停、ガーデンセンターもあった。
TとJはカナルとテムズ川を何度か行き来しているので、ボートでまったりとしていたが、わたしと旦那は大浮かれでボートを飛び出し、新しい街を散策して回った。
過ごしやすくて、いつまでも停滞していたい場所だった。
必要なものが全て目の前にそろっていて、夢のような場所だ。
短期の停滞場所の向かいには、買うか借りるかしてボートを置ける場所があった。
そこには、たくさんのボートがあった。
こんなところに住めるとはラッキーなボート住居者たちだ。
わたしと旦那はカナル沿いにあるレストランの前で足を止め、カナル始めての夜をレストランで過ごすかと話したが、毎日予算ギリギリの暮らしをしているので、結局自炊することにした。
共同のシャワー室でわたしも旦那も、久しぶりにおもいっきりシャワーを浴びた。
わたしはドライヤーで髪を乾かすことができたので、すごく嬉しくて、時間をかけてブローしてしまった。
コンクリートむき出しの、誰が使ったかわからないようなシャワー室。
ボート暮らしをしていなかったら使うことなどほとんどないだろう、と言うか、あまり使う気にはなれないと思うが......
それなのに、その時はわたしたちにとって、そこが天国のようだった。
さっぱりした後、二人で夕食を作り、ボートの屋根に座って食べた。
こうやって夕食を食べると、カナル沿いのレストランで食事するのとあまり変わらないような気がする。
4月下旬、まだ少し寒いが日は長くなってきて、夕食どきでもまだ薄明るい。
カナルはテムズ川に比べて本当に狭くて、向こうがわのボートがすぐ近くにある。
まだ薪ストーブを使っているボートがいくつかあって、煙突から煙が出ている。
窓から人影がぼんやりと見えて、そこにも色んな暮らしがあった。
カナルはほとんど流れがなく、穏やかで安心できる。
カナルの水はテムズ川に繋がっているので同じ水なのだが、環境が変わると性質まで変わるのかと思うと、水も生きているみたいだ。
少しして、TとJも夕食を持ってボートから出て来て、わたしたちのボートの前にあるベンチに座った。
四人だけの静かな夜だった。
一年以上、賑やかな環境で暮らしてきたので、四人共あまりの静けさになぜか笑ってしまった。
わたしたち四人は、翌日から一週間ここから仕事に行くのだ。変な感じだ。
毎週住む街が変わるなんて、なんだか面白いし、ワクワクする。
わたしと旦那は修学旅行に来た小学生のように浮かれた。
不思議なことに景色が変わると、同じ内装のはずのボートの中まで変わったような気分になる。
夜も更けてから、旦那と二人でカナル沿いを歩いた。
マンションも目の前にあり、ボートもたくさんあり、レストランもあるのにやけに静かな場所だった。
その中で、家を抜け出した子供の気分で、旦那と一緒にどうでもいい話をして笑った。
わたしたちのカナルの旅一日目は、平和なスタートだった。