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ボート暮らしのすすめ

毎日毎日、呪文のように同じことを繰り返し聞かされていたら人間は一体どうなるのか?


わたしは実験材料か!

と突っ込みたくなるほど旦那は毎日ボートに住んだらこれがいいだのこんな得があるだのと、ボート暮らしの主張をし続けた。

うるさいやウザったいを通り越して、聞くのが日課のラジオみたいになってきた。


などと、思っているある日、旦那が持ってきた雑誌に「ボート暮らしのすすめ」なるものが載っていた。

読んでみると、いかにもと頷きたくなるような内容だった。

ボートに住むと地方税を払わなくてもいい。

家を買うより安いコストで買える。

いつでも移動できるので近所付き合いを気にしなくてもいい。

光熱費が安い。

そして何よりも自由だ。


実際、わたしと旦那は将来的に何も残らない生活に疑問を持ち始めていたのは確かだった。

家賃を払い続けるということは、大家の家のローンを払っているということだ。かと言って家を買うとしても、わたしたちの収入では銀行さんも簡単にはお金を貸してくれないだろう。


もしも子供ができたとしても、その子供に残してあげれるものなど何もないのだ。

貯金と言っても、毎月何となく暮らしていたら、特に貯金できるお金が残らないまま過ぎてゆく。

どんなに共働きで頑張っても、労働階級のわたしたちにはロンドンの家賃や地方税は高すぎた。

もちろん物価も高いし、交通費もバカ高い。

贅沢などまったくしていないし、かと言ってギリギリに切り詰めて生活しているわけではないけれど、普通に暮らしていて貯金にまでは家計が回らないのだ。


今まで見て見ぬふりをしていたけど、良く考えたら今の暮らしも安定しているとは言え、先がないのだ。


わたしは「ボート暮らしのすすめ」を読み終わってからしばらくの間、何がいいことなのか正しいことなのか分からなくなって、ぼうっとするようになった。

旦那はそんなことも知らず、やはり毎日「ボート暮らしをしたい!」と言い続けていた。


そんなある日、わたしたちはWに誘われて彼のボート仲間たちとバーベキューパーティーをしに行くことになった。


わたしも旦那がどこを見て、何に感化されてボートに住みたいと騒ぐようになったのか知りたかったので、喜んで行くことにした。

まあ、バーベキューパーティーなどと名目は硬派だが、ただの酔っ払いたちのお祭り騒ぎだ。

好きな音楽をかなりの高音でながし、通り過ぎる人たちにちょっかいを出していたかと思うと、川に飛び込んで泳いだりしている。


わたしはバカバカしいと思いながらも、それなりに寛いで彼らを見ていた。


Wは旦那の他にもわたしがいたので、妙にノリノリだった。

彼は老若男女、既婚未婚構わず、女というだけで張り切ってしまう。

わたしに向かって大声で、ワイルドさをかもし出しながら言った。


「このテムズはオレたちの物だ。この河原も緑も全部オレたちの庭だ。何にも縛られない自由な空間はオレたちにしかない。お前たちも早くボートの世界に来い!」


わたしは力が抜けた。


子供の頃から人に迷惑をかけないように、周りに恥ずかしくないように行動しろと言われて、わたしは生きて来たのだ。

それなのに彼らはめちゃくちゃ周りに迷惑をかけて、かなり恥ずかしい行動ばかりしている。

それでもなぜか楽しそうに近づいて来る人たちもいて、人は気にせず楽しく生きるだけいいんじゃないかと錯覚すらしてしまう。


いつの間にかパーティーは大人数になっていた。


旦那はまるで子供のようにはしゃいでいた。

本当に楽しそうだった。


悲しいかな、人には母性本能というものがある。わたしにもあるようだった。


旦那がこんなに楽しそうなら、ずっと楽しい生活を送らせてあげたいと思った。


結婚して2年以上、わたしたちには子供ができなかった。

これからもできる兆しはなかった。

何に縛られる理由があるだろうか。


結局わたしはその翌日、今までのわたしはなんだったんだ?

と疑問に思うほど、いとも簡単にボートを買いたいと言う旦那の意見に承知したのだった......



 

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