表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/96

ボートコミュニティ参入

ボートコミュニティの近くに移動してから間もなく、ダイアモンドとWのボートに「警告」と大きく書かれた紙が貼られた。


わたしたちが停滞している船着場は、24時間までは無料でボートを止めらるが、それ以降は一日5ポンド払わなければいけないので、すぐに払わないと罰金をとるか、ボートを強制的に撤去するというものだった。


わたしたちは、朝にその張り紙を見たが、旦那は仕事に行かなければいけなかったので、そのまま放置して出かけた。

わたしは休日だったが、どうしていいか分からないし、心配なのでどこにも行くこともできず、仕方なく一日掃除でもして過ごすことにした。


昼過ぎ頃、Wのボートにエンジンがかかったかと思うと、Wの叫び声が聞こえた。

「ちょっとボートを前に動かせ!どけどけー!」

わたしが外に出てみると、Wは自分のボートを無理やり誰かのボートの後ろに押し込むようにして止めようとしていた。


わたしたちが止めていた船着場は、水門係が管理していて、場所代を請求していた。

船着場はコンクリートで整備されていて、途中から小さい土手のように、土と草に変わる。

水門係の管轄は、コンクリートのところまでで、そこから先はプライベートの土地になるのだ。


このプライベートの土地は、持ち主が誰にも譲らずそのまま他界したため、地方自治体も規制を作れず、かなり広い範囲でそこだけ法律が確定していなかった。

そのため、ボートを24時間以上止めたら罰金、という法律が成り立っていなかった。

なので、ボート仲間たちは、そこにボートを止めたままにして、そのうちコミュニティができてしまったのだ。


コミュニティの小さな隙間に、Wは無理やりボートを押し込んで、停滞料を払わなくてもいい場所ギリギリに居座ることに決めたらしい。


そしたら、わたしたちはどうなる?


わたしはかなり不安になった。

毎日5ポンド払わなければいけなくなるのか、と恐ろしくなった。


そして、旦那が戻ったら、Wの自分勝手な行動に腹をたてるだろうと思うと、面倒な気持ちになった。


夕方前、旦那は急いで帰ってきた。

そしてダイアモンドだけが船着場に残っていて、Wがいかにも自分のことしか考えてません、と言うようにボートを移動させたのを見て、予想通り激怒した。


Wが「よう!ブラザー、調子はどうだ?」と旦那に話しかけて来ると、旦那は挨拶を無視して「これから、水門まで行って停滞料を払って来る。」と言った。

Wは「そんなものは金のムダなので払うな」と言うと、旦那は「オレはルールに従うだけだ。しかも、自分の身しか考えられないお前とは違う」と言った。


Wは、なんのことを言われているのか分かったらしく、「オレがどこにオレのボートを移動しようが、オレの勝手だ。お前も好きにやっていいんだ」と返した。


この二人はいつもだ。

殴り合いのケンカにまではならないが、ネチネチとイヤミっぽいケンカをする。


わたしはもう慣れても良さそうなのに、いつもハラハラしながらそれを見ている。

ボート仲間たちも黙って見ている。


旦那は「もちろんだ。オレはオレのやり方でやる。停滞料を今日の分まで払って、明日ボートを移動する」と言って、停滞料を払いに行ってしまった。


なんだか面倒なことになっているようだが、わたしは旦那と二人だけでどこかに移動してもいいと思っていた。

そんな日がいつか来るのだから、それでいいではないか。


その後、旦那は仲間とツルまず、ボートの中で夜を過ごした。

そしてわたしにとても彼らしい提案をしてきた。


「カナルに移動しよう」


旦那が何の前置きもなく言った。


Wが少し離れたので、わたしたちはWの発電機が使えず、わたしは本を読んでいた。

日本語の本だったので、旦那が言った短い言葉を聞き違えたかと思い、もう一度聞くと、「カナルに移動することにする」と言った。


わたしたちは、ロンドンの中心部から電車で30分離れたサリー州にいて、職場は二人ともロンドンだった。

バスを乗り継いで近くの駅に行っても、通勤に1時間以上かかっていた。


なので、わたしは大賛成した。


元々、わたしたちは色んなところに移動しながらボート生活を送ろう、と話していた。

ロンドンのカナルは、北から南まで繋がっていて、どこに止めても便利なところばかりだ。

しかも24時間でボートを移動しなくてもいい。

一週間が相場だが、場所によっては二週間停滞できるところもある。

マーケットの前だったり、大きな公園の前だったり、中心部の近くだったり駅の横だったり、考えただけで楽しくなる。

どこの場所もロンドン中心部は家賃が高い。

そんなところに、家賃など関係なく滞在することができるのだ。


すばらしい!


「いつまでもWや仲間たちに頼ってばかりで、毎日飲んで騒いで。こうやってボートライフをムダにするのはイヤなんだ」

旦那が言った。


そう、その通り!

今できることをしないとね。

旦那、やっと気づいてくれたか。


いつかはこんなことを言い出すだろうと思っていた。


わたしと旦那はどこか似ていて、いつも周りに仲間が集まるが、だんだん仲間とつるむのが窮屈になって、どこかに移動したくなる。

わたしたちこそ真の自己中なのかもしれない。


今回は少し早かったなあ、と思いながらも、わたしは新しい場所を夢見て、久々に浮かれた。


カナルに移動したら、ボート仲間たちはもう周りにいないが、その分面倒なことで心配しなくてすむ。


旦那も自分の提案に満足そうだ。


何かが吹っ切れたような夜だった。


なんだか自由になったような気分のわたしと旦那は、明日はどこに移動するか、いつテムズ川を出るかなどを話し合いながら眠りについた。


外は珍しく静かだった。

時々仲間たちの話声は聞こえるが、騒いで遊んでいる様子はなかった。

Wも何か考えているのだろうか。


Wが、自分だけ停滞料のない領域にボートを動かしたのがきっかけで、Wと旦那がイヤミなやりとりをして、旦那はその夜にカナルに移動すると決めた翌日の朝、わたしと旦那は仕事に行く準備をしていた。


まだ朝の6時過ぎだった。


ボート仲間たちはまだ寝ているはずなのに、誰かがボートをノックしているではないか。


「グットモーニング!ブラザー!」


Wの声だ。


こんな早朝からなんの用だろう。

しかも、呼び方が妙に丁寧だ。

怖い......


旦那が対応すると、Wは「外に出てみろ!」と言う。

旦那は半分イヤそうに外に出ると、Wが言った。

「昨日、みんなでボートを詰めあって、お前のボートの場所を確保したんだ。見ろ、あそこだ!」


わたしも外に出てWの指差す方を見た。

本当だ。

ボートが2隻、3隻と横にならんで、いかにも、がんばって詰めました! というようにボートが連なってる途中に、ポツンと隙間があった。

あれならダイアモンドが入り込むことができる。


前の晩、外がなんだか静かだと思ったら、みんなで地道にボートの場所を詰めあっていたのか。


その努力は認めるが、Wよ、残念ながらわたしたちは、今日から違う場所に移動して、もう少しでカナルに出るんだよ。

ごめんよ。


と、わたしが思っていると、旦那はさっさとダイアモンドにエンジンをかけて移動しようとしていた。


ちょ、ちょっと待ったあ!


わたし、焦る。


「カナルに行く話はどうなったの?」

わたしが言うと、旦那は「もちろんカナルには行くよ。そうしないと、絶対に後悔するからな。でも、今は、Wの好意をムダにできないだろう」


は?

本当に今だけ?

その今ってどれぐらい長いの、ねえ?


5分も立たないうちにダイアモンドは、コミュニティの隙間に収まっていた。


「よし!今日はパーティーだ!今日は仕事を早めに切り上げて戻ってこい!」

Wが大声で言い、「ブラザー!オレたちはいつも一緒だ!」と、旦那とWは肩を抱き合っている。


朝っぱらから、何これ?


って言うか、わたしは何のために前の晩、あんなに浮かれてカナルでの生活を夢に見たんだろう。

これじゃあ、Wだけでなく、わたしは旦那にも振り回されっぱなしではないか。

いい加減にして欲しい。


一言何か言ってやろう、というところで、Sが彼のボートから出て来た。

彼の出勤時間も早い。

Sは、わたしたちが来たことが嬉しいようだった。

わたしと旦那に、「いつでも困ったことがあったら、自分はここにいる」と言ってくれた。


WのボートからAも出て来て、わたしが近くにいるのはとても安心すると言った。


わたしは言いたかった文句も忘れてしまい、なんだか今度は「ありがとう」とみんなに礼を言っている。


状況一気に変わりすぎ。。。


とにかく、こうしてわたしたちは、いいのか悪いのか、ボートコミュニティーに完全に仲間入りした。


彼らは楽しいからここにいるのか、それとも不安だからこうして仲間たちといつも一緒なのか?

たぶん彼らにも分からないのだろうけど、幸せそうに生きている。


旦那はボートに住み始めてから毎日子供のように楽しそうだ。

わたしも、仲間たちがいるから安心してボート生活を送っている。


人生にこんな時間があってもいいだろう...... だぶん。


カナルに行きたいという想いは諦めないが、もう少し彼らに付き合ってもいいかと思いながら、わたしは仕事に向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ