ボートは何処へ?
2008年の1月はそこそこ寒かった。
クリスマスと年末年始をなんとか乗り越えたわたしたちは、また貯金のない( 旦那はマイナスのまま ) 生活から新しい年を始めた。
まだ薪ストーブがなかったので、ガスでお湯を沸かして、熱い湯で部屋を暖めるというセントラルヒーターを使っていた。
ガス代が結構かかるので、寝る前の1、2時間だけヒーターをつけて、厚着をして布団に入った。
休日は朝から散歩に出たりして、体を温めて過ごした。
1月下旬までそんなふうに過ごして、2月に入ると少しだけ寒さが増した。
ラッキーなことに例年よりはそんなに寒くなかったのだが、それでも真冬の2月、川はアイスみたいに冷たい。
そしてボートはその上に浮いているのだ。
寒くて時々目が覚める夜もあった。
正月気分もなくなった頃、ボート仲間たちのボートは皆、コミュニティのあるところに戻って行った。
わたしたちと、WとANのボートはまだテレタビーランドに止めたままだった。
寒くなって、ボート仲間たちもほとんど現れなくなった。
わたしたちは寒いので、唯一薪ストーブを持っているWのボートによく居座ってDVDを見たり、ゲームをしたりして夜を過ごした。
ANもいつも角にひっそりといた。
わたしはそんな静かで、平和な毎日がなかなか好きだった。
寒くて、雨ばかりの冬だけど、こんな感じがもう少し続いてもいいと思っていた。
そんな平穏なある日、わたしが仕事から戻ると、ダイアモンドもWのボートも消えていた。
ALのボートだけが残っていたので、わたしは彼のボートをノックしたが、彼は中にはいない。
毎日、仕事帰りにわたしは旦那に電話を入れる。
その日は何度ならしてもすぐに留守電にきりかわるので、何か変だとは思っていたが、まさか、ボートごといなくなっているとは!
自分の家がどこに行ったか分からないなんて、ありえない!
わたしは、今度はAに電話をした。
Aはまだ仕事中で、何も知らなかったらしく、「どうりで電話しても繋がらないと思ったわ!本当に自己中なんだから!」と怒っていた。
彼女は車で戻って来るので、一度わたしを迎えに来ると言っていたが、1時間ぐらいかかると聞いて、いったん断った。
そしてW、ALと続けて電話をかけた。全ての電話が留守電に切り替わる。
なんのために皆、ケータイの電源を切らなければならない。それとも、皆充電切れか?
まさか!
事故にでもあってボートごとみんな沈んでしまったのだろうか!
わたしは心配になって、今度はSにも電話をしてみた。
また留守電......
2月の寒空の中、わたしはテムズ川の前で、まるで思いつめた女のように立ちすくんでいた。
どうしたらいいんだろう......
しばらくすると、電話がなった。
旦那からだった。
「夕方、ボートをハムに移動したんだ。Sたちのボートがあるところだ。電波がひどく悪いところで、今まで誰の電話も繋がらなかったんだ」
わたしは旦那の言うことを聞いて安心したと同時に、怒りがこみ上げてきた。
「ハムってどこよ!」
旦那が言うには、反対岸に渡れば10分で行けるが、そうでなければ橋まで歩いて大回りして、30分はかかるという。
真冬の寒い中、仕事で疲れているのに30分歩いて、その後ボートがある場所を探すなんて......
わたしは少し途方にくれてしまった。あの寒いボートでもいいから、早く帰って布団にもぐり込みたかった。
結局旦那が、Wの小型ボートで迎えに来てくれた。
わたしは旦那に「なぜ連絡もよこさないで勝手に動いたのか」と聞くと、旦那は 「Wが突然決めて皆で移動することになったので、連絡できなかったのだ」 と言う。
旦那よ......
いつまでWの言いなりでやっていくのだ......
10分ほどでコミュニティのある場所に着き、ダイアモンドとWのボートは少し離れた船着場に止めてあった。
わたしがケータイを見ると、本当だ。本当に電波が悪い。
ボートがあるすぐ先には、隣町に続く水門があった。
周りは遊歩道と森林だ。
少し歩くと民家があるが、確かに電波が悪そうなところだった。
おまけにテレビの映りも悪かった。
その代わり、ゴミ捨て場が10分先にあった。
これで、毎日公共のゴミ箱を探して少しずつゴミを捨てなくてもよくなる。
歩いて15分ちょっとのところに、コインランドリーや、ちょっとした店などもあり、バス停もその通りにあった。
そんなに悪くはない場所だ。
勝手に家を移動されて、わたしは憤慨していたが、悪いことばかりではないだろうと落ち着いた頃、Aが仕事から帰ってきた。
わたしが映りの悪いテレビを見てくつろいでいると、Aはいきなりボートにやって来た。
旦那はWや仲間たちと久々に外で騒いでいた。
Aはボートに入って来るなり、苛立った様子でわたしに言った。
「いつも、彼の行きたいところばかりに勝手に移動されて、わたしの意見は絶対に聞き入れてもらえないのよ!」
確かに。
それは言えている。
「あの人はなんでここに来たか分かる?みんないるからよ!また毎晩酒飲んでパーティする気なのよ!」
ああ、そういうことか......
Aの言うことに、わたしは納得した。
確かに今まで平和すぎた。
Wには、馬鹿騒ぎする仲間が必要なのだ。
またあのうるさい日々が始まるのか......
Aはまた言った。
「わたしは昨日までの、静かで平和な夜が好きなのよ。Wも飲み過ぎないし、余計なお金も使わないし。せめて冬が終わるまで落ち着いていられないのかと思うわ」
そうです。その通り!
わたしも同じ思いです。
わたしたち女二人は、肩を落とした。
なんだか男って、と思わずにはいられない夜だった。
でも、毎日飽きもせずに仲間たちと騒いでいないと気が済まないWって、本当は誰よりも寂しがり屋なのではなのだろうか......
いつもワイルドに胸を張って生きているWにも、弱いところがあるのかもなぁ......
と、なんとなく考えてしまった。




