貢物
クリスマスも直前に迫っていた。
がんばって働いた甲斐があって、わたしも旦那も、少しだけだがボーナスが入った。
旦那の家族へのクリスマスプレゼントは、毎年2人でお金を合わせて買う。わたしは、義姉と義母と電話で打ち合わせして、子供たち ( 旦那の甥や姪 ) へのプレゼントをどうするか決め、大体の出費額を計算した。
そして、電車のチケットなども確保した。
ボートを購入するときに、わたしたちの口座はマイナスになってしまった。限度額ギリギリまでマイナスにしてしまったので、プラスに戻すまで、わたしはかなり節約していた。
ボーナスが入っても、このまま正月が来ると思うと、またマイナスに後戻りするのではないかと不安になった。
いったい旦那の銀行口座はどうなっているのかと旦那に聞くと、「大丈夫だ」と言うので、わたしはそれをそのまま信用した。
それなのに......
わたしは旦那の口座引き落としの領収書を見つけてしまった。
キッチンに誰でも見えるように置きっ放しにしてあったのだ。
あれ? あれれ??
マイナス限度額超えてるではないか!
ボーナスもらったばっかりで?
ねえ、正月と、次の給料までのあと一ヶ月分の生活、どうするの?
しかも、マイナス限度額超えたら、30ポンドほどの罰金みたいなものが引かれるはずだ。
わたしはすぐ外で仲間たちと連んでいる旦那に、わざわざ電話をして中に入るように言った。
旦那はビール片手に、無邪気にやって来た。
旦那の口座の領収書を持って立っているわたしを見て、旦那は逃げようとしたので、わたしはついにキレた。
今日この日まで、わたしはたった一人で、切りつめてがんばってきたというのか!?
コインランドリーも高いので、職場に下着を持って行ってこっそりトイレで洗ったり、電車は高いので、時間をかけてバスを利用したり、お昼もサンドイッチを作っても高くつくので、牛乳のかかっていないシリアルを毎日少しずつ食べていたのだ。
旦那はキッチンで仕事をしているので、朝食もランチも飲み物も自動的についていた。
わたしがお昼代をケチっていることに呆れたようで、いかにも旦那らしいことを言った。
「なんのためにガマンするんだ。自分で働いたお金でランチぐらい好きなものを食べたらいいだろう」
って言うか、え?
それを言うか??
もともと金銭感覚が違うので、わたしたちの話はいつも噛み合わない。
わたしはムリしても節約して必要なものに当てる。
旦那は日々ガマンするんだったら、必要なものは特に重要ではない。
今なんとかなっているんだからそれでいい。
わたしたちの意見は正反対のまま、言い争いはエスカレートしてきた。
「仕事帰りにレストランの前を通ったら、みんな美味しそうに肉や魚を食べてたの!あたしは夜も茹でたパスタだけとか、野菜もろくに食べて生きてないのよ!」
「毎日バーベキューしてるじゃないか。」
「わたしが帰ってきた頃には何もないか、黒焦げの肉しかないじゃない!」
「何で職場で下着なんか洗うんだ?下着なんて安いの買えばいいだろう。」
「もうすでにゴムも伸びきった安いの着てるのよ!下着買うお金すらないの!ああ!肉食べたい!」
いったい何のケンカなんだか......
わたしたちは結婚前から、ケンカしたまま寝て次の日まで引きずることはなかった。
納得いかなくても、仲直りしてから眠りにつく。
特に約束はしてないが、いつの間にかそうなっていた。
わたしは、道楽にお金を使うヒマがあったらセーブしてくれ、と言えば済むことを、ややこしく色んな文句を言って、勝手にスッキリして解決した。
旦那はわたしに、「あまりセコく生きるな!」と言い聞かせて、勝手に解決した。
そんなわけで、似たようなケンカがまた起こると思われた。
このケンカの翌日、奇妙なことが起こった。
その日の朝、旦那は仕事だったので、眠そうな顔で重い体を使命感だけで動かして、やっと出かけて行った。
わたしは運良く休日だったので、旦那を見送ってからまたベットに戻った。
睡眠だけがその時のわたしにとって最高の贅沢だった。
ボートをノックする音で目が覚めた。
だいぶ長いこと眠っていたと思う。
わたしがパジャマのままボートの戸を開けると、Wの彼女のAが立っていた。
わたしに何か入っている紙袋を渡して言った。
「さっき買い物に行ったんだけど、これ、全部サイズ間違えて買ってしまったのよ。そんなに高くないし、また街まで歩いて行って返品するのもなんだから、もらってくれない?」
紙袋の中を覗くと、セットになったパンツと靴下数足、キャミソールが2枚入っていた。
えー!?
これ全部、どうやったらザイズ間違えるの??
Aは、わたしが何か言う前に続けた。
「美味しいワインを買ってあるから、後で皆でバーベキューするときに飲みましょう。楽しみー」
と言って行ってしまった。
わたしが、どうしたことだろうかと考える前に、また誰かがボートをノックしてきた。
今度はWだった。
「今日は肉屋のダチがいい肉を大量に持って来るから、夕方からバーベキューだぞ。どこにも行くなよ」と言って行ってしまった。
わたしは、バーベキューね、ハイハイと思いながら、さっきAからもらった紙袋から靴下などを取り出して、「何かおかしい、もしかして......」と思っていると、また誰かがノックしてきた。
今度はボート仲間のANというおじさんだ。
「今日、市場で卵が安くて、思わず24個入りの箱ごと買ったんだ。オレは一週間分あればいいから、あとはお前がもらってくれ。」
は?卵?
なぜ、調子に乗ってそんなに買った?
その後続けてSがやって来た。
「さっきANと市場に行って、ソーセージとか肉類を買いすぎてしまった。もらってくれるか? 味付きで真空パックだから、長持ちするはずだ」
長持ちするんだったら、自分でキープしておけばいいのに、なぜわたしにくれる?
絶対に何かおかしい。
その後もう一人やって来た。
市場で野菜を買いすぎたから、と言って、3種類ほどの野菜を置いていった。
最後にもう一人来て、今度は袋いっぱいのジャガイモを置いていった。
わたしはパジャマと寝ぐせのまま皆に対応して、「まだ夢の途中なのか? 」と考えながら、突然の貢物の前で首をひねっていた。
おかしい。絶対におかしい。
普段は回転の遅いわたしだが、すぐに分かった。
彼らは聞いていたのだ。
わたしたちの昨夜のケンカを......
ボートの中なので安心していたが、たった一枚の鉄板の壁だ。
薄いに決まってる。
外の音がダイレクトに聞こえるのなら、中の声もそのまま外に聞こえるのだ。
すごく、すごーく恥ずかしい!
わたしはテーブルに並べられた品物を見渡して、「誰にもお礼すら言えなかったなあ」と思った。
窓から外を見ると、テムズ川がいつものように流れている。
世の中が進化して、便利なものがたくさん増えて、人々も変わって行くのに、テムズ川だけは何年も何十年も同じままなのだろう。
仲間を思いあって助け合うことも、時代が変わっても、何十年も何百年も変わらずにこの世にあるんだなあと思ったら、涙がいっぱい出てきた。
生活がキツくて辛いときは、涙なんてこんなに出なかったくせに......
わたしは久々に声を出して大泣きした。