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小島に移動

Wが何も言わずにいなくなってから3日ほどしても、わたしたちはまだ同じ場所にいた。


冬のイギリスは午後3時ぐらいから暗くなり始めるので、仕事を終えた後、旦那はボートを動かせないでいた。


強がりの旦那は、Wに電話をしなかったし、Wもなぜだか連絡してこなかった。

旦那はSたちのコミュニティにボートを動かすのをためらっていた。

Wがいるかもしれないからか、逆にWに遠慮してるのか、それともただ面倒なのか、わたしにはさっぱり分からなかった。


冬はテムズ川の流れが早かったり満潮の日が多いので、役所はムリにボートを動かせと言ってこない。

それをいいことに、わたしたちはできるだけ同じ場所にとどまっていようということになった。

その間、休日に二人で歩いて停滞場所を偵察に行こうと話した。


少しして、Wがボートでやってきた。ボートを岸に止めずに大声で旦那を呼んでいる。

そして言った。

「ボートにエンジンをつけろ!オレたちの新しい場所がみつかったぞ。着いて来い!」

旦那は「ようっ!」と言って、まるであらかじめ打ち合わせしていたかのように、2隻のボートは縦に並んで新しい場所に動いた。


旦那とWの仲をひっそりと心配していたわたしは拍子抜けした。

拍子抜けどころかバカバカしくなった。

人の力を借りずに、わたしたちだけでボート生活ができるように、わたしなりに色々とリーサーチしていたのに。しかも、ネット環境なしで、バスと徒歩でがんばっていたのに!


何これ?

男ってどうよ? と、思わずにはいられなかった。


10分ほどして、わたしたちはテムズ川の真ん中にポツンと浮いている小島に着いた。

テニスコートが2つ入るぐらいの大きさだ。

その小島はどこかの個人団体の所有物で、そこも24時間が最大の停滞期間なのに、Wはまたできる限りそこに居座ろうと考えていた。


小島は本島の岸から5メートルほど離れているので、少しぐらいうるさくても苦情は来ない。

所有者たちのクルーズ用のボートがいくつか止めてあり、大きめの物置小屋やカヌーなどが並べられてあって、他に誰もいなかった。


「ここは今日からオレたちの島だ。オレたちの庭だぞ!」

Wが得意気に言った。

そしてキャンプ用のイスやらバーベキューセットやらをボートの前に並べて発電機を置き、釣り道具をセットして、あっという間にWの空間が出来上がった。


旦那も自由を手に入れた子供のようにはしゃいでいる。


ねえ、旦那さん。

わたしもあなたも明日からどうやって仕事に行くの?

ダイアモンドをいちいち5メートル先の向こう岸まで毎朝動かすの?


向こう岸は、岸の手前が浅いので、大きいボートは止められない。

目の前のパブはボートが 1、2隻止めれるように整備してあるが、パブを利用する人が止める場所なので、一日中止めておくことはできない。


しかも旦那が仕事で、わたしが休みの日は、わたしは小島から出ることができないではないか。

わたしはボートの操縦なんて一人ではできないのだから。


幸いWに移動用のエンジン付きの小さなボートがあった。

それだと簡単な乗り降りで楽に向こう岸まで行ける。

詰めて乗ったら5人は一気に運ぶことができる。

彼はこのボートで釣りをする人たちを釣れそうなスポットに連れて行き、釣りを楽しませる商売を釣り仲間としていた。

あまり宣伝してなかったので、少ししか依頼は来ないのだが。


わたしたちはWの送り迎えで小島を行き来することになった。

しかし問題は旦那が朝6時半という早い出勤で、わたしは朝8時半の出勤だ。

Wの生活は夜遅くまで飲んで、翌日昼前に起床する。

朝6時半に旦那を送って、戻って来てまたベットに戻る。

そして2時間後にわたしに叩き起こされ、また岸までわたしを送る。

そんなことなど何日もできるはずがない。


わたしはこの小島停滞もそんなに長くは続かないだろうと安心した。

Wが送り迎えの毎日に嫌気がさして、また違う場所に行くことになると予想した。


わたしだってこんな小島でいちいちWにお願いしないと岸まで行けないような面倒な日々を送るのは嫌だ。


翌日、6時半に旦那がWのボートを叩き、電話を何度もならしても彼はなかなか起きて来なかった。

旦那は遅刻だけはしない主義なので、かなりイライラしていた。

それでもなんとかWは起きて来て、半分寝ながら旦那を送った。


わたしは、8時半にドキドキしながらWのボートをノックした。

今度こそ彼は起きて来ないのではないかと心配したが、Wはまたも半寝でわたしを送ってくれた。


ほらほら、こんなこと毎日嫌でしょう。

あたしだって、仕事に行けるか行けないか毎日心配して朝起きたくないもの。

翌日には、Wはもう嫌だと言い出すだろう。


などと、わたしの期待もどこへやら。Wは毎日わたしたちに起こされながら、それでも夜は遅くまで騒いで、小島に居座ってしまった。


毎日のようにボート仲間たちがやって来て、その度にWは皆を岸まで送り迎えする。

日に何度も行ったり来たりだ。

それなのに、なんだか得意げだ。


そのうち旦那がWの小型ボートを運転するようになった。

わたしが出勤日で、彼が休みの日は、旦那がわたしを岸まで送ってくれた。


毎日、毎日小島でのパーティーは続いた。

小島に人がいないのをいいことに、大音量で音楽をかけたり、花火を上げたり、大声で叫んだりしていた。


Wの彼女のAは、我慢の限界だった。


わたしと彼女は、一度小島に隔離状態になったことがある。

朝から旦那とWは、買い物に行くと言っていなくなり、連絡が取れなくなった。

わたしたちが電話をしてもどちらも出ない。

そのとき、Sのボートが小島の前を通った。

わたしとAは、両手を振りながらSを呼んだが、彼は気づかずに行ってしまった。

おかげでAは歯医者、わたしは友達との約束をキャンセルしなければならなくなった。


何が楽しくて女二人が大声で助けを呼ばなければいけないのだ。


その後、旦那とWは夕方近くに酔っ払って、更にビールを買い込んでもどってきた。

おまけに若い女の子3人も、どこかから持ち帰りしてきた。

そして、またバーベキューパーティーだ......

パブで飲んで、ビールを毎日何本も開けて、バーベキューの材料に...... って、そんなお金どこにあるの?

タバコもたくさん吸ってるようだけど、一箱一体いくらすると思っているのだ!

日本で買う分の3倍はするのに。


Aはカンカンに怒っていた。

もうヤケだと言って、ワインを2本も開けていた。


だからあ、みなさん、どこにそんなお金があるんですか?


わたしも我慢の限界だった。


その時すでに12月に入っていた。

発電機購入のための貯金どころか、クリスマスプレゼントも買えない。

クリスマスは毎年旦那の実家に帰る。イギリスは子供だけではなく、大人もプレゼントをもらう。

家族全部のプレゼントと、年末にはボートのライセンスも切れるのだ。

これを全部どうやって賄う?


わたしがキレるのも、時間の問題と思われた。


気がつくと、小島での生活も2週目に入ろうとしていた。

クリスマスも近く、男たちは皆浮かれている。

相変わらず夜はお祭りの毎日だ。


男たちが外でバカ騒ぎをしているのを無視して、わたしは仕事から戻るとほとんどをボートの中で過ごした。

寒い12月、テムズ川のど真ん中で外は吹きっさらしだ。


子供は遊んでる時、寒さを感じないと聞いたことがあるが、酔っ払いもそうなのか?


そう思って窓から男たちを覗き込むと、急に昼間にでもなったかのような光が目に飛び込んできた。

向こう岸から巨大なライトで、誰かがこちらを照らしている。

わたしはびっくりして外に出た。


「今すぐに音楽を止めなさい。警告だ。これ以上騒ぐとこちらからそっちに行ってお前らを捕まえるぞ」

マイクでわたしたちに向かって言っている。


ええ!?警察?


わたしはまたボートの中に入り、窓からこっそりと観察した。

旦那は動揺しているのが見え見えだったが、他の男たちは余裕な感じに見えた。

その時、わたしと旦那は知らなかったが、陸の警察と川の警察は別物なのだという。

いくら小島にいても、わたしたちはテムズ川の真ん中。小島だろうがボートだろうが、テムズ川にいる人はテムズ川の警察しか捕まえることができないのだそうだ。

陸の警察は警告はできるが、よっぽどのことがない限り、わたしたちに手出しはできない。


ちなみにWはこれを利用していつだったかバカなことをした。

川沿いを巡回している警官2人に余計なちょっかいを出して怒らせ、ボートに飛び乗って「捕まえられるものなら捕まえてみろ!」と言って、陸に降りたりボートに飛び乗ったりして、警官たちをからかった。


そして本当に捕まった。


余計なことはこれぐらいにして、陸にいる警官はマイクで更に続けた。


「この辺の住民から苦情が来ている。お前たちは毎晩そこで騒いでるようだが、今すぐにやめなさい」


向こうには警官が3人ほどいて、パトカーもあるのかないのか、よく見えなかった。

でも、そんなに大げさそうではない。本当に警告だけしに来たっぽい。


Wたちが警官たちを完全無視して、音楽も止めずにいると、警官がまた言った。

「AL、お前なのはもう分かっているんだぞ!」


へ!?AL?


ALは、W以上にテムズ川では問題児だった。

彼も時々小島にやって来るが、他の男たちよりも更にどうしようもない男らしく、いつも皆に軽くながされているようだった。

今日は、彼はそこにはいない。

どうやら警察はWを、ALと勘違いしているようだった。


そうと分かったWは大喜び。

「そうだ!オレはALだ!何が悪い!わーはっは!」

大声で叫んだり、踊ったりして見せた。


わたしはバカバカしくなって寝ることにした。

さすがの旦那も中に入って来て「警察はバカだなあ。Wに振り回されるぞ。おもしろいけど、長くなりそうだから寝る」と言ってさっさと布団に入ってしまった。


その夜わたしと旦那は、Wと警察のやり取りを聞きながら、警察のライトに照らされたボートの中で眠りについた。


小島での生活、さっさと終了したい願いながら。


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