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きっかけ

人の人生は小さなきっかけで変わることがある。思ってもみなかった行動とか、ちょっとした間違いとか、安易に決めてしまったこととか。

わたしたちの場合は旦那の一言で人生が変わった。


忘れもしない2006年の夏。

わたしたちは結婚一年目のまだ新婚真っ只中だった。

友人のところに遊びに行き、気分良く帰って来た旦那は、わたしの顔を見るなり「ボートに住むぞ!」と言ったのだ。


その時、わたしたちはロンドンの中心地から少し外れたところに小さなアパートを借りて住んでいた。

大した給料はもらっていなかったけれど、子供もいないし、割と自由に特に不自由もなく、平凡に暮らしていた。


平凡。この状況こそ「幸せ」の何ものでもないのに、旦那は出会った頃から変化が大好きだった。

生粋のイギリス人だが、幼い頃に家族で南アフリカに移り住み、3歳から20歳までの人生を、広大な南アフリカの自然の中で過ごした。

アパルトヘイト真っ只中で少年時代を過ごし、あっという間に時代は大きく変わってしまった。

露頭に迷う家族を思い、彼はたった一人でイギリスに戻ることを決意したのだ。

その時、彼の母親が手渡したお金は当時の200ランド。

ポンドだと20ポンド。日本円だと4千円ほどか。

彼はたったそれだけの所持金で何も知らないイギリスにやって来て、無知という力で苦労もハッピーに変えて、ここまでやってきたのだ。

そして、ついには親兄弟を南アフリカからイギリスに戻す決断をさせたのだった。

彼のこの人生だけで、ドラマチックな映画が一本できてしまう。

わたしはいつか、彼の人生を本にしてあげたいと思っているぐらいだ。


わたしが出会った頃、旦那の周りには常に大勢の仲間たちがいて、彼と住み始めた頃は、毎日修学旅行みたいに楽しかった。

大勢の仲間たちと過ごした家は、家の持ち主の決断で売却されることになり、わたしたちは南アフリカに行くことに決めた。

旦那がわたしに、自分が育った国を見せたい、と言うのが理由だった。


この滞在でも、映画ができてしまうだろうな、と思うぐらいめちゃくちゃでお祭りみたいに楽しく、刺激的な滞在だったが、半年後、わたしは南アフリカを離れて日本に帰国することに決めた。

わたしが求めていたのは自由で刺激的な生活ではなく、安定だったからだ。


自由は不自由と隣り合わせで、刺激的な日々は不安な日々と同じようなものだったからだ。


それがどうしてか、その後わたしたちは結婚した。

そして旦那とまたイギリスに住み始めた。


新婚生活は平和だった。

小川の流れのように毎日は緩やかに流れ、まったりと心地よかった。

それでも旦那といる限り、小川の先には流れの早い川が待っていることも分かっていた。

なので旦那が「ボートに住む!」と言い出したとき、わたしはさほど驚かなかった。


かく言うわたしは、青森県の田舎ど真ん中で生まれ育った。都会を夢見て上京し、更に大きな夢を追ってロンドンにやって来た。

その間に色々なドラマがあり、喜怒哀楽、七転八倒があったとしても、映画になったら100人中100人は眠ってしまうぐらい退屈なストーリーになるだろう。

そして、わたしはそんな簡単な人生で充分満足していたし、今の状態が心地良かったので、ボートに住むとか、はっきり言って論外だった。

なのでわたしは、旦那の「ボートに住む!」宣言を「ふうん」の一言で軽く流した。


旦那はお構い無しだ。

その「やりたい!」情熱を一身にぶつけてくる。

なんでも遊びに行った友人がボートに住んでいて、とてつもなく感化され楽しんで来たと言うのだ。

理由はそれだけだ。


その友人というのはWと言い、これからも度々出てくることになる最強キャラの男だ。

彼も旦那と同じ南アメリカ出身で、旦那と同じように1人でイギリスにやって来た。

彼の人生は生まれたときから波乱万丈で、旦那の数倍は上を行くドラマを経験してここまで来た。

旦那とはロンドンで知り合い、意気投合して大親友に近い間柄になったが、旦那はWと遊びに行くたびに、とんでもないことが起きたり、何かしらの問題に巻き込まれて帰って来るのだ。

Wに起こるほとんどの災難は彼自身が蒔いた種だと言うのは、もう絶対に間違いないのだが......


そんなWが関わっているボート生活......


それを考えるだけで硬直してしまうほど恐ろしい。


わたしは意地でも旦那に同意せず、彼の主張を無視し続けたが、旦那は毎日毎日ボート生活の話をしたり、ネットでボートを探し出したりしだした。


旦那は本当にしつこかった。

わたしが「オッケー」と言うまで言い続ける。

わたしと旦那、どちらが勝つか。密やかな戦争だった。

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