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気付いた時にはもう日が傾きかけていた。

机の上でつっぷしたまま爆睡しているわたしを発見したのはアステリオ。午後のティータイムにお菓子と紅茶を持って部屋を訪れてみると、椅子に座ったまま眠っているわたしを発見したらしい。起こそうにもわたしは見事に爆睡しきっていたようで、仕方がなく彼はベッドまでわたしを運んで寝かせてくれたのだと、父から聞かされた。


「しかし、机に向かったまま寝るなんて、珍しいね。何か勉強でもしていたのかい?」


「そうねえ…確かに、シャルロットちゃんが机に向かっているなんて珍しいわねぇ~」


ギクリ。お父様からの問いかけに思わず動揺してしまった。続けてお母様もいつもののんびりした口調で頷きながら首をかしげている。確かにわたしは勉強が嫌いではあるものの…そこまで不思議そうな顔をされるほどだったのね…。とはいえ、まさか「前世の記憶を思い出したので死なないようにどうしようか悩んでいました」、だなんて口が裂けても言えない。言っても信じないだろうけど。


「あ、あぁ~…ええと、ちょっと、調べものをしていただけです」


「「調べ物???」」


わたしの言葉に二人は同時に首を傾げる。まずい。あまり深くつっこまれるとボロが出そうだ!わたしはアステリオにお礼を言うべく、さっさとその場を去ることにした。…そんなわけで、わたしは今、アステリオを探して屋敷内を歩いている最中だ。


さて、どこにいるのかしら。

無駄に広い屋敷内だ。一通り周るだけでかなりの時間がかかってしまう。夕食の時間まで待っていればいいかなとも思ったが、自分と同じくらいの背丈の女の子をベッドまで運ぶのは相当大変だったろうと思うし(しかも相手は悪役令嬢のシャルロット)、直接お礼は言っておくべきだと判断したのだ。だが実際問題、アステリオはなかなか見つからなかった。


「あらシャルロットお嬢様。どうなさったんです?」


どうしたものかと頭を悩ませていた所で、ふと背後から声をかけられた。慌てて振り向くと、そこには恰幅のいいメイド服姿の女性が立っていた。彼女はメイド婦長のアマンダ・グリスビー。長らくこの屋敷に使えているベテランメイドである。なかなか肝っ玉の据わった女性で、前世の記憶が戻る前のワガママやりたい放題のシャルロットに唯一注意を出来る人物でもあった。今年で50になる彼女からは風格すら感じられる。メイド婦長をしている彼女ならばアステリオの居場所を知っているかもしれない。


「アマンダ!ちょうどいい所に!実はアステリオを探しているのだけど…」


「アステリオを…ですか?」


「ええ。わたし机で居眠りをしていたらしいんだけど、アステリオがベッドまで運んで寝かせてくれたらしいの。だからお礼が言いたくて」


するとアマンダは一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。しかしすぐにいつものにこやかな笑顔を浮かべると、自分が歩いて来た方向を見ながら口を開いた。


「ああ…彼なら先程、中庭の花壇にいましたよ」


「えっ、本当!?ありがとう。助かったわ、アマンダ!それじゃあ!」


やっぱり!居場所が聞けて良かった。流石はメイド婦長!よっ、世界一!!!

とりあえずわたしは心の中で彼女に思い付く限りの称賛の言葉を浴びせてから、早口にお礼を言うと小走りに中庭へと走った。こういう時、こんな長いワンピースドレスを着ていると走りづらいったらない。こうしている間にもアステリオがどこかに行ってしまったら、せっかくの苦労が無駄になってしまう。お母様が目にしたら「シャルロットちゃんたらはしたないわぁ!」と怒られてしまいそうではあるけれど、今はそんなこと構っていられない。わたしはスカートの裾をたくしあげるとそのまま全力疾走した。


「……あのシャルロットお嬢様がアステリオにお礼を言うために探してるなんてねぇ…」


その様子を後ろから眺めていたアマンダは驚きながらもどこか嬉しそうだった。



***



中庭に辿りつくと、そこには確かにアステリオがいた。座り込んで何か作業をしているようだ。中庭には数多くの植物や花々があり、今は一面がオレンジや赤などの温かな色で包まれている。前世で言う所のマリーゴールドのような花だが、中には白いものやクリーム色をしたものもあるようだ。花の甘い香りが漂ってきて、わたしは思わずうっとりとその匂いを楽しんだ。


「……シャルロットお嬢様?」


そして声をかけられてようやく我に返った。

目の前にはキョトンとした表情をしてこちらを見つめているアステリオがいるではないか。そうだった!のんびりと花を楽しんでいる場合ではない。アステリオを探してここまで来たというのに、あまりにも心地いい香りがするものだから、本来の目的そっちのけで楽しんでしまっていた。


「どうしてシャルロットお嬢様がこんなところに…?」


不思議そうに、そしてどこか脅えた表情で彼は小さく呟いた。うーむ、わたしそんなに怖い顔してるかしら。むしろ今は華やかな香りを嗅げたおかげで気分上々なつもりなんだけどなぁ。こんな可愛い美少年に恐れられるシャルロット(わたし)とは一体…。


「ええと…。実はね、貴方を探していたのよ、アステリオ」


「えっ…僕を、ですか?」


「ええ!」


笑顔で力強く頷くなり、彼の顔からサァッと血の気が引いて行くのが分かった。そして次の瞬間、物凄い勢いで彼はわたしに向かって頭を下げたのである。


「申し訳ありません!」


「へっ…!?」


「きっと、また僕が何かしでかしてしまったのですよね…本当に、本当に申し訳ありません!シャルロット様にご迷惑をおかけしてばかりで本当に僕は…」


「ちっ、違う、違うわよアステリオ!わたし貴方にお礼が言いたくてここに来たのよ?怒りに来たんじゃないわ」


アステリオはわたしが怒鳴りこみに来たのだと大きな勘違いをしたらしい。大慌てで訂正して目的を伝えると、彼は素っ頓狂な声をあげて顔をあげた。ポカンとした顔もまた可愛らしい。別にショタ好きとかではないが、やはりこの美少年は眼福である。


「昼間、居眠りしてたわたしのことをベッドに運んで寝かせてくれたのでしょう?だからそのお礼が言いたくて。さっきアマンダに聞いたらここで見かけたって聞いて。見かけたらすぐにありがとうって言おうと思ったんだけど、あまりにもお花のいい香りがしていたから思わず夢中になっちゃって。」


白い歯を見せて笑いかけると、アステリオは面喰った顔をして視線を逸らした。


「わざわざごめんなさいね」


「いえ、そんなこと…!お嬢様の執事なのですから当然のことです。それにまたお風邪を召されたら大変だと思ったので…」


わたしが熱を出してぶっ倒れて三日間寝込んでいたことを、アステリオは祟りや悪霊などのせいではなく夏風邪だと思っているらしい。確かに主に使える執事としては当然のことなのかもしれないが、前世で誰にそんなことをされた覚えが一度もないわたしにとってはとても嬉しいことだ。徹夜で疲れ果てて会社のデスクに突っ伏していても、誰1人ブランケットや上着をかけてくれる人なんていなかった。


シャルロットにあれだけ酷い態度や言葉を浴びせられていたはずなのに、それでもしっかりと職務をこなすアステリオは、まだ若いながらも立派な執事だなと感心すらしてしまう。もし仮にわたしがアステリオの立場だったとして、ベッドに運ぶなんて絶対にしないだろうし、風邪でも引いとけざまぁ!!!とか思うだろうし。うん、わたし絶対執事には向いてないなこれ。


「それでも嬉しかったわ。ありがとう、アステリオ!」


「!い、いえ…」


もう一度改めてお礼を言ってから、わたしはしゃがみ込んで植えてある花々を眺めた。アステリオのほうはというと、どうしたらいいのか分からず、俯き加減にこちらを見ていた。今までろくに見もしなかったであろうこの中庭は綺麗に手入れが施されており、育てられている植物たちは皆イキイキとしている。炎天下でもこうして負けずに花を咲かせているのだから、きっと誰かが懸命に世話をしてくれているおかげだろう。


「ところで、アステリオはここで何をしていたの?」


何の気なしに問いかけると、アステリオは手に持っていたものを凄い勢いで背中に隠した。


「?手に持ってるの、もしかしてシャベル?」


隠し切れていないぞ、アステリオよ…。というか、思いっきり見えてるし。

彼はしまったと言った様子で大慌てで弁明を始める。


「いえっ!あの、その…これは…」


「もしかして、ここにある植物のお世話もしてくれているの?」


「……。はい。庭師のパウロさんが最近腰を痛めてしまって、思うように手入れが出来ないことをお聞きしたので少しだけお手伝いを…。ですが、以前、お嬢様にも汚いから土仕事はしないようにと言われたのに…や、約束を破ってしまい、申し訳ありません…」


観念したように話し始めたアステリオの声が段々と小さくなっていく。

ああ…そういえば確かにそんなことがあったような気がする。パウロはこの広い中庭の手入れや剪定をしている専属の庭師なのだが、その彼とアステリオは仲が良かった。だからアステリオもよくこの中庭に通って、彼と一緒に花壇に花を植えたりをしていたのだ。しかしある日、運悪くそこにシャルロットが通りがかってしまった。


土で汚れたアステリオを見た彼女は機嫌を損ねたのか「そんな汚い恰好でわたしに触らないでちょうだい!わたしの執事ならば、二度とこんなことしないで」と鬼の形相でアステリオに言い放ったのである。またしても元凶はシャルロット(わたし)だったというわけか…。いくら自分の行いとはいえ、いい加減頭を抱えたくなってしまう。


主人に叱られた子犬のように萎縮してしまったアステリオを前に、わたしは少しだけ考え、そして彼の手からむんずとシャベルを取り上げた。


「お嬢様!?」


レースのついた袖をまくりあげ、シャベルを片手にアステリオが作業していた場所にしゃがみ込んで花の苗を植える。突然の主の奇行にアステリオは驚愕の表情を浮かべたまま目を白黒させていたが、慌てて小走りに駆けよってきた。


「お嬢様、何をなさって…!手が汚れますし、お召し物も…」


「花って、とても綺麗。でも、こうやって綺麗な庭を保てているのは、きちんと手入れをして、お世話をしてくれてる人がいるからこそよね。そんなことも分からないで、わたしは酷いことを言っていたわ。」


ザクザクと土をシャベルで掘り起こしては、苗を植えて行く。爪の間に土が入って、手のひらも汚れて黒くなった。しゃがみ込んで作業しているせいで、綺麗なワンピースドレスにも土がついて汚くなっている。それでも、わたしは作業はやめずに話し続けた。


「貴方の目には、わたしは酷くワガママで世間知らずで高慢な女の子に映っているに違いないし、わたし自身も自分がそうであったと思ってる。でもね、少しずつでもいいから、わたしも変わっていきたいって思うのよ」


これからそう遠くない未来で待ち構えている数々の死亡フラグを回避するために、わたしは悪役令嬢から「真っ当なご令嬢」にならなくてはいけない。でもそうなるためにはまずは彼に今までのことを謝るところから始めなくてはならないと思った。多分、わたしの一番の被害者は彼だ。6年後、学園生活で主人公が出会ったアステリオは今とは人格がまるで違ってしまっていた。本来は純粋な少年であったはずなのに、数々の酷い言葉や態度のせいで、自分のことを諦めてしまっていたのだ。そしてそれが原因の1つとなり、わたしは死ぬ(バッドエンド)


―…わたしはまだ攻略1人目しか終えていない所で死んでしまった。そんなわたしがなぜ、主人公のライバルである悪役令嬢シャルロットに死亡フラグが乱立していることを知っているのかと言えば、彼女のことが広くネットで噂になっていたからだった。


「#死に過ぎる公爵令嬢」や「#死に方が無残なシャルロット」などのハッシュタグが生まれるほど、それは広く知れ渡っていた。メインシナリオを全クリア出来てはいなかったが、そんな情報が出回っていたせいで、わたしは彼女のことをとてもよく知っていたのである。


だからわたしはそれを回避しなくてはならない。

彼の人生を変えるためにも、そして私自信の未来のためにも!


まるで自分に言い聞かせるかのようなわたしの言葉に、アステリオの瞳が少しだけ揺れた気がした。



今日は2話続けての更新となりました!

お気に召しましたらポチっと頂けたら幸いです(´`*)

次回更新をお待ちくださいませ^^

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