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わたし―…こと、シャルロット・ランヴィアは今日がちょうど10歳の誕生日。

そして誕生パーティの最中だったと記憶している。


「ど、どういうこと、なの…!?」


突然の出来事に、わたしの頭はパニック状態になっていた。それはそうだろう。何の前触れもなく、あまりにも唐突に前世の記憶が蘇ったのだから。


(っと、とりあえず、いったん、いったん落ち着くのよわたし…これは何かの夢かもしれないし…。そうよ深呼吸をして落ち着かなくちゃ、こういう時こそ冷静に…)


胸元に手を当てて、スーハ―と、大きく息を吸っては吐いてを二回ほど繰り返した。

そうだ。これは夢である可能性もある。今日はとりわけ暑いし、朝からパーティだからと張り切っていたし、もしかしたら熱中症にでもなって鏡に映る姿に幻覚を見ただけなのかもしれない。うんうん、と頷いて十分に落ち着いてから、意を決して再び鏡を見上げた。


しかしそこに映るのは無情にも水色の髪に緑色の瞳をした少女であり―…それはやはり、わたしの知る限り「シャルロット・ランヴィア」だった。何度見直しても映るのはシャルロットの姿ばかり。今度は鏡をジッと眺めてみる。鏡に映る彼女…いや、「わたし」はとてもひきつった顔をしている。ふと左頬をつねってみる。…痛い。今度は右の頬も。……ううん、やっぱり痛い。今度は少し強めにつねってみる。


「ああもう痛い、痛い!!!自分でやっておきながら思い切りやりすぎた…!」


思い切りつねったものだから両頬が赤くなっている。涙目になってみてもやっぱり鏡に映るわたしはシャルロットの姿なわけで、これが夢ではないのだと認識させられる。



―…「マージナル・ラヴァーズ」とは、わたしが前世でプレイしていた乙女ゲームである。魔法が存在するこの世界で、主人公は田舎町出身の平民でありながら、とりわけ優秀な魔法の才能を持っていた。そして魔法学園に入学し、数々のイケメンたちと出会い恋をする―…という、まぁよくある王道乙女ゲームだ。そしてわたし、ことシャルロット・ランヴィアといえば、その主人公の恋路を邪魔するばかりでなく数々の卑劣な罠をしかけて命を狙ったりと、まさしく悪役街道まっしぐらの公爵令嬢。


しかも恐ろしいことに、どのルートを選択したにしても、主人公と攻略対象者が恋を成就させる前に悪逆非道な悪役への罰よろしく、彼女は凄惨な死を遂げるのである。…ここまで話したところで、もうお分かり頂けただろうか。つまりは、わたしのこの先の人生、「(バッドエンド)」しかついてこないのである。


「う、嘘でしょ…」


乾いた笑いを浮かべてから、ズルズルとその場にへたり込んだ。何もこのタイミングでそんな事実を思い出させてくれなくてもいいじゃないか。というか、こんな人生が待っているのならどうせなら何も知らないでいたかったんだけど!?


だがしかし、よくよく考えてみれば、ここが()()「マージナル・ラヴァーズ」の世界であるという確証はない。確かにわたしの見た目や今までの生い立ちは、全てあのシャルロット・ランヴィアと同じではあるものの、もしかしたらたまたまマージナル・ラヴァーズに登場する悪役令嬢に似ているというだけで、この世界はあの乙女ゲームの世界とは違うのかもしれない。わたしは自分に言い聞かせるようにうんうん、と何度も頷いてみた。


ちょうどその時だ。ドンドン、と強く扉を叩く音がしてハッと我に返る。


「お嬢様!シャルロットお嬢様、大丈夫ですか!?どうかなされたのですか?先程悲鳴をあげられていたようですが…!」


扉の向こうから聞こえたのは少年の声だった。高すぎず低すぎず、とても甘い声。でも今はなんだかとても焦った声色をしているような気がする。そこまで考えて自分の今の状況を思いだした。そういえばパーティの最中に髪形が崩れたことが気になって、一度席をはずしていたんだっけ…。そして自室に戻って鏡の前に立った時、あの記憶が蘇ってきたのだ。しかも記憶が蘇った瞬間、混乱して叫んでしまったのだから、誰かが聞きつけて飛んできたのかもしれない。いけない!わたしは急いで立ち上がるとドアノブに手をかけた。


「ああ良かった…!シャルロットお嬢様の悲鳴が聞こえたので、何があったのかと…」


扉の前に立っていたのは自分とほぼ同じくらいの身長の少年だった。亜麻色のサラサラの髪をしたその少年は、心配そうにこちらの顔を伺って安堵の息を漏らした。対して、わたしは息を飲んだ。びっくりするほど整った顔立ちに甘い声、そして白くてきめ細やかな肌。思わず感嘆のため息を漏らしてしまいそうなほど、まるで人形のように端正な美少年がそこに立っていた。


これがただの美少年というのなら眼福だと狂喜乱舞したいが、今はそれどころではない。むしろ。むしろ、今は大変な衝撃を受けて、このまま頭を抱えて倒れこみたい衝動にかられていた。


アステリオ・ゲイン。

彼のことを、わたしもよく知っている。なぜなら、彼も前世でプレイしていた乙女ゲーム「マージナル・ラヴァーズ」の攻略対象の1人だったのだから!…まぁゲームに出てくる彼はもっと背も高く立派に成長した青年だったわけだけれども、ゲームの中でもアステリオはシャルロットの執事という体で登場してくる。


つまり、彼がわたしの目の前にこうして現われてしまったことによって、先程わたしがたてた仮説「この世界がマージナル・ラヴァーズの世界でない説」はよもや簡単に打ち砕かれてしまったのである。ああもう笑えるくらい木端微塵ね…。


「大丈夫ですかシャルロットお嬢様…お身体が優れないようでしたらお薬をお持ちしますが…」


内心ひどくショックを受け、わたしがこめかみに手をあてていると、少年…アステリオが不安そうな声をあげた。


「だ、大丈夫よ!髪を直したらすぐ戻ろうと思ったのだけど、なかなかうまく直せなくて。心配かけてごめんなさいね、アステリオ」


ハッとして困ったように笑みを浮かべ謝罪の言葉を述べると、その瞬間、目の前の少年は弾かれたように顔をあげた。その顔にはとんでもない驚愕が浮かんでいる。それこそ、何かお化けでもみたかのような反応だ。…ん?何かおかしいことを言ったか?わたし。


「い、いえ…。シャルロットお嬢様の執事でありながら、駆けつけるのが遅くなってしまったので…その、お叱りを受けて当然かと思っていたので…」


口ごもるように言われて思いだした。そういえばわたしは悪役令嬢のシャルロットだ。記憶を取り戻す前はこの少年、執事のアステリオのことを下僕のように扱っていたんだっけ…!確かに先程、前世の記憶は蘇りはしたがこの10年間、シャルロットとして生きてきた記憶も勿論しっかりと記憶されているようだ。


「いつもいつも、行動が遅いのよ!このノロマ!」

「ちょっとしたお使いも出来ないの?役立たず!!」

「貴方のような役立たずを使ってあげてるんだから、むしろ光栄に思って欲しいわ!」

「気持ち悪い子!まるで化け物みたい!」


……

………

…………。


だがそれゆえに今までの自分の酷い行いや罵詈雑言の数々が頭の中に次々と浮かんできて、なんだか一気に申し訳ない気持ちになる。むしろこんな可愛らしい少年に、よくもまあそんな酷い台詞が言えたものだなと思う。シャルロットは一体どういう神経をしていたんだろうか。この場で謝罪して、土下座でもしてやりたい気持ちになる。


わたしが苦虫を噛んだような変な顔をしていたことに気がついたのか、アステリオは慌てて頭を下げた。


「あ…!ぼっ、僕ごときが無礼なことを言って申し訳ありません…!!」


「え!?あ、そんなことないわよ!顔をあげてちょうだい、アステリオ!」


どうやらアステリオの叱られると思った発言に対してわたしが腹を立てたと思ってしまったようだ。勘違いをさせてしまった!大慌てでフォローするものの、彼は一向に頭を上げる気配はない。…とはいえ、前世の記憶が蘇った今、以前のシャルロットのように振る舞える自信はない。こんな可愛らしい少年にあんなひどい罵声を浴びせたり、ひどい態度をとったり、とてもじゃないが出来そうにもない。


加えてこのままパーティ会場に戻っても、今まで通りの振る舞いなんて出来る余裕もない。眉尻を下げて不安げなアステリオを前に、わたしは咄嗟に嘘をついた。


「…じ、実はね。わたし、先程鏡の前に立った時に足を滑らせてしまって、ちょっとだけ頭をぶつけてしまったの」


「えっ!?大丈夫なのですか!?」


「大丈夫よ、ちょっとぶつけただけだから!…でもやっぱり気分がすぐれないから、今日は先に休むわね。お父様やいらしてくださった皆様にも、くれぐれもよろしく伝えて頂戴」


「は、はい…かしこまりました。では後でお薬をお持ち致しますね」


「ええ、ありがとう」


ごく自然に感謝の言葉を述べただけだが、これにもアステリオは目をまん丸くさせて、異常な反応を示した。…うーん、元のシャルロットがいかに酷い扱いをしていたのかが如実に表れるわねこれは…。咄嗟についた仮病のいいわけだったのだが、アステリオがすんなりと受け入れてくれたので助かった。彼は丁寧に頭を下げると部屋を去っていった。


今は下手に多くの人と関わってボロを出すわけにはいかない。それに、まずは自分でもこの状況を整理しておかねばならないだろう。もう一度鏡の前に立って姿かたちを確認した。


「わたし、あのシャルロット、なのよね…」


シャルロット・ランヴィア。悪名名高い公爵令嬢。数々の死亡フラグが乱立しまくっているこれからの人生を嘆きつつ、わたしはガックリとうなだれるのだった。


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