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馬車に揺られながら窓の外を眺めると、もう世界は漆黒の闇夜に包まれていた。王宮からもだいぶ離れてしまったので、夜道を照らす外灯もまばらで、ポツポツとオレンジ色のガス灯が見えるだけだ。つい先程までは華やかなパーティーの会場にいたはずなのに、なんだか不思議な気持ちになる。


「シャルロットちゃん、今日は一日色々あって疲れちゃったでしょう~。寝ててもいいのよぅ?」


今日はパーティーに参加することもあっていつもよりも早起きして支度をして出てきたし、精神年齢はともかく、実年齢ではまだ齢10歳のわたしは凄まじい眠気と戦っている真っ最中だった。馬車に乗り込むまではそこまで眠気を感じていなかったのだが、やはり緊張を含め相当疲れはたまっていたようで、馬車にユラユラ揺られているうちに心地よい眠気が襲ってきたのである。そんなわたしの様子を察してからか、お母様はのんびりとした口調でそう言うと、ふわふわのブランケットをわたしの膝にかけてくれた。いつも朗らかな母ではあるが、今はいつもよりも柔和に微笑んでいる気がする。


「そうですよ、シャル様。お屋敷についたら僕がシャル様を部屋までお連れするので、安心してお休み下さい」


続けてアステリオも優しい言葉をかけてくれる。…何だこの世界の人たちは、優しさの固まりかよ。私が前世で受けた扱いを考えれば天と地ほどの差がある。飲み会でぐったりしていても送ってくれる人なんていなかったし(仮にいたとしても送り狼になる下心満々のチャラ男ぐらいしかいなかった)、徹夜でデスクで死んでいるわたしにブランケットとは言わずともソッと上着をかけてくれる人なんてのもいなかった。くうっ、なんて優しい世界なんだ…。


「う…んん…でも、お母様もアステリオも起きているのなら、わたしも…おきてます…」


流石に2人が起きているのにわたしだけ寝るのも気が引ける。眠さで瞼が半分くらい落ちてきてしまっているし、あまりの眠さに舌ったらずになっているのが自分でも分かった。…結論。人は眠気には勝てない時があるようだ。栄養ドリンクでも飲めば別の話だが。


「大丈夫ですよ。今日は本当に、一日お疲れ様でしたシャル様。おやすみなさい」


こっくり、こっくり。瞼が段々と落ちて行く。最後に見えたのは優しげに微笑むアステリオの顔。その笑みと優しい声色に、なんとか保っていたわたしの意識はすぐに夢の中に飛んだ。



***



書斎に戻ったヒューバートは窓際で1人、夜空を見上げていた。

思い出すのは今日出会った不思議な令嬢の姿。実を言うと、あの令嬢―…否。シャルロットのことは、挨拶の時から見ていた。いや、見ていたというのは語弊がある。あれは自分がパーティー会場で挨拶を述べた直後のこと。目の前の群衆が皆頭を下げている中、あの少女は真っ直ぐにこちらを見ていたのだ。


曇りのない瞳で、こちらをジッと見ていた少女の姿に、正直驚いた。紛いなりにも自分は王子という立場。大人たちも内心でこそ第三王子(ヒューバート)を馬鹿にしている者も多いが、それでも建前上は頭を下げているというのに、あの少女は何故か頭を下げることなくこちらを凝視していたのだ。


ただ、あまりにも真っ直ぐな目で見てくるものだから、こちらも不思議に思って目が離せなくなった。そしてあの時感じた、彼女の瞳が涙ぐんでいるように見えたのは気のせいだったのだろうか。しかしその直後、彼女はふと我に返ったように頭を下げてしまったので、確認のしようがなかった。変な女もいたもんだなと、その程度には認識していた。


「エドモンド卿からも既にお聞きのこととは思いますが、念のためにもう一度お伝えさせて頂きますね。まず、最初にダンスのお相手をして頂くのがノーティス侯爵家のご令嬢、次にコーラル伯爵家のご令嬢とそれから…。………。ヒューバート様、聞いておられますか?」


「ん?あぁ…聞いていなかった」


「……あのですね、毎度のことながらあっけらかんと認めないで下さいよ」


ヒューバートがあっさりとそんなことを言い放つので、彼の側近エルク・ダンケルは額に手をあてて頭を振ると深いため息を吐きだした。ガックリと肩を落とす彼の手から分厚い紙を受け取って、パラパラとそれをめくって中身を確認する。そこには令嬢についてやその家についてが詳細に書き記されていた。まぁよくここまで詳細に調べたものだなと感心すらするが、こういうことをするのはおそらくエドモンドだろう。


エドモンドは幼少期より長らくヒューバートの教育係をしている男で、事実仕事熱心で懐も深くいい男なのだが、如何せん、心配性なところがある。今回のパーティーでも、本人そっちのけでヒューバートの婚約者を探すのだと意気込んでいた。元々、こんな名ばかりの生誕パーティーなど催すだけ無駄だと思っていたので、婚約者だとかそういうことは、もはやヒューバートにはどうでもいいことであった。興味なさげに中身を見てから、彼はその書類を机の上に置いた。


「わたしが言うのもなんですが、ヒューバート様の婚約者を選ぶという重大なことですし…せめて事前情報くらい確かめておいてもいいのでは?自身の伴侶となる女性選びなんですから」


「は、そんなもの知った所で何になる。どうせ相手が見てるのは「王家の者」という肩書だけだろう。それに俺は王位継承権も低い第三王子だ。大方、兄上たちの婚約者候補から落ちた奴らが仕方がなく、といった体で申し出てるだけだろうしな」


婚約して王宮に入れば、その先何不自由なく生活出来ることを保障されているようなものだ。世のご令嬢たちにとってそれは大層な甘い蜜なのだろう。出来ることなら王位継承権の高い第一王子のギュスターブや第二王子のリチャードとの婚約を望んでいるのだろうが、そもそも競争率が高い彼らのパーティーに参加することさえ、かなり至難の業なのだ。そこで仕方がなく、第三王子のもとへ、と考えているのだろう。


大人たちはそういうものだ。この世界なんて、所詮はそんなものだ。愛とかそういうものは信じていないし、結婚なんてものも、もはやこの少年王子にとってはどうでもいい問題だった。面倒だから早く今日が終わってしまえばいいとさえ、思っているのだから。エルクは何とも言えない顔をしてから、困ったように頭をかいた。


「お前がそんな顔をするな、エルク。それに、そのご令嬢たちともしっかり全員と踊るから安心しろ。ただその前に少し外の空気を吸ってくる。しばらくあの広間に缶詰めになるだろうからな。お前は先に会場に行っていろ、すぐに俺も行く」


彼の表情を見てからヒューバートは口元に薄く笑みを浮かべ、そしてそれだけ行って部屋を出て行ってしまった。そのどこか寂しげな笑顔を見送ってから、残されたエルクは彼が置いていった紙の束を手に取り、そしてその中身を確認していく。


「…っと、」


ヒラリ、と一枚の紙が床に落ちてしまい、慌ててその紙を拾いあげる。その紙には水色のウェーブがかった髪をした、少々勝気そうな目をした少女が映っていた。名前を見てみれば、王宮にも度々出入りしている王からの信頼もあるあのランヴィア家のご息女のようだ。ふむ、とエルクは顎に手を当ててしばし考える。公爵家ともなれば階級的にも何の申し分もない。それに―…と、写真に映る少女の顔をもう一度よく眺めてみた。意志の強そうな瞳は真っ直ぐにこちらを見ている。…自慢じゃないが、昔から第六感は働くほうだと自負している。もしかしたら。もしかしたら、この子だったら…。


「…なんてな。こんなの、俺の考えることじゃねぇか。そもそも決めるのは俺じゃねぇし。横やりいれる必要もなくエドモンドの爺さんが決めるって感じになるだろうしなぁ。考えるだけムダだって話か」


ガシガシと乱暴に頭をかきながら呟いて、ハッとした。うっかりしていた、口調が元々のものに戻ってしまっている。慌てて室内を確認するが、ヒューバートはもう出て行った後なので誰もいないことを確認して、ホッと胸を撫で下ろした。


「平民上がりのこんな俺のこと使ってくれてんだから、俺としてはそれなりに幸せになって貰いたいんだけどねェ…、」


誰もいない室内にエルクの声だけが響く。


「………さーて、と。じゃあ俺はあの王子(ヒューバート様)の言うとおり、先に会場に行ってるとしますか~…あー…じゃなくて。こほん。行くとしましょうか、ね」


咳払いをして表情も整えると、彼は優しげな笑みを浮かべたいつもの顔に戻ってパーティー会場へと向かうのだった。



***



ヒューバートも外の空気を吸ったらすぐに戻るはずだったのだ。本来であれば。

目の前に座り込む少女を見下ろしながら、どうしたものかと考える。まさかこの暗がりの、しかも中庭で、どこぞのご令嬢と出会うとは思いもしないじゃないか。闇夜に紛れて魔女でも入り込んできたのかと驚いて、この足元に蹲る少女を思い切り棒で叩いてしまった。流石にやりすぎたな、と反省したところでもう仕方がない。


「…いや、なんだ、その…悪かったな」


とりあえず謝罪の言葉をかけておくことにした。

…あぁ、これは面倒なことになった。怪我でもしていたらそれを元にして婚約の話を持ちかけてくるんじゃないかとか、そうじゃないにしても兄上たちとの口利きを頼んでくるだろうかとか、とにかくそういう問題が頭の中をグワッと駆け廻って行った。俺の知る限り、女は狡猾で面倒な生き物だ。内心舌打ちをしつつも放置しておくわけにもいかず、仕方がなく目の前の令嬢に声をかけた。


「…まぁ、俺も驚いて叩いてしまったのは悪かった。血、出たりしてないか?」


「あ、はい大丈夫ですよ。こんなの、ツバでも付けとけば放っておいても治るので!」


返事を聞いて驚いた。どこか気の抜けたような笑みを浮かべながら、このご令嬢はとんでもないことを口走ったのだ。数ある戦禍をくぐり抜けてきた歴戦の猛者のようなそんな台詞、まさかドレスを着て着飾った(今は汚れて化粧も崩れているが)ご令嬢の口から出るとは予想も出来なかった。あまりにも突拍子もなさすぎて、瞬間、反応出来なかった。


しばらくの時間差の後、その目の前の少女は顔面蒼白になって必死に言い訳をしてきた。よほどマズイことを言ってしまったと思ったのか、しどろもどろしながら懸命に取り繕うとしている所がやけに面白くて、それでいて新鮮で…だから思わずこちらも笑ってしまった。なんだか先程まで張っていた気が、たったこの一瞬で緩んだ。


普段からあまり人に気を許したりはしないのだが、何故だがこの少女の前では肩が軽くなったみたいに話せている自分にも、心底驚いた。だがそれぐらい、少女は不思議な魅力を持っているのだと思う。話をしているうちに彼女の名前を知り、シャルロット・ランヴィアと名乗った少女の名と、エドモンドが集めた資料の中で見かけた名前が一致した。そういえば確かに、先程エルクの持っていた資料(アレ)を眺めた際に、そんな名を見かけた気がする。やはりこの少女も良家のご令嬢だったらしいが、彼の知っている俗世間的に言う一般的なご令嬢たちとは、彼女は違っているように思えた。


その直後、外廊下を歩いてくる気配を察して急いで身を潜めたものの、聞こえてきたのは自分への酷い侮辱の言葉の数々だった。もう何度も聞いた。もう何度も言われた。生まれた瞬間から、周囲から言われ続けてきた言葉だ。出来損ないの第三王子、と。


分かっている。もう頭では分かっている。こんな言葉にいちいちショックを受けていてはキリがないことも分かっている。分かっているのにどうして、こんなにも心は苦しくなるのだろう。


……俺だって。俺だって本当は。唇を噛みしめて必死にこみ上げる怒りに堪える。無意識に体が震えた。ああ、こんなもの聞かされて、きっとこの令嬢も酷く冷めた態度をするのだろうな。哀れで出来損ないの第三王子だと、またあの大人たちと同じような視線を投げかけてくるのだろうか。ぶつけようのない悔しさと怒りから、グッと強く拳を握りしめたその時だった。


「……あったまきた」


ボソッとつぶやいた後、突然、少女が自分の腕を振り払って物凄い勢いで男たちの方へ飛び出して行ったのである。あまりにも突然すぎて反応も出来なかった。それよりも、彼女は何を言うつもりなのだろう。彼女は何をそんなに怒っているのだろう。否、誰のために?何のために?驚愕ばかりが先行してその場に突っ立って何も言えないでいるヒューバートをよそに、少女は凛とした声を張り上げたのだ。


「先程、あなたがたが言った第三王子への侮辱の言葉の数々、撤回して下さい!…魔法の才能がないからなんだと言うのです。王に必要なことは、いかに民を思い、いかに国を大切にすることが出来るかではないですか!愛妾の子だからなんだというんです。彼は国王陛下の血を引いた、立派な王位継承権を持つ第三王子なのです。彼を侮辱すること即ち、現王や同じく血を引く第一王子や第二王子だけでなく…王家全体を侮辱していることと同じです。それでもなお、まだ彼を侮辱するおつもりですか!」


―…脳裏に、かつて祖母が言っていた言葉が突然浮かんだ。セピア色の懐かしい映像が物凄い早さで頭の中に蘇って、記憶の中の祖母が優しい笑顔で言う。


「…ヒューバート。今は辛くとも、いずれ貴方もきっと、貴方自身を認め信頼してくれる人に出会えるわ。必ず。貴方を信じ、傍にいてくれる…そんな人が」


……なんで。どうして。今、そんな言葉を思い出すんだろう。少女は真っ直ぐな瞳で男たちを睨みつけ、怒気を孕んだ声をあげていた。血縁者でもない。友人でもない。今日出会ったばかりの俺のことを、まるで自分のことのように怒って。……まるで俺の存在を認めるみたいに。


瞳の奥に熱い物がこみ上げてきて、視界が滲んだのだ。涙を流したのは何年ぶりだったろうか。こんなにも熱くて、こんなにもしょっぱかったんだな。忘れていた何かを思い出させてくれたのは、この小さな少女だった。


シャルロットは不思議な少女だったと、つくづく思い返してみても思う。


「…と言う訳で、ヒューバート様。わたしとしましてはこちらのラルース侯爵家のご令嬢か、もしくはこちらのコーラル伯爵家のご令嬢がお勧めですな。どちらのお嬢様も教養があり見目麗しい方ですぞ」


ハッと我に返った。そうだ。つい物思いにふけってしまったが、数分前にエドモンドとエルクがやってきて、例の婚約者がどうとか、そういう話を始めたのだった。目の前に並べられた令嬢たちの顔を見てもいまいちピンとこない。当然、全員とダンスを踊ったはずなのだが…まったくもって記憶にない。なぜなら、思い浮かぶのはあの、太陽のような笑顔で笑う、不思議な少女のことばかりなのだ。


「注目されるのとか目立つのとか、本当に苦手なので。出来るだけひっそりと、ゆっくりと、マイペースに過ごして行きたいし…それに、やりたいこともまだ沢山ありますし。わたしだったら出来れば結婚とかそういうことはまだ考えたくないかなぁ…って」


ふと、あのシャルロットが言っていた言葉を思い出した。世の令嬢たちが躍起になってダンスパーティーに参加しているというのに、彼女の言い分はこうだ。帰り際、彼女は早く屋敷に帰って庭いじりをするのだと意気込んでいた。庭いじり。公爵家のご令嬢が、だ。…まったくもって、つくづく、変わっている奴だなと思う。それでもキョトンとした彼女の顔やダンスを踊り切れて嬉しそうに笑う表情を思い出しただけで、それだけで心が温かくなる。それだけで笑顔になれてしまうのだ。まるで、魔法だ。


「……エドモンド、悪いがお前のお勧めとやらを聞くことは出来ない。俺には心に決めた奴がいる。そいつ以外はあり得ないと思える奴だ。―…だが、」


そこで言葉を切って、ヒューバートはニッと笑った。


「今は、まだ婚約はしない。俺を信じてくれたアイツの隣に自信を持って立てる男になるまでは、な。……だが安心していいぞ。俺もそう長い時間をかけるつもりはない。俺が、アイツにふさわしい男になったら―…その時はすぐにでも迎えに行くつもりだ」


そう白い歯を見せて笑う少年王子の言葉に、エルクとエドモンドは顔を見合わせた。その表情は今までに見たことがないほど、晴れ晴れとしたものだったという。少しだけ空いた窓から秋の夜風が入りこみ、頬を優しく撫でていく…。そんな、とある夜のこと。


前回の話でヒューバート編はひとまずまとまりましたとか言いましたが、嘘でした←

ち、違うんです…!最初はこのお話を閑話的なものにしようと思っていたのですが、書いているうちにこれは本編として書いてもいいんじゃない…?とか思ってしまって結果このありさまです…。ううっ、申し訳ありませんッッ(´^ω^`;)文章のまとまりが難しいよう…。

ヒューバートはその時こんなこと考えていたんだなぁと、見て頂けたら嬉しいです。その他、活動報告で色々とお話をしていきたいと思いますので、もし興味がありましたら覗いてみて下さいませ。

最後となりますが、ブクマ・評価等いつも本当にありがとうございます!

次回もおたのしみに!

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