表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

16


オーケストラの奏でる優雅なクラシックの流れる大広間で、わたしは椅子に座りながらオレンジジュースをちびちび飲んでいた。あの後、宣言通りヒューバートが新しいドレスを用意してくれたおかげで、こうしてパーティー会場に戻ってきたのはいいものの…。今まで忘れていた問題が浮上してきてしまった為、わたしは頭を抱えて悶絶した。


(ヒューバートとのダンスよ、ダンス…!!!!完ッッ全に忘れてたわ…!)


そうなのだ。ドレスも汚れてしまったし、これはもうダンスパーティーには出席出来ないな~なんて思っていたのに、まさかこんなぴったりのサイズのドレスを用意してくるなんて思わないじゃないか。そしてこのドレスのデザインのまた可愛らしいこと!流石は王宮なだけあって、品物の取り揃えも仕立屋も一級品だ。おまけにお化粧や髪の毛のセットまで完璧。今のわたしは見栄えだけはしっかりと立派なご令嬢になっている。


…とはいえ、問題はダンスだ。この会場に綺麗なドレスを着て、化粧も髪もセットをして戻ってきてしまった以上、踊らないなどという選択肢は消え去った。踊るしかないのだ、あの酷い出来のダンスを、この公衆の面前で。はあ、と深いため息を零していると、アステリオが心配そうに声をかけてくれた。


「シャル様、ご気分が優れないようでしたら、今からでもお断りしてきますか?体調が悪いのに無理やり躍らせるなんてことはしないと思いますが…」


「…ううん、大丈夫よ。それに、おおかれ少なかれ、いずれ彼相手じゃなくてもこういう機会は来るはずなんだから…これも一つの試練だと思って乗り越えなくちゃならないのよね…うん、きっとそう。神様は乗り越えられない試練は与えないって言うし」


「ふふ、流石はシャル様。貴女のそういうところを、僕はとても好―…」


そこまで言って、アステリオの言葉が止まった。突然声が止まったものだからどうしたのかと思って振り返ると、彼は口元に腕を当てて顔を真っ赤にしているではないか。


「やだ、ちょっとアステリオ!熱でもあるんじゃないの!?大丈夫!?」


「い、いいえ…違います!これはその…うっかり口がすべってしまいそうになったというか、それがその、あまりに恥ずかしかったというか…」


そのまま口ごもってしまう。口が滑る?アステリオは何かそんなにマズイ発言をしてしまいそうになっていただろうか。先程の会話を思い出してみるが、そんな変な発言はしていなかったと思うけれど…。わたしがそんなことを考えていると、人だかりの中から藍色の髪の少年が姿を現した。それに伴って周囲にいた貴族たちがどよめき、一斉にわたしへと視線が集まる。ひえっ、滅茶苦茶注目されてる…!?途端に冷や汗が吹き出した。


「よう、シャルロット。約束通り迎えに来たぞ」


しかし当のヒューバートはまったく気にした様子もなく、あっけらかんとした調子でそんなことを言うので、わたしの顔は余計に引きつった。


「こ、これはご丁寧に、ありがとうございます…」


本当にお迎えに来ちゃったよ…。バックンバックンと心臓が嫌に音を立てる。どうしよう、本当に皆の前でダンスを披露しなくちゃならないんだ。駄目だ、足踏んじゃうかもしれない。ステップ間違えるかもしれない。ヒューバートの顔に泥を塗ってしまうかもしれない。この期に及んで流石にもう逃げたりはしないが、やはりそんな不安がぐるぐると頭の中を駆け巡っていく。少年王子も少なからずこちらの動揺を察したようで、しばらく黙った後、わたしの後ろに控えていたアステリオに向かって話しかけた。


「お前の主人を少し借りるぞ。」


「………。()()()、そういうお約束のようですので」


アステリオはわたしの後ろにいるので表情こそ見えないものの、いつものような愛想がなく、少しつっけんどんな物言いになっている気がした。それこそ、不機嫌みたいな。さっきまでは割と普通に接してくれていたのだが…今この瞬間の彼がどんな気持ちになっていたのかなんて、少女には知る由もない。ヒューバートはアステリオの顔を見るや、ピクリと僅かに眉を動かしたが、やがて口元に笑みを零し、今度はわたしの手を取った。


「そうか。じゃあ遠慮なく借りて行く」


思い切り狼狽しているわたしを連れて、彼はどんどんと広間の中央へと歩いて行く。向かいながらアステリオのほうを少しだけ振り返って見てみたが、何やら不服そうな顔をしているように見えた。…うん、やっぱり不機嫌面している。理由は分からないけど。後で理由を聞いてみようかしら。


「……ところで、ダンスが始まる前に何か俺に言っておきたいことがあるんじゃないのか」


「え゛っ…」


「お前、思い切り顔に出てるぞ。まさか隠せてると思ってたのか?」


ヒューバートは呆れたような顔をしている。見事にモロバレだったようだ。そんなに顔に出やすいのか、わたしは。分かりやすい奴だとかは前世からよく言われはしていたものの…。だが、ええい!黙っていても仕方があるまい。馬鹿にされるかもしれないし、幻滅させるかもしれないがこの際だ、言っておこう。初めに言っておいたほうが、後々嫌な思いをしなくて済むだろうし。満を持して、わたしは口を開いた。


「じ、実はその…。わたし、ダンス踊れないのです。下手なんです。絶妙過ぎるくらいに下手なんです。だからもしかしたら…、いえ。きっと、ううん、絶対に、ヒューバート様の足を踏んだり蹴ったりしてしまうと思う、のです…」


消え入りそうな声でそう言うと、彼は目を丸くしてきょとんとした顔をしてから瞬きを数回し、そして白い歯を見せて笑った。


「はは、なんだそんなことか。もっと重大なことかと思ったぞ」


「わたしにとってはかなり重大なことですが!?」


「ふーん…そうか?ステップとか、そういう難しいことは考えなくていいぞ。お前はただ、俺の動きに合わせて踊っていればいい。曲に合わせて、楽しんで踊れ」


「そ、それはそれで結構難易度高いですけど…」


「大丈夫だ。なんたって…パートナーはこの俺だぞ。俺と踊るというのに、みすみす無様なダンスになどする訳がないだろう。安心して任せておけ」


そう言って自信満々に笑う。ぐぬぬ…そんなこと言われたら何も言い返せないじゃないか。すっかり面喰って反論も出来ない。そうこうしているうちに音楽が始まる。周りの紳士淑女たちは優雅に、広間の中央を舞っていく。もうどうにでもなれ!踊りだした直後、ヒューバートは思い出したように声をあげた。


「ああそうだ。言い忘れていたが…お前には感謝してる」


「え?」


「中庭で。…お前が言ってくれた言葉が嬉しかった。だから一言、きちんと礼を言っておかなくちゃならないと思ってな」


「いえ、あんなの当然のことですよ。…流石にちょっとあの人たちにはちょっと言いすぎちゃったかなって気がしないでもないですけど…でも、言ってスッキリしました。これに懲りてもう二度とあんな酷いこと言わなくなってくれるといい…ん、ですけど…、」


歯切れの悪いわたしの言葉に、ヒューバートは返事をしなかった。残念だが、わたしも自分で言いながら、それはきっと無理だろうなと感じてはいた。……だって、ここはご都合主義の幸せな世界ではないのだ。頭の中がお花畑のような、ハッピーな世界にはならない。そもそも人の気持ちを簡単に動かせたらそう苦労などしない。今回わたしが言ったことで、確かに彼らは反論の余地がなく退散したが、だからといって心から反省しているワケではない。


それに彼らを正した所で、同じようなことを言う人はこの世の中に、いや、この会場内にもどれだけいることか。結局は鼬ごっこで、根本的な解決にはなっていないのだと思う。人の心を瞬時に入れ替えるなど、考えるだけ無謀な話だ。そんなことが出来るとしたら、それこそ神様くらいなものだろう。しばらく黙っていたヒューバートは、やがて静かに口を開いた。


「……王族としてこの世に生を受けた以上、どうしたって俺は他の王家の者や兄たちと比較され、侮辱されたりすることもあるだろう。これから先も俺の命がある限り、永遠にな」


「……」


ヒューバートはどこか遠い目をしながら独り言のように呟いた。ダンスを踊っているというのに、周りの音よりも遥かにその声は小さかったはずなのに、やけに耳に残る。若干10歳の少年王子にしてみれば、この世界は酷く窮屈で酷く残酷で、そして酷く醜いものなのかもしれない。この年でそんなことを言わせてしまうのが、わたしたちの生きる世界だ。何も言えないでいると、彼はしかし、とても柔らかな笑顔を浮かべて笑った。


「―…だが、それでもいい。俺の存在を認めてくれる奴がいるのなら、この世界もそう悪いものじゃない。信じてくれる奴が1人でもいるのなら、俺はそれだけで救われる。今日、そう思った。そう思えた。…俺には魔力がないし、そのことは隠しようのない事実だ。他のものたちの言うように王家の血筋の者である以上、それは咎められることなのかもしれない。俺自身にどうしようもない話だとしても」


彼の言うように魔力は生まれもつものだから、努力してどうこうなる問題ではない。当然のことだ。だから周囲からそのことで馬鹿にされても、ヒューバートにはどうしようもない問題なのである。周りもそのことを分かっているから、まるでそのことを欠点だとでも言うように責め立てる。そして彼もそのことが分かっているから、余計に苦しむ。


「だからこそ俺は努力しよう。全員に一度に認めさせることは無理でも、少しずつでも認めて貰えるようになれるよう。魔法が使えないのなら少しでも武芸を、知識がないのならば勉学を。お前が信じてくれた俺に恥じることのない人間になって、それを俺自身が皆に証明してみせるさ」


このまだ僅か10歳の少年は、汚いこの世界のことを、この世界の現実をしっかりと受け止めている。そして前に進もうとしている。ゲームの中ではどうしようもないワガママな俺様王子で、やりたい放題だった彼が。道を間違えなければ、より不幸な道に進むことはない。……立派だ。彼はもう、十分に立派な王子様じゃないか。わたしの推しは、立派な王子様だったんじゃないか。なんだか無性に鼻の奥がツンとした。


「はい…はい!大丈夫ですよ、ヒューバート様ならきっと。そういう強い心を持った貴方ならばきっと。保障します、わたしが全力で保障します!」


「ふ、それは頼もしいな。……だから、」


ヒューバートはそこで一旦言葉を切ると、わたしの手を取り優しく握りしめてみせた。繋がれた手は何だか熱いくらいで、彼の視線も熱がこもっているように見える。


「だからお前も見ていろよ、俺が立派な男になるまで。俺が証明してみせるその時まで」


「え、ええっと…。はい!勿論見守っていますし、応援もしますよ」


遠くからね!

遠くから、ちゃんと見守ってるわ。殺されないように、波風を立てないように、フラグをたてないように、ひっそりと、わたしもちゃんと見守っていきますよ。だからそれについては心配しないで下さい。


それにしても、あれね。ヒューバートの目が心なしか熱っぽい気がするのは、やっぱり気のせいじゃないわよね。うーん、やる気に満ち溢れるって凄いわ。だって目力で伝わってくるもの!


……少年王子の本当の想いが伝わっていないことを、彼女は気付かない。いや、むしろ全力で気付いていない。引くほどに気付いていない。


「ところで、ヒューバート様とダンスをご希望されていた御令嬢方とは、もう踊り終えたのですか?」


「ん?あぁ…。お前が支度をしている間に全て終わらせた。誘いを無碍にも出来ないからな。それに、エドモンドが今回のダンスの相手の中から婚約者を決めるとかで騒いでいるから、とりあえず全員と踊っておくようにと口酸っぱく言われてるんだ」


「こっ…!コンヤクシャ!?」


「なんだ、そんなに驚くことか?」


わたしが驚愕の声をあげると、ヒューバートは意外そうな顔をした。そりゃそうだわ!!!婚約相手の話などすっかり忘れていたが、言われてみれば確かに忠実でのシャルロットはこの第三王子生誕パーティーの席で、彼と正式な婚約者になっていたはずだ。どこでどういうイベントが起こってそうなったのか、マージナル・ラヴァーズの記憶を思い出してみようとしてみたものの、流石に本編とあまり関係のないヒューバートと悪役令嬢(シャルロット)の出会いについては端折られた部分もあったので分からない。


ヒューバートが直接シャルロットを指名した感じではなかったのだと思うし(何より忠実でのシャルロットは彼が婚約相手と発覚した時点で本人を前に大っぴらに不満を漏らしているし)、とすれば、大方「公爵家の令嬢」という肩書に納得した王家の人間が勝手に話を進めたに違いない。忠実のシャルロットは性格に問題こそあるものの、公爵令嬢としてのスキルは今のわたしよりも遥かにあったのだと思うし。それこそ、立派なご令嬢だったのだろう。確かに、言われてみれば先程からエドモンド卿が鋭い眼差しでこちらを見ている気がする…あわわ…これは完全に品定めされている目だ…!


「い、いえ、まぁ…そりゃあ驚くし、気にもなります。だって、ヒューバート様の婚約者を今日決めるってことですよね。かなり重大なことじゃないですか。どこのご令嬢が選ばれるのか、って、皆注目しますよ」


「注目されるのが嫌だと言わんばかりだな、お前の言い方だと」


「わたしのあくまで個人的な意見で言うと、あまり好きじゃないです。注目されるのとか目立つのとか、本当に苦手なので。出来るだけひっそりと、ゆっくりと、マイペースに過ごして行きたいし…それに、やりたいこともまだ沢山ありますし。わたしだったら出来れば結婚とかそういうことはまだ考えたくないかなぁ…って。それに死亡フラグが、」


「しぼうふらぐ?」


「ああっ!?いや、あのっ、違います、というか、わたしの意見なんて今回の件になんら関係ない話でしょうし、世のご令嬢はヒューバート様の婚約者に指名されたらそりゃもう、泣いて喜ぶに違いないと思いますよ!!!」


あ…危ない!うっかり死亡フラグとか口走ってしまったじゃない…慌てて話題を逸らした。わたしの口から発せられた謎のワードにいぶかしげな顔をしたものの、ヒューバートは終始真面目な顔をしてわたしの独り言のような言葉を聞いていた。


「一般的な女は、か。……まぁ、お前がそうじゃないのなら意味ないな」


そう、真っ当なご令嬢だったら喜ぶこと必死だ。第三王子の婚約者、だなんて、かなりの優良物件だと思うし。それで晴れて結ばれれば、将来の安泰は約束されたようなものだろう。きっとそれがこの世界での”普通の女性”の幸せな生涯への道なのだろうが…。あいにく、わたしはその道は死亡フラグに通じる恐怖でしかないので御免被る。最後のほうに何かぼそっとヒューバートが呟いていた気もするが、こちらはこちらで別のことを考えていたので聞き逃してしまった。


「―…ところで、ダンスももうすぐ終わるぞ」


「へ…っ、あ、本当ですね。わたし、初めて一曲踊り切れます…!」


「はぁ!?これが初めて?…いや流石に嘘だろ…」


ヒューバートが呆れたような声をあげた。気がつけば曲も終盤に差し掛かっていたようだ。話に夢中になっていてダンスのことなどすっかり頭から抜けてしまっていたはずなのだが…なんと、驚くべきことに、確かにヒューバートの言うように、彼の動きに合わせて踊っているとすんなりと踊ることが出来た。今まで散々なダンスしか踊れていなかったわたしが、なんとか一曲全て踊りきることが出来たのである。


「凄―い…!わー、わー!嬉しいです!これでようやくダンス講師とお母様に面目が立ちます…!ふふ、ヒューバート様のお陰ですよ。ありがとうございます!」


興奮しながら目をキラキラさせて彼の両手を握ってお礼を言うと、ヒューバートは動揺気味にこちらの顔と握られた手とを交互に見て、それからゆっくりと視線を逸らした。


「……ま、まぁ、な。俺はダンス得意だし、そもそもダンスってのはエスコートの仕方だけでも随分変わるんだ。……その、なんだ…お前となら、俺はもう一曲踊ってもいいが…」


「ねぇ!アステリオ!!!見てた!?わたし一曲踊り切ったのよ!凄いでしょう!!!」


ヒューバートが返事をするよりも先に、シャルロットは執事の元へと駆け寄ると、まるで初めてかけっこで一等をとった幼子のように報告していた。呆気にとられるヒューバートと、そしてシャルロットの報告を聞きながら、なぜか得意げな顔をして彼の方を見やるアステリオ。バチバチと、謎の火花が自分の頭上で飛び交っていることを、興奮している当のシャルロットはまったく気付いてはいない。


これは大事件よ!みんな聞いて!わたし、シャルロットはダンスが踊れるようになったわ!心の中で大きくガッツポーズをした。優雅な音楽に乗せて、静かに夜は更けて行く…。


お待たせ致しました。

10月に入り、すっかり秋の気配になってきましたね。

ひと段落のヒューバートとの出会い編、お楽しみ頂ければ幸いです^^

余談ですが「登場人物」のページを更新しまして、キャラのプロフィールの更新を含め、その他ヒューバートの自作イラストも追加しました。相変わらずの雑&低クオリティなイラストですが、もしご興味がありましたら覗いてみて下さいね(*^^*)詳細は活動報告にて~!ではでは、また次回お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ