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ああ神よ。

なぜ貴方はわたしにこのような試練ばかり授けるのですか?

悪役令嬢などという大変不名誉な転生を遂げ、なんとか平穏に生きるべく、なるべくフラグをへし折ろうと奔走しているわたしに、なぜ、いつもこのような無慈悲な…。


「…いや、なんだ、その…悪かったな」


中庭の芝生の上に座り込んで頭の上に出来たタンコブをさすりながら涙目になっていると、頭上から気まずそうな声が降ってきた。声の主は勿論ヒューバートである。


実はあの直後、こちらの顔を見て驚いたヒューバートは咄嗟に近くに転がっていた棒きれでシャルロットの頭をぶったたいてきたのである。やりすぎ、と思う人もいるかもしれないが、彼の立場になって考えてみても欲しい。暗がりの中で突然恐ろしい顔をした少女と目があったのだ。魔女か何かだと勘違いして錯乱してもおかしい話ではない。


しかしまぁ、彼がダンスパーティー用の装いに着替えていたため、帯剣していなかったことが唯一の救いだった。もし仮に普段の格好をしていたとしたら、鋭い剣で刺されて「悪役令嬢シャルロット・ランヴィアの生涯~ジ・エンド~」になっているところだったわ…。考えただけで血の気が引いていく。そう考えると頭の上のタンコブ程度で済んだのだから、それこそ儲けものだと思わなくてはなるまい。


「だが、まさかこんなところにどこぞの令嬢がいるとは誰も思わないだろ。しかも隠れてやり過ごそうとするし、あれじゃ不審者と思われて当然だ」


「はあ、まぁ、その、本当にそのことに至っては弁明の余地もありません」


「とりえず顔を拭け。その顔じゃまるで魔女か何かみたいだぞ」


「ウッ…はい、申し訳ございません…お借りします。必ず後で綺麗にしてお返しします…」


「別にハンカチくらい返さなくて良い。それはお前にくれてやる」


10歳の少年に正論で叱られる精神年齢28歳の独身OLの図である。ううん、虚しい。これまた高級そうなハンカチを差し出されて、何度も頭を下げながら受け取った。…あれま、いい匂いがする。このご時世、柔軟剤なんてないだろうに、なんでこんなにいい匂いがするんだろう。しばしの沈黙の後、先に口を開いたのはヒューバートのほうだった。


「…まぁ、俺も驚いて叩いてしまったのは悪かった。血、出たりしてないか?」


「あ、はい大丈夫ですよ。こんなの、ツバでも付けとけば放っておいても治るので!」


ヘラッと笑いながら言ってから、自分の発言をしくじったことに気付いたが、時すでに遅し。目の前のヒューバートは驚愕の表情を浮かべて、(若干引き気味に)こちらを怪訝そうに眺めている。


…う、うああああああああああ!!!間違ったぁぁぁあ!!!わたしは内心頭を抱えた。今のわたしは公爵令嬢シャルロット。超絶庶民育ちの独身アラサーOLではないのだ。間違ってもそんな台詞言ってはならなかった。唾でもつけときゃ治るぜ…とか、どこぞの戦士の台詞だよ。戦い慣れした猛者かよ!公爵令嬢が言わない台詞No1だよ!!!ああもう、穴があったら入りたい…。


「あっ、あああ…あの、その違います…これはその…自己責任でもあるので、だからその、とにかくあの、ヒューバート様がお気になさることではないということを言いたくて…あああ…」


しどろもどろ、なんとか言い訳をしようとするが、どもってしまって上手く言葉に出来ない。あああ、もう死んだ。最悪だ…。こんなのヒューバートはドン引きしているに違いない。しかもこの一連の騒動のせいで、せっかく着替えてきたであろう彼の衣装も汚れてしまっているし、もしかしたらこの頭のおかしな令嬢のせいで台無しになった、とか因縁付けられてしまうかもしれない。高級そうな生地で出来た彼の衣装は、おそらく、この一着だけで高級家具が買えてしまうであろうものだ。わたしがこの短時間で色々な事態を想定して脳をフル回転させていると、突然目の前のヒューバートが噴き出して笑った。


「はは、何だその言い方。まるで歴戦の猛者みたいな言い方するんだな、お前。本当に令嬢なのか?おかしな奴だな」


初めて見せた彼の年相応の少年らしい笑顔に、少なからず驚いた。


「隣、座るぞ」


「ええっ!?お、お召し物が汚れます…!」


更に汚れがついてしまうじゃないか!すでに大変な惨事になっているわたしの格好はもう仕方がないとはいえ、ヒューバートはこれからダンスが控えているではないか。これ以上汚れがつくようなことをさせるわけにはいかない。わたしが慌ててそう言うと、ヒューバートは白い歯を見せて笑った。


「気にするな。転んだとでも言えばいい」


ストン、と隣に座った彼はそのまま黙って空を見上げた。その横顔をチラリと盗み見る。尊い推しのショタ時代の顔だ。こんな間近で見ることが出来るとは思わなんだ。こんな状況でもこんなこと考える余裕がどこかにあるのだから、自分でも不思議だ。ヒューバートは思ったよりもかなり気さくな人物だったからなのかもしれない。こんな彼が数年後、あんなワガママ放題の俺様になるとは思えないのだが…。


「あ、あのう…そういえば、パーティー会場に戻らなくていいのですか…?」


「ん?ああ…いい。別に、誰も本音では俺のことなんて気にしてないからな」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が痛んだ。ヒューバートは分かっているのだ。この年で、大人たちの笑顔の裏に隠れている本音を。汚い大人たちの言葉を、彼はもう理解しているのだ。スッと目を細めた彼の横顔はどこか寂しそうで、まるで捨てられた子犬みたいな顔をしているように思えた。なんて、酷い…。わたしは思わず手を出そうとしたところで―…すんでのところで踏みとどまった。行き場のなくなった手で慌てて自分の頬をひっぱたいて律する。


(あ…っぶな!何気安く頭撫でようとしてるんだわたし!相手は王子様、しかも忠実のシャルロットとは因縁すらあるヒューバートなんだから!不用意に接触するのは絶対にNGだって、分かってるでしょうがまったく!)


「…お、おいどうした。大丈夫か本当に」


「はへっ!?あ、ははは、だ、大丈夫です。お気になさらず…」


おほほ、と口元に手を当てて誤魔化したが、ヒューバートは不思議なものでも見るかのような視線を容赦なく浴びせてくる。うっ、この視線が辛いわ…!しばらくの沈黙が流れる。そよそよと草花を揺らす夜風に身を委ねていると、そういえば、とヒューバートが声をあげた。


「まだお前の名前聞いてなかったな。名は?」


「ええっと…はい、シャルロットです。シャルロット・ランヴィア」


「そうか、それで…お前はなんでこんな所にいたんだ?」


…やっぱりその質問来ますよね。

わたしはなんと答えるか迷っていた。正直に言えばダンスが嫌で出てきたのだが―…今名乗った時点で、わたしがランヴィア家の令嬢だということがバレてしまった。お母様が事前に第三王子の教育係であるエドモンド卿に、娘とヒューバート様とのダンスを」、と約束してしまっている。つまり、彼の耳に既にそのことは入っているのだ。


とすれば、今ここで迂闊に「ダンスが嫌だったのです」と言ってしまうのは非常に良くない。なぜなら、イコール「貴方とダンスするのが嫌だったからです」と本人を目の前にして言ってしまうのと同じ意味になってしまう。散々迷った挙句、わたしは無難な返答を導き出した。


「あ…その、気分が悪くなってしまって。それで外の空気でも吸えば少しは気が楽になるかと思いまして…それでお散歩を…」


あながち嘘でもないし!

この答えならば彼の逆鱗に触れることも、プライドを傷つけることもないだろう。


「…そうか。俺と同じだな。お前、シャルロットと言ったか」


「は、はい!」


「そういえばエドモンドから聞いていた気がする。ランヴィア家の令嬢ともダンスをするようにと」


うわっ、やっぱり既にお耳に入っていましたか!危ない所だった…。自分の咄嗟の機転の良さに改めて称賛の拍手を送りたい気持ちになった。うっかりダンスが嫌で…とか言っていたら、今頃どんなことになっていたか…。考えただけでぞっとするわ…。


「あ、あのう…それは母が勝手に言いだしたことですので、御断り頂いても構わないですよ…?ヒューバート様もご気分が優れないと先程仰っておられましたし…」


むしろそうして貰えると助かるのですが、と続く言葉が喉まで出かかっていたのだが、慌てて飲み込んだ。しかしそこで誰かの話声が聞こえてきたかと思うと、ヒューバートは急いでわたしの口元を手で塞いでかなり密着した状態で姿勢を低くした。外廊下を誰かが歩いてくる靴音がする。靴音から考えるに、おそらく複数名いるのだろう。あまりに突然のことに目を白黒させていると、耳元で静かにヒューバートが囁く。


「…悪いが少し静かにしていてくれ。もしかしたら俺を探しに来た側近たちかもしれない。ここで見つかるのはあまり良くないからな…」


(そ、それよりも耳元で囁かないで――――!!!!)


心臓がバクバク音を立てているのが嫌でも分かる。恥ずかしい話だが、前世でもこんなに異性と密着したことはないのだ。まさかこんな乙女ゲームでよく見かけるイベントスチルみたいなのが、自分の身に起こるなんて思わなかったぞ!!!1人でうろたえるわたしをよそに、ヒューバートは近くで交わされる会話に耳を澄ませていた。


「まぁしかし、第三王子ももう10歳になりましたか。早いものですなぁ」


「本当に。あのお方は王族としての威厳はある方ではあるのですが、如何せん、まったく魔法の才能がない方ですからな」


「ふむ…せめて愛妾の子などではなければこうはならなかったでしょうに」


「兄である第一王子や第二王子たちは大変優秀な才能をお持ちの方々ですからな、どちらの王子についておくべきか、わたしたちも身の振り方を考えておかねばなりませんね」


「ははは、実にその通り。まぁ…第三王子には愛想さえよくしておけば良いでしょう。真面目に相手をする必要はありませんよ。どうせ彼には王位継承権など周ってきませんでしょうし」


「そうですな。”()()()()()()()()”には、早々に王位継承争いから御退場願わねば」


談笑しながら通り過ぎ行く男たちは、おそらく今回のパーティーに招かれた招待客だろう。酷い言いようだった。口元を塞がれながらヒューバートの顔を見てみれば、悲痛な顔をしていた。黙ってはいるが唇を強く噛みしめているし、何より、その小さい体が震えていた。


今年10歳になった、否、今日、誕生日を迎えた少年にこんな話を聞かせるなんて、なんて酷い世界だ。なんて酷い、大人たちだ。少年の頃から大人たちのこんな汚い一面を、こんな汚い言葉を延々と聞かせられていたら、そりゃグレたくもなるわ。そりゃ、周りを信じられなくて反発したくもなるわ。大体、彼が出来損ないだなんて誰が決めたんだ。大人たちの勝手な匙加減でこの少年王子が傷つけられていくのを、黙って見てはいらなかった。なにより、彼にこんな辛い表情をさせる大人たちが、許せなかった。


「……あったまきた」


「え、おい!」


フツフツと頭の中の脳みそが、まるで沸騰しているみたいに熱い。俗にこれを「頭に血が上っている」と言うのだろうが、今のわたしはまさにその状態だった。ボソリと呟くと、わたしは驚くヒューバートをよそに立ちあがって、勢いよく先程の大人たちの前に躍り出た。白い髭をこしらえたヒョロ長い男性と、その横にはちょび髭を生やした男性。どこぞの貴族なのだろうが、そんなこと今は関係ない。


「おや?こんな所でいかがなさいましたかな?迷子にでもなられましたかな、小さなレディ」


「……撤回して下さい」


化粧も落ちて頭もボサボサ、すっかり汚れてしまったドレスに身を包んだわたしの姿に、男性たちは顔を見合わせて怪訝そうな顔をした。しかしそんな彼らなど目もくれず、わたしは声を張り上げた。


「先程、あなたがたが言った第三王子への侮辱の言葉の数々、撤回して下さい!…魔法の才能がないからなんだと言うのです。王に必要なことは、いかに民を思い、いかに国を大切にすることが出来るかではないですか!愛妾の子だからなんだというんです。彼は国王陛下の血を引いた、立派な王位継承権を持つ第三王子なのです。彼を侮辱すること即ち、現王や同じく血を引く第一王子や第二王子だけでなく…王家全体を侮辱していることと同じです。それでもなお、まだ彼を侮辱するおつもりですか!」


まくしたてるように言いきってから、ゼーハーと肩で息をする。言い終わってから、やばい、言いすぎたと思ったものの、言ってしまったものは仕方がない。背中を変な汗が伝っていくが、それでもこの状況を見ないフリ聞かなかったフリをしてしまうよりかは、よっぽどマシだ。


「…ヒューバート。今は辛くとも、いずれ貴方もきっと、貴方自身を認め信頼してくれる人に出会えるわ。必ず。貴方を信じ、傍にいてくれる…そんな人が」


ヒューバートは目を見開いた。いつか、あの部屋で、祖母の言った言葉が少年の頭の中に響く。……ああ、そうか。こんな世界、大嫌いだと思っていたけれど、それでも、まだ。


瞳から、大粒の涙がこぼれた。


大人って汚いですよね。

そういうわたしもいい大人です。

汚い大人になりたくないけど、知らず知らずに汚れていってしまっている気がして切ない…。

今週末あたりにまた続きを更新出来たないいなと思っておりますので、どうぞお楽しみに!

そして応援のお言葉やブクマ、本当にありがとうございます(*^^*)

活動報告も久々に書いてみましたので、興味のある方はご確認ください^^

(※なんてことない、ただの作者の独り言だらけですが…;)

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