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「おお…順調に大きくなっているわね」


薔薇の成長は順調だ。

朝食前、散歩がてらに中庭に来ていたわたしは目の前に広がる薔薇を見ながら満足げに頷いた。パウロが綺麗に整え、なおかつ毎日世話をしてくれているので成長はとても良好。わたしはスカートの裾に土がつかないように注意しながら腰を下ろして、まだ成長途中の薔薇の苗を眺める。


パウロに聞いてみたところ、秋薔薇は特に春咲きの薔薇に比べて発色が綺麗で香り高いという。ここにある苗が全て咲き誇ったら、それは壮観だろう。そして薔薇の香りを楽しみながらのお茶会!これがまた楽しみなのである。(むしろこっちがわたしにとってはメイン)


ニヤニヤと薔薇を眺めながらそんなことを考えていると、アマンダの声がした。どうやら朝食の準備が出来たらしい。わたしは返事を返すと立ちあがって小走りに食堂へ向かった。風に吹かれた薔薇の苗木が、まるで笑っているみたいに揺れる。―…今日も快晴だ。



シェフ特製のふわふわ卵のオムレツにナイフを入れると、中からひき肉と飴色玉ねぎが出てくる。このオムレツが堪らなく美味しいのだ。悪役令嬢としてのシャルロットは勿論この食事をなんとも思わないで食べていたはずなのだが、超絶庶民だった前世の記憶が戻って以来、何を食べても美味しすぎて泣けてくる。


とりわけ好きなのが手作りパンだ。毎朝違ったパンが出てくるのだが、その中でも群を抜いて好きなのがクロワッサンである。今朝の朝食はちょうどクロワッサンだったので、わたしは嬉々として遠慮なく頬張っている。パリッとした何重にもなった層に、中はふっくらしっとり。高級なバターを使用しているので味わいは風味豊かでコクがある。ランヴィア家のシェフ陣は皆かなりの凄腕なのだ。これは美味しいものには目がないお父様の意向らしく、元々王家で働いていた者や有名なレストランで料理長をしていた者など、華々しい経歴の人たちらしい。


「シャル様、パンのおかわりをお持ちしました」


勢いで食べてしまったので皿の上にあったパンがすっかりなくなってしまった頃、素晴らしいタイミングで現われたのはアステリオだ。バスケットには焼き立ての香ばしい香りのするクロワッサンが入っている。わたしは待ってましたとばかりに表情を綻ばせると、空になった皿をスッと前に出した。


「失礼致します。いつものようにお2つでよろしいですか?」


「ええ!ありがとう」


わたしが笑顔で答えるとアステリオは銀色の煌めくトングでクロワッサンを丁寧に掴みあげる。わたしは朝食のパンは大抵おかわりをするのだが、クロワッサンの時はいつも多めに2個貰っているので、既にそのことを周知済みの彼は慣れた様子で皿の上に2つ置いてくれた。ああっ、このバターの香りよ…もう最高!食欲をそそるにもほどがあるわ!わたしはアステリオにお礼を言ってからパンを頬張った。


「ではシャル様、また必要であればお声掛けください」


少し控えめな笑顔でそう言ってアステリオは下がった。

…さて、先程のやり取りで気付いた方はいるだろうか。


彼の、わたしに対する呼び方である。


実はアステリオを泣かせてしまった事件以降、わたしは彼にこうお願いしたのだ。「出来れば普通のお友達のように接して欲しい」と。とはいえ相手は執事でこちらはその主人になるわけだし、突然友達のように接しろというのも無理がある。なのでせめて呼び方だけでも堅苦しいものではなくして欲しいとお願いしたのだ。それは数日前に遡る。


「え…呼び方、ですか…?」


「ええ、そうよ。お嬢様、とか呼ばれるとどうもこう…ムズ痒いというか堅苦しいというか…。ともかく、なんだかあまり好きではないのよ」


午後のティータイムに紅茶とお菓子を運んできてくれたアステリオに対してわたしはそう声をかけた。とりあえず思い切り狼狽している彼を椅子に座らせて、わたしはベッドに腰掛ける。お嬢様、とか呼ばれるのはどうにも慣れないし、出来れば愛称で呼んで貰いたい。わたしだって仲の良い子のことは愛称で呼んでいたし、逆にこちらも愛称で呼ばれていたし。


「だからね、これからわたしのことは”シャル”と呼んで欲しいの」


「お、お嬢様をそのように気安くお呼びするなんて出来ません…!」


「そう言わないで、お願いよ。それにね、わたしたちはこれからも一緒に生活していくことになるわけでしょう?せっかく仲良くなったんだもの、もう少しフランクにお話ししたりしたいわ!」


そう言った瞬間、アステリオの顔が真っ赤になる。それも火が出るんじゃないかってぐらい真っ赤だし、耳まで赤い。えっ、あれ?わたしおかしなこと言った?ハッとしたアステリオは動揺しながらも、やや上ずった声で答える。


「そ、それは勿論、僕も、出来ることなら、お嬢様のお傍に…ず、ずっとお仕えしたい、と思っていますが…」


「ふふっ、じゃあ決まりね!わたしのことは今から”シャル”と呼ぶのよ」


「ええ!?そっ、そんな急に…」


「ヘイ!say”シャル”!!!」


「え、あ…ぅ、…。シャ、シャル、様?」


まぁそんなこんなで、(半ば強制的に言わせた感が凄い気もするが)とりあえず愛称で呼ばせることには成功したので良しとしておこう。しかし真っ赤になってうろたえるアステリオもまた可愛らしくてほっこりしてしまう。うーん、この上目遣いも堪らなく可愛いのよね。罪作りな子だわ~。実際、彼に名前で呼んで貰えることもかなり嬉しいし。わたしは前世では一人っ子だったから、ずっと弟か妹が欲しかったのよね。なんだか今は可愛い弟が出来たみたいでやたらとテンションがあがるわ!


あの事件から一週間が過ぎたが、最初は呼び方がたどたどしかったものだが流石は優秀な執事。気付けば違和感なくすんなりと愛称呼びをしてくれるようになった。それにあの事件以来、アステリオのほうも心を開いてくれるようになったので、ティータイムの時間などにお菓子の話や花の話など、他愛のない会話も出来るようになった。これもまた嬉しいことだ。


「―…ちゃん、シャルロットちゃん。聞いているの?」


「ふぁい?」


視界の端に映る美少年の姿を拝みながらクロワッサンを頬張っていると、突然お母様の声がした。あ、やばい。完全に聞いてなかった…。慌てて彼女のほうに目を向けると、少しむくれ顔をしている不満げなお母様の姿が目に入った。


「シャルロットちゃんたら、わたしがお話してるのに聞いてなかったの~?」


「え、あ、あはは…申し訳ありませんお母様。ついパンに夢中になってしまって…」


我ながらとんだ食いしん坊な言いわけである。呆気に取られるお母様の隣ではお父様は苦笑しながらティーカップを手にして、優雅に食後の一服を嗜んでいる。


「だからね、シャルロットちゃんももう10歳になったことだし、そろそろ社交界のマナーとかもきちんと身につけるべきだと思うのよ~。それに14歳になったら王宮での社交界デビューもあるし、ダンスも覚えなきゃならないわぁ」


お母様の口からとんでもない発言が飛び出す。

しゃ…社交界デビュー…だと!?あまりにも衝撃的な言葉に、思わず食べかけだったパンを皿の上に落としてしまった。そうだ…。確かに記憶を思い出して以来は死亡フラグのほうに気を取られ過ぎていたが、こんなのでもわたしは公爵家のご令嬢。立場的にはかなり身分の高い貴族に値する。となれば当然、テーブルマナーだけでなく社交界でのマナーやダンスなど、専門知識等も必要になってくるわけだ。


だが前世では28歳といういい大人だったわたしだが、自慢じゃないがテーブルマナーなんてよく知らないし、ダンスなんてもってのほかだ!ナイフやフォークを使うのだって、近所のファミレスでハンバーグを食べる時に使うくらいのものだったし。高級なレストランで食事をしたこともないわたしが、今から大量のマナーを覚えなくてはならないなんて…。うっぷ、考えただけで顔面蒼白になりそう…。しかしそんなわたしに構わずにお母様はいつものマイペースで続ける。


「あら、そういえばあと2週間後に第三王子のヒューバート様の生誕記念パーティもあるんだったわねぇ…。ああ、そうだわ、最初はわたしだけが行く予定だったのだけれど、シャルロットちゃんも一緒に行ってみましょうね。ふふ、名案でしょう?」


「へぁっ!?」


ほんわかスマイルのままとんでもないことを言ったぞこの人!

おかげで変な声を出してしまったじゃないか。…しかも。しかもだ。ただのパーティならまだマシだが、先程お母様は「第三王子のヒューバート」と言った。この名前には大変、聞き覚えがある。なぜって、第三王子ヒューバートといえば、乙女ゲーム「マージナル・ラヴァーズ」の攻略対象のうちの1人じゃないですか!?


―…いやいやいや!勘弁してくれよマイマザー。こんなところで何の前触れもナシに死亡フラグの1人とまた対面をしろというのか。みるみる血の気が引いていく。


「ね、いいわよね、貴方。わたしもついていれば危険もないでしょうし。」


ちょっと待って!お父様、ヤメテ、止めて、お母様の暴走を止めて!!!

わたしはそれはマズイとお父様のほうに必死に視線を送って合図したのだが、彼は紅茶を一口飲んでしばらく何事か考えてから、やがてにっこりと綺麗な笑顔をしてこう言ったのだ。「ああ、名案だな。」と。


この野郎!裏切りやがったなお父様!!!呪ってやる―――!!!!


「というわけで、シャルロットちゃんもパーティに参加してみましょうね」


「え、えええぇ…い、いやでもお母様?わたしまだ全然マナーとか覚えられていないですし、それに、そのやっぱりそんな所に今のわたしが出て行くのはランヴィア家の恥を晒してしまうかもしれないですし、えっと、あの」


「参加、」


色々と理由をつけて必死に行かない方に軌道修正をかけようとしたのだが、わたしの言葉を遮ってお母様の鋭い声が飛ぶ。いつもはふわふわしているのに、この鋭さはなんだ。―…ゴクリ。下を向いたままなのでお母様の表情は分からない。ただし、何かすご~く嫌な悪寒が背中を伝うぞ。十分に間を置いて、お母様はそれそれは素敵な笑顔で顔をあげた。


「しましょうね?()()()()()()()()()()


「ひえっ!……は、はい…」


ただし、背後には阿修羅のごとく恐ろしい何かが見えた気がする…。

口答えを出来る状況ではなかった。必死の抵抗も虚しく、わたしは小さく悲鳴を上げて蛇に睨まれた蛙よろしく動けずに、萎縮して出来るだけ小さくなるより他なかった。こうしてわたしは死亡フラグの1人である第三王子の誕生パーティーに参加することになってしまったのである…。



***



朝食を済ませたわたしは物凄い早さで自室へと走った。ワンピースドレスなんてなんのその。後ろのほうで聞こえた「はしたないわぁ!」と言うお母様の声もなんのその。そんなことよりも、今のわたしにはしなくてはならないことがあった。ドアノブを開けて一目散に部屋に飛び込み、真っ先に机の引き出しの中に閉まってある一冊のノートを広げる。表紙には「マージナル・ラヴァーズ」について。


わたしは血眼になって肝心のページを探す。そしてその名前を見つけ、ページをめくる手を止めた。


―…ヒューバート・ファリドナ。年はゲーム内では主人公と同じく16歳で、魔法学園の新入生として出会う。彼はファリドナ王家の第三王子で、しかもゆくゆくは親同士の決定により悪役令嬢シャルロットの婚約者となる人物だ。藍色の外はねの髪をした美青年で、左目の下に泣きボクロがある。彼の生い立ちはまた不運なもので、彼には生まれつき「魔力」そのものが存在しなかった。第一王子や第二王子たちはどちらも優れた魔法の才能を持っているのに対し、彼には魔法が扱えない。加えて彼だけが愛妾の子だったこともあり、周囲からは冷たくあしらわれ続けたことで、元の性格からさらに歪んで、自己中心的で俺様なワガママ男子に育ってしまう。


そして当然、そんな彼がシャルロットの婚約者となったものの、うまくいくはずもなく。婚約者になるという話を聞いたシャルロットは彼に対して「王位継承権もなく魔法も扱えない出来そこないが婚約者になるなんて!」と、とんでもない言葉を言い放ったという過去話もある。そんな感じで2人の仲はいつだって険悪だった。否が応でもわたしは、またしても死亡フラグまっしぐらになるわけだ。


口から泡を吹いて倒れそうになるのをこらえながら、わたしは椅子に力なく座り込む。


…やたらと詳しいなって?そりゃそうだ。

なぜなら、この第三王子ヒューバートは、わたしが前世でプレイしたゲームで唯一攻略したことのあるキャラクターだったのだから!!!


「ああ…もう死にそう…」


思わず白目をむきそうだ。波乱の予感しかしない。一難去って、また一難とはまさにこのこと。わたしはそのまま机の上に突っ伏すのだった…。


さて、次回からいよいよ新キャラ登場してきます。

じわじわ、攻略対象キャラクターたちも出てくる予定です^^

次回更新については「活動報告」にてお知らせしていますので、ご一読下さいませ(´ω`*)


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