7th shot
「ごじゅうろぉぉぉク、ごじゅうしぃぃぃチ」
「あ、ライフルマン」
ひょこひょこと近寄って僕の名前を呼ぶのは数日前に助けた少女ことクルだった。
「なにしてんのー?」
「訓練ダ」
僕は今、正確に言うと腕立て伏せをしている。12.7mmの相棒を撃つときに体力と筋力の少なさが露骨に出たからだ。
ただ、はた目からみると腫れた顔の男が上半身裸で腰やら足やらをガクガクさせているのだから気持ち悪いことこの上ない。しかも村長の家の庭でやってるし余計だ。
「ごじゅうきゅぅぅぅウ。上に座るカ?」
「私はいいや。汗で汚いし」
「汚ッ!?」
ちょっとショックだ。
「そういやなんでここニ?」
中味のない会話もほどほどに僕が本題を切り出すと、クルはいきなり言いづらそうにモジモジしだした。
「あ、あの、まだお礼もちゃんと言ってなかったかなって」
「お礼?」
「うん。
えっと、私を助けてくれて、それで村を助けてくれてありがと」
もう前日に起きたことを知っているのか。
だが僕がこの村を救ったのは善意ではなく金だ。
僕はどちらかというと確実に悪い人間だから感謝されるいわれもないし、勿論大剣で脅迫されてでもない。
「前者はありがたく頂戴するガ、村は金をもらってるから気にするナ。
というか一応君は僕の依頼主なんだかラ」
そういわれてもクルはピンと来ていないようだ。
まあ彼女もクロエと似た可愛らしい顔立ちにシャルルのような綺麗なブロンドの愛らしい女性だ。今のうちにツバを付けておいてもいいか。
「どうしてもっていうなラ生娘辞めてから頼むヨ」
「はっ!?」
そういうと彼女は顔を真っ赤にして殴りかかってくるので、いつもの平たい魚みたいな形の相棒を呼び出しハンドガードでゴチンとクルの額を軽く叩く。
するとなんとなく寒気がした。
ピンと来たので僕は少女に一声かけてから全力で遁走する。
「シャルルが来たら足止めよろしくネ!」
すると幾らか遅れて女の野太い叫び声が聞こえてきた。
「ライフルマーン!
アイツ、ベッドに縛っておいたのに脱走しやがった!!」
×××
僕は今森の中で目当ての場所に向けて歩を進めている。
これでしばらく落ち着けるだろう。
と言うのも、昨晩デカいオークを討伐した後、僕は村長の家の客人用ベッドにロープでくくりつけられてしまったのだ。
どうにも昨日の朝に僕が跳ね起きたのが原因らしく、いくら説得しても聞いてはくれなかった。
そこでサプレッサーをこっそり解放し、弾丸で縄を切った訳だが、気付けばすることがない。
そこで筋トレに励んでいた、という訳だ。
あの時クロエが余計なことを言わなければこんなことにはならなかったはずだ。シャルルも責任を感じ無理に休ませようとして、結果僕の捕縛へ走ったのかもしれない。
そんな風に僕が色々考えていると物音が後方から聞こえてきた。
しかしすぐに音が止んだことから動物ではなさそうだ。
昨日狩り損ねたオークといったところか。
さて、ここで銃を撃てること以外ただの一般人である僕が唯一誇る特技を使おう。
『おイ。ぼかぁオーク語も話せるゾ。
対話を望むなら大人しく出てこイ』
そう、僕はオーク語を話せる。
ついでにエルフ語にドワーフ語に、あと妖精語、ゴブリン語にドラゴン語もいける。
様々な地域を渡り歩いてきたから色んな言語を話せるのだ。
ちなみに一番キツかったのはドワーフの集落。あそこは馬鹿みたいに酒を飲ませてくるから二日酔いでまともに銃も撃てなくなる。
だが、僕の問いかけにも反応は無かった。
もしオークでなかったとしても声を掛けられたのなら居場所がバレていることくらい分かるハズだ。
『ハァ。撃つゾ』
そこまで言ったところで緑色の巨躯が草むらから現れた。
両手を上げていることからして警戒をする必要はないだろう。
『スマン!待ってくれ!
俺は対話を望む!』
『・・・何故最初から出なかっタ?』
『いや、発音が変だったのと、人間が俺たちの言葉を話せるなんて思わなかったから』
まあそりゃそうだ。
僕は殺気を収めると、ちょいちょいと手招きする。
『で、何の用ダ?』
そう尋ねて事情を聞くも、その実僕が予想していた通り、ある種の強盗団だったらしい。
それで団員の一人が村を襲撃したら失敗したっていうんでそいつを可愛がっていた幹部が部下を引き連れここまできたと。
その団員っていうのが狩り損ねたオークで、幹部があのデカかった奴だな。
『やつらはそもそも報復に反対だった団員を強引に連れてきたからな。
それでけしかけた団員15名を失ったとあっちゃ、もう幹部には戻れん。
それで最後に半ばやけくそに攻撃をしかけたんだ。
いやがるアイツを引っ張ってな』
『ほウ。あの時のオークは嫌がってたのカ。
てっきりソイツも僕にキレていたのかト』
『おいおい、俺たちゃ腐ってもオークだぜ?
強者にやられるのは誉れだ。無駄死にだとあんまりよろしくねえがな』
なるほど。大体筋が読めてきた。
僕が狩り逃した奴は僕に怒っていた訳でもないのに幹部がキレちゃって、それに付き合わされて僕に殺されたと。
なんだか僕が狩ったやつらが全員不憫に思えてきたぞ。
『で、アンタは何してたんダ?』
『引き下がるから追撃すんなっていう交渉役だ。
片言ならこの辺の言葉も話せるからな。
んでどうやって人間どもに近づこうかと考えてたらこれだ』
『じゃあまあ気にしなくてもいいんじゃネ?
僕はもうアンタらに攻撃を仕掛けるつもりはないシ』
『は?
・・・まさかお前、昨日の魔導士か!?』
『あー、魔導士じゃないが、まあそんな感じダ』
変な汗をかくオークに銃を召喚して撃って見せる。
『ま、気にすんナ』
『おいおい・・・』
そうしてある程度会話してから交渉役のオークと別れた。
新たに得た色々な情報を脳内で吟味しつつ、僕は歩をまた進める。
ただ、一つ面白そうな話を聞けた。
「ここから北にダンジョンが出たのカ。
面白そうダ」
そう呟くころには目ぼしを付けておいた場所に到達する。
そこは泉だ。
回りの木々も水の上には根を広げない。
何の邪魔もない澄んだ水のみがこんこんと湧き出す粛々とした水のたまり場は、水浴びにもってこいの広さを深さがあった。
僕は早速ズボンやら下着やらを全て脱ぎ捨て泉に浸かる。
「くぅぅぅーーーッ!!」
というのもだ。
一昨日は顔面に石をくらって倒れて、昨日はベッドにくくりつけられた。
つまり風呂に入れていない。これは非常に由々しき問題だ。
僕は体中を擦って垢という垢を落とす。どれだけ汚れが出ようとも水中の微生物?が分解してくれるし問題ないだろう。
気になるところを粗方洗うと僕はズボンや下着も洗い始める。本当は服も洗いたかったが脱いでおいてきてしまったし、最悪上はどうにでもなる。
それらの作業を終えてようやく僕の水浴びも終わりだ。さっさと泉から上がってしまって、適当に休める場所を作る。
軽く雑草をむしる。これは焚火をする際に延焼させない為だ。
しかし薪を集め出すが一向にいいのが見つからない。イライラして普通にまだ生きてる木の枝を相棒で撃ち落としてしまう。
そこで僕は気付いた。
射撃をしても周りから動物の逃げる音がしない。サイレンサーを付けているとは言え発砲音は結構鳴るし、そんな物音に気付けない野生動物などいないハズだ。
そしてその違和感に関連することを思い出した。
一昨日、バカのように弾丸を連射した。なのに近くにいた狩人やクロエに耳を傷めた反応は無かった。
昨日は12.7mmをシャルルとクロエの間近でぶっ放した。なのにうるさいの一言も聞いていない。
しかもこんな爆音、初めて聞くなら普通ひっくり返ってもおかしくないが、記憶を辿ると驚かれたことは一度もないことにも気が付いた。
しかし僕にはすさまじい大音量に聞こえる。実際、先程の射撃の音もしっかり顔をしかめる程度には聞こえていた。
もしかして、この銃の音って他人から聞くと大したことないのか。
僕が能力者だからか射手だからかは分からないが。
今まで臨時でしかパーティを組んだことがなかったから分からなかった。
これは、案外僕の能力って強い・・・?
いや、12.7mmでビビっていた僕には使いこなせないな。少し慣れたような気もするけど、やっぱりまだ少し恐いし。
そもそも使い道が暗殺のそれ以外にないのもある。
まだまだ実験が必要だ。
カスタム関連についてもあんまり分かってないことの方が多いしな。
今のところハッキリ分かってるのは現金を投入して解放したカスタムはいつでもオンオフが可能なことくらいだ。
そうじゃないと弾薬費で破産する。それに銃身だって消耗品だ。寿命があるから交換もいるし、銃身関係無改造こそ銅貨5枚でいいが、ロングバレルにしていると費用が銅貨10枚になる。やってられない。
ちなみにこれらの情報はカスタムウィンドウに書いてあるのをうのみにしているだけだ。間違ったことは書いていないし他に信じるあてもないので問題自体はない。
風が吹く。
そこでようやく僕が今全裸であることを思い出した。
「おっと、焚火、焚火っと」
相棒で枝をスパスパ落としていってから持ってきた火を起こす魔道具を使う。
魔道具といっても大したことはない。火魔法が込められているだけの石だ。魔道具らしいところも魔力を定着させるために前世のルーン文字らしき何かが刻まれていることくらいしかない。
火の強さは石の大きさがもっぱらの基準で、僕がもってるのは種火用のてのひらサイズ。
火が付いたところで広げたズボンと下着を火にかざし、開いた隙間で暖をとる。
本来ならここで適当に野生動物でも狩って食事としゃれこむところだが、この辺は村の近くだし止めておいた方がよいだろう。下手にして狩人たちからひんしゅくを買っても仕方がないしな。
そうしてしゃがんで温まりつつ、ふと耳を澄ませると、なにやら動物がこちらにやってくる。
いや声が聞こえた。恐らくこの声は――。
「クロエカ?」
「ええ。ライフルマン。
森に行ってるところを見たってきいたから、ここかなって。
着替えいるで――」
ガサッと一際大きい物音と共に、後ろの木の上からクロエが下りてくる。
なので僕は立ち上がると振り返って正対すると、彼女は言葉尻をいいきることなく固まった。
「ン?どうしタ?」
クロエが見ている先は僕の正中線下側。その視線を辿ると行きつくのは――。
瞬間背筋に寒気が走り、体が反射的に相棒を召喚し引き金を握り込んだ。
その銃口の先には矢があり、クロエは何故か僕の股間に向けて弓を向けていた。
弾丸は彼女の体に当たることなく矢のみを貫く。
それに僕はホッとしてしまい、だからこそ体が固まってしまった。
その隙を狙ってか彼女は僕の股間に向けて思いっきり足を振り上げる。僕にそれを防ぐことは出来ず――――。
「このッ!変態!」
――僕は生まれてから一番悲痛な叫びをあげた。