4th shot
――目が覚めた。
そう意識すると体が勝手に戦闘態勢に入る。
左手にいつもの平たい黒光りした相棒を召喚すると、もっとも近くにいる人の気配の頭部と思われる方向へ銃口を向けた。
ジャキッという音がライフルから鳴ると同時に僕の脳は周囲の情報を飲み込み始める。
服装は昨晩と違っており、顔面には包帯がそこらかしこに巻かれていた。
僕が今いるのは寝台の上で、ここは室内。窓から入ってくる光からして早朝。物音はほとんどせず、鳥のさえずる音が辺りに響いている。
そして正面にいるのは、シャルルだ。
「お、おはよう。ライフルマン。私が何かしたか?」
緊張と驚きが混じったシャルルの声が聞こえるとようやく体は僕の意思の下動くようになる。即座に警戒を解くと、ライフルを下ろし消した。
「いヤ、すまなイ。
冒険者特有の職業病ってやつだヨ」
「いきなり跳ね起きてこちらにその相棒とやらを向けてきたのだから驚いたぞ。
だがまあ、体力は回復したようだな」
正確にいうと迎撃がギリギリ出来るようになったから弱る体を無理矢理叩き起こして反応を起こしただけだ。
つまりまだしんどいが、そんなことを言っていてはいられないだろう。
「ああ。この様子からして防衛にも成功したようだナ。
しかし被害も出ただろウ。僕の近くにいた狩人数人とスリングを投げてる奴らも数人、大盾も怪我人が何人かってとこじゃないカ?
やつらが木を振り回したとしてモ近寄れば威力もたかがしれてル。
それより投石を食らいやすい狩人たちやスリングの男たちが心配だナ」
「その通り、意識不明の者がお前の近くにいた狩人から出ている。
被害もライフルマンの言う通りだ。
だがクロエは何とか無事だ。何回か危ないときもあったがな」
彼女も一安心といった顔だ。
しかし何も一安心ではない。
むしろ状況は悪化しているといってもいい。
恐らくだが昨晩の襲撃で終わりという訳ではないだろう。
しかしクロエがやられなかったということはどうやらあの殺気を放った奴、恐らくオークの兄貴分は襲撃に来ていなかったということか。
死線はそこそこにくぐりぬけてきた。だからこそ分かるがルートビア姉妹にアイツの対応ができるとは思えない。
ということはかなり面倒くさいことになっているハズだ。
僕もオークらに詳しい訳ではないからあまりハッキリしたことは言えないが、ことの顛末はある程度予想できる。
まずオークの中でも下っ端とその兄貴分が村にちょっかいを出し始めた。村のうまみを他の奴に渡さない為、他の誰にも伝えず10匹かそこらで村を襲撃しようとして森で殺されまくる。
それに怒った兄貴分が舎弟を全員集めた後村にけしかけ、あとは余裕だろうと調子をこいていたら、報告役が帰ってきて大惨事になったことを知る。
この辺で流石にと盗賊団まがいのメンバーに情報を提供し、何十匹ものオークと結託して襲い掛かってくる。
こんなところか。今晩か明日の晩にでも本格的な襲撃が始まるだろう。
これはすぐにでも村をでないと不味いな。
そんな考え込む僕に気を遣ったのか、シャルルが僕に話しかけてくる。
「しかし昨日はライフルマンのおかげで乗り切れたようなものだぞ。
お前が射撃を続けてくれたおかげで奴らが担いでいた木がボロボロになっていてな。
オークが数度振るだけで木も簡単に折れて対処が楽だった」
だが今晩のことも教えておいてやらなければならない。
「そうカ。
ところでシャルル。昨日言ったことを覚えているカ?」
「あぁ、オークが3日ほど襲撃してくることなら昨日の様にすれば守り切れるさ。
心配して損したよ」
「それなんだガ、今晩は運が悪いと数は昨晩の2倍以上、しかも練度の高い個体も出てくると思ウ。
イケル?」
「・・・・・・は?」
シャルルはポカンとしている。が、本題はこれからだ。
こちらとしてはさっさと逃げたいが、二度も助けてもらっているのだから多少の助言はせねばならないだろう。
「まあ僕も命は惜しイ。
今日の昼頃にでも村を出ようと思うんだガ」
「それは困る!
お前が居なくなったらオークはどうする!」
「まあまア、そう熱くなるナ。
昨日もチラッと言ったガ、防衛をするのか村人全員で別の集落へ移動するのかハッキリと決めないといけないゾ」
「急に移動なんてできる訳がない。移動が困難な子どもや病人、老人に至っては不可能に近いだろう。
それらを考えたら防衛以外の選択肢はない」
いやに頑固だな。
らしいといればらしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。
というか僕の昨日の体たらくを見ていなかったような口ぶりだ。
僕は3匹くらいしか狩れていないし、自分の体力を見誤って倒れたし、警戒していた投石をまんまと食らってしまったし、たよりにする部分なんてないに等しいのに。
ん?まてよ。
投石は確かに警戒していたが、それは50mまで近づいてからの話だ。
前世での砲丸投の世界記録は20mそこそこだったこととオークの筋肉量は人間を簡単に上回るのを鑑みて、記録の二倍強、50mを警戒するラインと僕はハッキリ決めた。
なのに僕が投石を受けた時はまだ80mはあったと思う。
そしてこの村の特徴を合わせて考えてみよう。
つまりオークはスリングを持っていた?
マズい。非常にマズい。
オークは種族的に不器用だから人間のようにスリングを簡単に習得することは難しいだろう。
しかし全てのオークが完全に不器用かというとそうでもないし、やはりそこそこの頭数がスリングを扱えるに違いない。
ということは今晩の襲撃は投石合戦になるということで、それは今までのアドバンテージを失う事と同時に村の外周の柵へダメージが入るということだ。
しかもやつらはこちらを簡単に補足できるが、こちらは奴らを視認できない。
要は勝てないということだ。
前回はそもそも開戦する前に逃げたからそんなこと知らなかったぞ。
「あー、言いにくいんだガ、多分オークはスリング持ってるゾ。
それで相手の数が増えて、投石の命中率も上がって、しかもそんな投石の中じゃ僕もあんまり動けないケド」
シャルルはそう聞くと考え込んでしまった。
まあ彼女は推理する元の情報さえ与えてやれば勝手に回答に辿り着く人間だ。すぐに僕と同じ意見となるだろう。
「・・・ふむ。ライフルマンはどうしたらいいと思う?」
「むー。ヤッパリ逃げるのが一番かナ。
そもそも姥捨てなんてのもあるこのご時世に老人怪我人が助からない云々は甘いんじゃないノ?」
「しかしな・・・」
「そういえば気になっていたんだガ、なんで村の決定を君が考えているんダ?」
本当に疑問である。昨晩は何となくそんな雰囲気があるから彼女が上の人間のように煽ってみたが、結局彼女が何者なのか知らないままだ。
「私の父はこの村の村長なんだ。
で、荒事があった時は私の担当になってる」
ふむ。なるほど。
村長はコイツの父である。これは何となく察せられた。それっぽい家だったしな。
しかしおっさんよ。実権を娘に渡すのはどうかと思うぞ。権力者としてマズいんじゃないか。
「そうだ!
ライフルマンの魔道具、あれは最大で一秒に14発撃てるんだったな。
近づいたところをその速射で迎撃すれば簡単にオーク共も撃退できるんじゃないか!?」
ふむ。惜しい。
「その速度にするのニ金貨一枚いル」
「あー。なるほどー。そうなのかー」
なんだその中途半端な反応は。
僕が回答すると視線を逸らして気の抜けた返事をシャルルがした。
まさか、本当に金貨1枚あるとか?
いやいやいや、こいつはまだまだ新米冒険者だぞ。
村長の娘だからって。
いや、あるいは納税の際に支払いをちょろまかして横領すれば。
これはもしや防衛出来ちゃったりするか。
「シャルル。
金貨3枚と銀貨15枚、それに銅貨が50枚くらいあれば多分イケル」
「何!それは本当か!?」
「贅沢いうなラ、金貨は8枚あればうれしイ。
それだけあれば簡単に村は防衛できル」
僕のブルパップ式アサルトライフルは、実を言うとアサルトライフルという単語をかなぐり捨てたカスタムが可能なのだ。
左手の甲には――少々恥ずかしいが――FN F2000を模した痣があり、そこにふれることでカスタムウィンドウ、前世でいうところのVRゲーム?のメニュー画面が出てくる。
そこで銃のカスタムをしていくのだが、そのカスタムはロングバレルを取り付けたり消音器を付けたりマガジンを拡張したりする一般的なものから、地面に固定する足の付属というアサルトライフルの根底を破壊するものや、弾薬の口径の変更という無茶なもの、果てには銃本体の口径の変更まで可能なのだ。そこまですると多分原型は保たれていないだろう。もう魔改造の領分だ。
勿論それらにかかる金額もヤバイ。金貨10枚というのはなんだったか、外部動力・多銃身化だったと思う。ガトリング、バルカン、ミニガンっぽくするといえば分かりやすいか。
それで金貨が五枚あると、なんと暗視スコープが手に入る。最高だな。それに金貨3枚あると12.7mm機関銃に改造可能なのだ。
金貨3枚もらえたとしたら金貨2枚を使って8.58mm口径の銃にして弾薬を銀貨5枚でマグナム弾に変更、それでもって金貨1枚でフルオート化するって感じだな。それならもう俺一人で突撃しても余裕だし熊の狩猟でさえ使える口径だから遠距離から適当に撃っていても簡単に敵は死んでいくだろう。なにせ航空機を攻撃する際の砲の口径でも7mm強だしな。
それで金貨8枚あればー。ぐふふふふふふ。
「どうしたライフルマン。
そんな気味の悪い顔をして」
おおっと。顔にでてしまっていたようだ。
普段こんな大尽できないからな。柄にもなく気分が高揚していた。
「まあ防衛するならとりあえず斥侯を放つ必要があるんじゃないのカ?
最初のオークに対してはクロエがしたんだし、彼女に任せたらいいとおもうガ」
僕が提案すると彼女は複雑そうな顔で唸った。
わからいでもない。シャルルだって姉だ。わざわざオークの下へ送り出したりなんかはしたくないだろうし。
そう僕らが話していると、ドタドタとクロエが僕がいる部屋に殴り込んで来た。
「お姉ちゃん!聞いて!
ってライフルマン!目が覚めたのね!」
「あア。そちらは元気そうでなによりダ」
声の高いクロエが大声を出しているものだから耳がキンキンする。
どうやらシャルルも同意見らしく顔をしかめていた。
「噂をすればというやつだな。
で、クロエ。そんなに慌ててどうした?」
そうシャルルが尋ねるので僕も彼女の方へ視線をやると、彼女の髪に葉っぱが付いていた。
これは正に噂をすればというやつなのか。
「私森の方に行ってきたんだけど、オークが30匹ぐらいいたの」
「何ぃ!?!?
なんでそんな勝手なことを!」