3rd shot
「起きなさいよ!このっ!!」
僕はクロエの平手打ちで目覚めることとなった。ほおが非常にピリピリする。しかし彼女に異常なほど焦りがあるようには見えないので恐らく計画は順調に行っているのだろう。
「痛いナ。ぼかぁ功労者なんだからもうちょっと優しく起こしてくれてモ・・・」
そういいほおをスリスリと撫でているとクロエが半目でジトッとこちらを睨んでくる。
「スカートの中を無遠慮に覗く功労者がどこにいるのよ!」
「目の前ニ」
「うっさい!!」
今度は握り拳を顎に打ち込んできやがった。おかげで寝て回復したのにまた目眩がするぞ。
とふらふらしながらもクロエと格闘しているとシャルルが転がり込んできた。
「シャルル!ライフルマンを起こせとしか言ってないぞ!
なんでそんな物音がするんだ!」
「うぅ。・・・ごめんなさい」
クロエは一言謝ると、猫という例えがぴったりな挙動をしてさっさと逃げてしまう。僕としてもそちらの方がありがたいが。
「クロエが失礼なことをしたようだな。すまない。
――それでそんなことよりも君に聞きたいことがあるんだ」
そんなことっていうのは酷くないかな。
「というのも君に言われた通り、街の森側を村人に頼んで警戒してもらってるが、一向にオークらが来る気配がないんだ。やっぱりお前の勘違いじゃないのか?
お前に言われた通りオークが村を襲う準備をしていたなんて触れ回ったがいいが、なんの変化もないまま結構な時間が経つぞ」
その言葉にムッとはするが、こんなところで喧嘩しても致し方ない。論理的に会話を進めようと思う。多分彼女も村人にせっつかれてるから来たんだろうし。
「じゃあまず作戦のおさらいをしよウ。
まずやつらは夜に僕らを追いかけてこの村に来るはずだ。だが僕らの錯乱によってヤツらはそこかしこを夜襲できる人数で動き回っているからかなり疲弊しているだろう。その程度まで弱っているのなら十分村が厳戒態勢を敷いているだけでどうにかなるに違いなイ。数も幾分か削っているしネ。その襲撃まで僕は使った体力を回復する為に寝ていタ。
それで君は、例えば数が減りすぎたことによってオークらが僕たちの追跡を諦めたのではないカ、とかあるいは僕の相棒に怖気づいたのではないカ、とか考えているト。
ドウ?ここまでで質問アル?」
「いいや、その通りだ」
恐らくは村人だけでなく彼女自身も徐々に僕に対する猜疑心を募らせているのだろう。シャルルもクロエほどではないにしても表情から考えていることが簡単に読み取れる。
こういう時はむしろおおげさなほど怖がらせておくに限るか。
「じゃあシャルル嬢。今から僕が考えてる一番やばいパターンを説明しようカ。
奴らが徒党を組んでいテ、この村の近くにいた10匹ほどのオークらは開拓村を作ってタ。
それを邪魔されてキレた親玉はオークの大軍勢をこっちに向けてくル。
って感じにことが運んでたら、この村はオシマイだネ」
僕がそういうとおかしなものでも見るような態度でシャルルが返答してくる。
「そんな起こるハズがない。そもそもオークは汚らしい蛮族じゃないか。脳足りんの奴らにそんなことは不可能だ」
これは中々、差別主義というか凝り固まっているというか、地図の隅っこの方にいる弊害さな。しっかり説明してやらないといけない。僕まで死んでしまう。
「ではオークの生態について説明しよウ。
まずもってオークはオスしか生まれず他種族のメスを孕ませることによって繁殖すル。
そんなイメージが先行しすぎてオークが性欲狂いのド助平っていう思い込みがないかイ?」
「違うのか?」
「違うも違ウ。なにせ奴らには氏族というシステムで自らの種族を統率していル。
つまり奴らは独立を保つエルフや他種族の様に、奴ら自身の社会を構築しているのだヨ」
「なっ!?」
「そもそも言語を用いる知的生命体ならどんな生物だって文明とイウものを作り出すものだろウ。
普段人族や他種族を襲うのはそんな氏族に留まらなかったないし留まることを許されなかったオーク達ダ。アウトローども、と言ったほうが分かりやすいカネ?
ではまともなオーク達は何故国家を持っていないのカ。それは彼らの掲げる御旗が原始共産主義だったからダ。かみ砕いて言えば、狩りをして皆に分ける、農作業をして成果を皆で分ける――そんな感じの原始的な生き様を至高としていたんだネ。だから国なんてものはいらないのサ。縄張りに入った外敵は皆殺し。これだけで外交は事足りるかラ」
「そ、そんな訳がない、じゃ、ない、か」
「あるんだヨ。それが。
で、そんなアウトローどもも羽休めをするところは欲しいだろうネ。
例えばある程度足をのばしてもいいから、強奪対象が多く、首都から遠く離れて討伐隊の来にくい村トカ」
僕の言葉にシャルルは面白いほど顔を青くしている。今まで生きてくるのに使っていた常識が覆されたのだから当たり前だろう。しかし反論する根拠はないのだ。僕が言った通り、言語を持つ種族が文明を持たない理由などないのだから。
「例えばの話だけど、クロエ嬢が見た十匹ほどの集まり。アイツらが集まっていたところには洞窟があったんじゃないかナ?
アイツらの集落は村というより巣だからネ。彼女が見ても分からなかったのかもしれなイ」
僕の発言にシャルルの顔色はさらに青くなっていく。
まあ怖がらせるのはここまでにして、これからはしっかりと話を詰めていこう。
「実際問題、僕がさっき言ったようなことは確かに起きにくいんだヨ。
でもオークには村を襲撃して利益を上げる強盗団のようなの集団も確かにいル。
僕が思うに撃ち損ねて逃がしたオークはそのタイプの者だろうネ。あの殺気をぶつけて来れる奴は中々いなイ」
実を言うと数年前にも全く同じ状況に遭遇したのでこの推察は結構自信がある。その前の時は村から逃げたけどね。
「ただこういうのは討伐隊とか数がある冒険者とかを避けるカラ大抵3日も過ぎれば奴らもどこかに行ってしまウ。
ってことデまとめると、オークらが徒党を組んで襲ってくるかもしれないから取り敢えず今晩は様子見。
その襲撃の様子を見て夜逃げするなり冒険者ギルドに救援を出すなりすればいイ」
僕の言葉を黙って聞いているシャルルだったが、表情はまだまだ納得とはいえないもので受け入れるにはまだ時間が必要なのだろう。
森では彼女の聡明さをかったが、案外思い込みの激しいというか頭がカタいんだな。組み立てるのは得意だけど必要なピースを作り出すのが苦手とか、若干宝の持ち腐れ感があるのは教えたほうがよいものか。
「まあまだ時間はあるんダ。
ゆっくり考えナ。幸い奴らが襲ってくるころには村の見張りが鐘をならすろうシ――」
――カーンカーンカーンカーン!
これがフラグ回収というやつか。
爆音を聞いたシャルルの顔は一度青くなったが自分の頬を叩くと表情を引き締めた。
「・・・私が守らねば誰が守る。
よしっ!ライフルマン!いくぞ!」
そのまま僕が寝ていた部屋を飛び出して行った。
「僕を疑ったり防衛に使ったりワガママだナァ」
僕はそう愚痴らざるを得なかったが、生憎相棒は消えていて聞いてはくれなかった。
僕らが村の外周に辿り着くと、ガタイのいい男たちが両手の指では足りないほどいた。
しかも戦意は案外悪くない。オークに対しても物怖じするようなやつはそもそもこないのかもしれないが。
そのまま闇になれない目で森がある方をじっと見ると、見えたものは動く林だった。
いや、あれは林ではない。僕の視線の先に広がっているのは身の丈ほどもある木を担いだオークらだった。
数は十匹。それだけでもキツいのに標的は全員弾避けをもっていて、しかも暗いから僕は狙いが付けられない。
それだけではない。僕が発砲すれば銃口からは必ず光が漏れる。つまり場所は確定でバレことになるのだ。
前に狩り逃した奴がいるからこちらに遠距離攻撃が得意な奴がいるってことも分かってるだろうし、石か何か投げれるものを持って来ていたとしても不思議ではない。
つまり、僕は下手をするとこの場で死ぬ。
ま、そんなことを言っていたら冒険者はやっていられない。冷静に状況を把握せねば。
「シャルル嬢、オークとの距離は目視で200mと幾らかダ。
もうすぐ僕の射程に入ル。僕は僕で動くかラ、君は村人たちに指示をだしておいてくレ」
そういうと目線をオークの方にやったまま、彼女は僕に答える。が、声は緊張しているのか少し裏返っており、その感情は困惑として村人にも伝播していた。
「あ、ああ。分かった。
だがお前はどうするつもりなんだ?」
「なニ、兵士の真似事をするだけサ。それより近接要員は少な目、それで大盾要員を増やすのも忘れずにナ」
僕がそういうと彼女が惚けていた。恐らく僕が言ったことの意味が理解できなかったのだろう。
しかしオークらに先制攻撃を行うにはこれ以上もたもたと会話はできない。
僕は外周で一番大きい柵に飛び乗ると、相棒こといつものブルパップ式ライフルを召喚し、上空へ向け発砲した。
オークの音を一瞬かき消す程度の音量の炸裂音が辺りに響き、シャルル、いつの間にかいたクロエらを含む村人の視線が集中する。
「聞ケ。
僕とルートビア姉妹が奴らを殺ル。
君達一般人たちにも協力はしてもらうが、弓で攻撃するのと大盾でオークを止めルことだけやってくれればいイ。
それで全部コトがつク。ねぇ、リーダー?」
そこまでしてようやくシャルルも言われたことが理解できたようだ。
しかし聡い彼女がここまでパニックになるとは予想外だ。プレッシャーもあるにはあるが、やはり少々驚かせすぎたのかもしれないな。
「もちろん!
さあ皆、私達で村を守るぞ!」
「「「おう!」」」
男たちが威勢のいい声をあげ次々と武装を準備していく。
僕はそれを横目で見ると柵にしっかりと足を掛け生半可なことじゃ吹っ飛ばされないようにしつつ、懐から耳栓と銅貨三枚を取り出した。慣れた手つきで耳栓を身に着け、弾を装填し、銅貨を三枚投入すれば準備は完了だ。
スコープを覗き込み、淡く見える緑に向けて引き金を引いた。
瞬間、僕は頭を戦闘モードに切り替える。
弾は一瞬であちらに届いたが当たったような雰囲気はない。恐らく木に防がれたのだろう。
構わない、僕はそう意気込み銃を構え直すと相棒を一気に連射した。
忙しなく何度も引き金を引く左手と狙いを定める右手の制御は無意識に任せ、僕の意識は周囲の観察と次の展開予想に当てる。
ここからオークまではなだらかな丘で狙撃には持ってこいともいえる場所だ。
200m飛べば名手ということを聞いたことがあるが、弓を持つ人間が数名周囲にいるもののもまだ動く気配はない。クロエもその一人だ。
いや、クロエが距離を測る為に一本矢を射たようだ。その後こちらを嫌そうな目で見ていたからまだ射程外なのだろう。
しかし彼女は小弓でも100m飛ぶといっていたはずだが。
大弓なり長弓なり使えば優に届くだろう。小弓しか射れない訳でもあるまいに。
・・・まさかな。
現在相対距離は180m。ライフルの残弾数が0になった。
ライフルのグリップよりも後方にあるマガジン、その本体側面には硬貨投入口が出来ており、そのすこし左に弾丸を装填するボタンがある。
そこを銅貨の挟み込まれた右手で跳ねるように押すと銅貨を3枚投入口に入れ込む。これで相棒の装填ができるが、この時どのようにして実弾が用意されているのかは僕にも分からない。どうでもいいが。
そして柵の下を見やると大盾を持った男たちがしっかりと並んでいた。
先頭にいるのはシャルル。陣形の確認をしたり色々と忙しそうだ。
まあ今まで半信半疑だったのだから準備なんてしていなかったろう。早くしろなんていうのは少し酷だ。
現在相対距離は150m。残弾数が0になったのでライフルを装填。オークは残り9匹。
いつの間にか1匹狩っていたようだ。まあまだまだ距離的には余裕だし、あと2キルはしたいところ。
それでふとクロエを見て分かったが彼女が使っているのはまさかというかやはりというか小弓だった。しかもこの辺はかなりの田舎だから複合弓なんて豪勢なものはなく、彼女の使っているのは単一弓と呼ばれる貧弱な弓である。何故当たるかもと思ったのか聞きたいくらいだ。
眼下では相変わらず大盾の準備をしている。
ん?村側から何人か男が来た。これまた筋肉量の多そうな男だが、あいつらがもっているのは微妙な長さの紐だ。何をしに来たのだろうか。
男たちが拳大の石を拾った。ほう。それで?
紐の中程の革で補強された部分に石を乗せる。ふむ。で、両端を持ってブンブン振り回して。そこから紐を離す。
すると石がピョーンと飛んでオークの方に飛んで行って、・・・それでもって緑の人影が一つ消えた。
「ウッソだロ!?
・・・そうカ!スリングかヨ!」
現在相対距離は135m。ライフルを装填。オークは残り8匹。
鐘を聞いて前線には出れなくとも援護に来たのだろうか。
それからも続々と男がやってきてスリングでバカスカ石を投げていく。
中にはスタッフスリングなんて高尚なものでデカい石をぶん投げている力自慢もいた。
スタッフスリングというのは簡単に言えば先端に重りをくっつけた釣り竿だ。
正確には先端にスリングをつけた棒なのだが、思いっきり棒を振り回しスリングを解放すればそれはもう気持ちいいほどの距離で飛ぶ。
もちろん当たればラッキー程度の命中率、いや最初のがおかしかっただけではあるが、実用性や効果と士気というのは必ずにも比例しない。石がそこかしこから飛ぶおかげで村人達の戦意は最高潮だ。
しかも狩人やクロエが一斉に矢を打ち始めたものだからもう彼らに恐怖心は存在しない。
無論僕としてもこれほど心強いことはない。蘇った記憶が正しければローマ時代のスリングでも400m飛んだ記録があるぐらいだし、最悪僕が途中で撃つのを止めても問題ないからね。
現在相対距離は120m。ライフルを装填。オークは残り7匹。
さて、ここからは数が減りにくくなる。今までは数が多かったから固まっているところにひたすら打ち込んだだけだが、その方法だと徐々に命中率が落ちてくる。
ここから1匹狩れれば上等、2匹狩れれば文句なしというところだろう。恐らく一匹は伝令に途中で帰るだろうからここに辿り着くのは四五匹ってとこか。
しかも50mくらいからは奴らも投石してくることを考えると非常に面倒くさい。
二体は大盾が止めてスリングと弓で処理、俺とシャルルとクロエで一体ずつってところか。出来るけど面倒だ。動いてる時は連射するの厳しいし。
そして弾薬費がちょっとヤバいことになっている。すでにまるまる2日過ごせるくらいの金が飛んでる。きっつい。
現在相対距離は90m。ライフルを装填。オークは残り6匹。
ライフルを構えていた腕がいきなりだらんと落ちる。狙いが付けられない。急に体もフラついてくる。
銃の衝撃とフラッシュ、騒音に爆発による酸素不足なんかが祟ったに違いない。
参ったな。最近は大きな戦争もなかったから体の耐久を見誤ったのかもしれない。
「うっプ。クロエ嬢。もう無理」
「は?何言ってんのよ!
まだま・・・ちょっ!」
僕が真っ青な顔でぐったりしながら弱音を吐くと、彼女は一瞬僕に檄をいれようとしたがこちらを見るとすぐに駆け寄ってきてくれた。
「ゴメン。シャルル嬢を呼んでもらえル?」
「う、うん。シャルルー!こっちきてー!」
クロエの声にシャルルがやってくるのを見やると何故か嫌な予感がした。
半ば反射的に相棒を消すと両手を顔の前に持って来てまた相棒を召喚する。相棒はブルパップなので機構が集中する為平たい形状になっていて、その面を顔と平行になるように夜空に向けた。
瞬間落下音と共に意趣返しなのか拳大の大きさの石が顔面に向けて飛んでくる。
僕は必死にライフルで止めようとするが僕はただの人間である以上投石を簡単には止められない。
石は相棒ごしに僕の顔面へ到達した。
僕は全力で体をそらし首をそらし少しでも石の威力を殺すが、それでも弾かれ柵から落下する。
そのまま後頭部から地面にぶつかるというところでシャルルがまた受け止めてくれた。
そのおかげで被害は鼻血と目眩と顔面が悶絶するレベルで痛いだけに留まった。痛みと先程の銃によるダメージ、それから脳に響く衝撃に気を抜けばすぐにでも意識を失いそうなことを覗けば。
「ぐおオおおオおおおおオッ!!
ッグ。・・・ふーっふーっ」
「おい!
無理にしゃべろうとするな!
誰か早く医者を!」
そうシャルルが医者をよんだところでようやく口が開く。
「だい、じょうぶダ。
それより、すまないガ、ぼかぁもう前線に立って戦えそうもなイ。
あと1匹オークを狩れたとしテ、あと5匹。
そのうち2匹を、大盾と援護で処理したとしてモ、グッ」
痛みが脳内を支配していく。頭が全く働かない。
「おい!
口を開くな!頼むから!」
「残り、3匹は、君達に任せることになって、しまウ。
やれる、カ?」
ああ、まだ伝令がいるだろうことを言っていないのに。意識が遠のく。
目を開いているのに目の前が真っ白になって――――。