29th shot
僕は木材で組まれた床に寝そべって、時折跳ねながらボーっと天井を眺めていた。
僕が今いるのは、ドラゴニュートの集落をはじめとしてジルニトラ、ルートビア村がある国、エスタの北方へと向かう馬車だ。
その荷台に寝っ転がって帆を眺めていた訳だが、ちらりと横を見ると、シャルル、クロエ、ドミニクが楽しそうに外の様子を伺っていた。
何でこんなことになったんだっけか。
×××
ドラゴニュートの集落では宴は一晩では終わらず、その余波で皆昼間から酒を飲んでは浮かれていた。
そんなどんちゃん騒ぎも、早一週間が過ぎようとしていた。
ただ、シャルルはドワーフに、クロエはエルフ、ドミニクはクォーツニュートにそれぞれ師事してもらっていて、何やら新技を会得したようでもあった。
それを見た僕はまた、卵を育てるのは向いてないなと自嘲していた。
今まで僕が彼女らに教えられたことはあっただろうか。
これからも僕はこの才能ある人材を自分の都合で連れ回してもいいのだろうか。
そんな考えが頭にへばり付いているのを引きはがそうとしている内に、視界に白い羽根が映った。
それと同時に僕の肩には全身が真っ白なフクロウが止まり、斜めにかけたポシェットから何やら手紙を出そうとしているようだった。
「ホウ、冒険者ギルドからの直通便カ」
そのフクロウの持つ鞄には冒険者ギルドを象徴する、稲穂と剣の紋章が刻まれていた。
そんな鳥から僕は一枚の羊皮紙を受け取ると、フクロウは忙しなくまた空へと飛び去って行く。
フクロウは飛ぶとき音を限りなく小さくするとは言うが、しかし僕が全く気付かないほどステルスが上手いとは、少々驚いた。
どうでもいいことを考えながら、僕は手元の羊皮紙に目を通す。
周りで見ていたシャルルやクロエ、ドミニクも寄ってはきたが、彼女らには読めない言語でそれは書かれていた。
僕が昔多用することとなった暗号言語。通称傭兵語。
傭兵団や軍がそれぞれ独自の暗号を作る中、それらをすぐに解読できるようにならねば傭兵としては失格とされていた。
勿論下級なら構わないが、こうやって直接連絡をもらう傭兵なら尚更だ。
「なニナニ?」
その羊皮紙には次のように書かれていた。
親愛なる死神へ
貴方の噂はかねがね聞いている。
傭兵業をぱったり辞めたと聞いた時は酷く遺憾に思ったものだが、冒険者稼業で随分と稼いでいるようだな。
単刀直入に述べよう。
少し貴方のことを調べさせてもらったが、貴方の持つ道具は、とある書物に記された"テッポウ"という武器に非常に類似していることが確認された。
それは現在各国で研究、開発が進められている大砲を人間一人が扱えるようにした代物らしいではないか。
近々起こるやもしれぬ戦争への備えとして、是非とも貴方には国軍の攻城部隊に臨時参加して貰いたい。
このことはまだ本官のみが知る所ではあるが、貴方の返答次第ではどうなるかは分からない。
報酬は前金で金貨20枚。完遂すれば金貨30枚。戦果に合わせてまた報酬は上乗せしよう。
エスタ国国軍攻城大隊遠隔支援部第三部隊隊長 アルキノーゼ=サロ
「……マジデ?」
「うん? どうしたんだ?」
「…………戦争ニ徴兵さレタ」
「「「え」」」
これは恐らく研究の為に相棒を寄越せと、そう言ってるんだな。
ついでに奪う前に、どんな風に使うのかも見せろと。
はぁ。これだから権力持ちは嫌いなんだ。
「マァでモ、行くしか無イよナァ」
そんな僕の呟きに、女三人は意気揚々とした顔を見せた。
「そうか。じゃあ私達も早速旅の準備をしてこよう」
「そうね。早くやっちゃいましょう」
と、三人はノリノリではあるのだが、こちらとしては戦争に彼女らを連れて行く訳にはいかない。
「イヤイヤマテマテ。
この依頼は傭兵死神に来タノ。
冒険者としてじゃナイノ。分カル?」
だが、彼女らへの説得も虚しく、シャルルが穀然と口を開いた。
「そんなことは知らない。
パーティリーダーとして単独行動は許さんぞ」
「エ、エェー……」
「――ライフルマンさんは、私達を置いていくんですか?」
「……そう言わレルと返答に困ルのダガ」
×××
そうしてやんややんや言われて、ああルートビアを出る時にも同じことがあったなぁ、なんて思いながら僕は三人を連れて行くことにしたのだ。
当然人殺しはばんばんするぞと警告したが、三人とも特に怯んだ様子は無し。
そういえば僕が人殺しに慣れさせたんだっけと思い出したのは、馬車に乗ってからだ。
まああの命令書もどきにも人数制限は無かった。助手だと言えばそれで済むことだろう。
相手方としても僕は貴重なお手本兼実験体だからな。
多少の無茶はむしろやってやるべしだ。
そうこう考えていると、日も暮れ、夜行性の魔物を刺激しないように僕たちを乗せていた馬車も止まる。
今日は街道の途中で夜営のようだ。
一応護衛として僕たちパーティは引っ付いてきたので、ローテーションで見張りと睡眠を交代するぐらいはやる。
そうして灯りやら何やら準備をしていると、不意にクロエが背後から声をかけてきた。
「ねぇライフルマン。
アンタの相棒、一回撃たせてくれない?」
「ウワッ」
「うわって何よ、うわって」
周りを見れば、シャルルやドミニクも興味深そうにこちらを見ている。
クロエに銃を撃たせる。
それ自体はいい機会ではあるのだが、同時に大事故を起こす可能性もあるのだ。
だが、前々から思っていた疑問点――たとえば消音器を付けた射撃は野生動物が気付かないほど隠密性に優れているが、射手には音が大きく聞こえている点などを解決することも出来なくはない。
僕は渋々相棒を召喚してクロエに渡すと、細かく注意を始める。
勿論相棒は5.56mm口径の消音器を付けた、比較的安全な仕様だ。
「ハァ。イイカ?
まずは右手デここの持ち手を握っテ、左手デこの穴の下の膨らみを持ツ。
それかラ相棒の後ろを肩に付ケテ、脇を絞ル」
「あら、案外簡単なのね。
弓の方が難しいわよ」
「そうイウ油断が駄目ナンダヨ。
最悪死ぬかラナ。
クロエ嬢も僕を抑エタ時の衝撃を覚えてイルダロ?」
「あー、確かに。
それはまぁね。
気を付けとく」
若干クロエは顔を引きつらせる。
が、そんなことは忘れたとも言わんばかりにすぐさま切り替えると、彼女は何もない場所に向かって相棒の引き金を引いた。
――――パスン。
「エ?」
聞こえてきたのは、そんな極小さな風切り音だった。
が、それに被せる様にクロエが呻く。
その声に反応して彼女の方を見れば、クロエは相棒も放り出して右肩を抑えていた。脂汗が彼女の顔に多量ににじみ出ている。
「ガッ!?
グッグッグググ……」
「何!?
大丈夫か!?
ドミニク!」
「はい!
ヒール!」
即座に反応したドミニクは彼女にヒールをかけるが、しかし中々効果は表れない。
「……コレハ、肩がハズれたカ」
「どういうことです?」
「アア、この相棒ハ下手に素人が打つと、反動デ関節がズレル」
「そ、そんなことが」
「だかラこうシテ――」
僕は徐にクロエの右肩近くによると、上腕と肩を掴んで、そのまま思いっきり骨を正しい位置にズラす。
「コウ!」
「ガッギャアアアアアアアア!!!」
「お、おいライフルマン!?」
慌てた様子のシャルルも無視して、僕はドミニクに指示を飛ばす。
「ドミニク嬢、もう一回ヒールかけテアゲテ」
「あ、う、あ、は、はい!」
そうひと騒動あってからようやくクロエは回復した。
が、彼女はこちらを酷く怯えた目で見てくる。
「な、何あれ。
アンタいつもあんなの撃って平気な顔してるの?
バケモノじゃない」
「ハァー……。
だかラ気を付けロとあれホド」
「ううう、二度とアンタのは使わない」
ガタガタと震えて寝袋を被りながらクロエは言う。
シャルルとドミニクも引き気味だ。
「しかシ、貴重なデータは取れタ」
「というと?」
シャルルが片眉を上げながらこちらに問う。
「クロエ嬢。キミは引き金を引いた時、結構おっキナ音聞こエタデショ」
「う、うん」
「アレもいつも僕ァ聞いテルんダヨ。
でも、撃っても撃っても、存外皆うるさそウナ顔しないデショ?
だかラ、撃つ人間にしか射撃音は大きく聞こえナイんじゃナイかって」
「ほう。
中々不思議なことだが、まあそもそもお前の相棒とやらは変な魔道具だからな。
そんなことが起こってもおかしくはないだろう」
「イヤまーそうだケド。
あんまり相棒のコト悪ク言ウのはやめてヨ」
「ん、ああ。済まない」
一瞬変な魔道具という言葉でドミニクがピクリと反応したが、それは仕方のないことだろうし、彼女自身の重大な秘密にも関わるから触れないでおく。
「私はもうあれ絶対触りたくない。
ていうか、アンタのそれって絶対一人で使うものじゃないでしょ」
「ン?」
彼女は未だに青い顔をしながら、こちらに声をかける。
「絶対さ、狙う係と反動を抑える係に分かれた方がいいって」
「そウ言われてみれバ確かにそうダナ」
事実、前世で銃が生まれた時は、装填して狙う役と、担いでブラさないようにする役に分かれていたらしいからな。
いや、待てよ。
そんなものが確か記憶の片隅にあったような、いや、確実にあった。
――――あ、あれだ。
これなら携帯性は凄まじく落ちるが、反動を極限まで抑えられる。
そうして秘策を思いついた僕の顔は、ニヤつきが止まりそうに無かった。
口径:5.56
弾薬:NATO弾
銃身:ショート
銃口:サブレッサ
銃倉:複列
照準:可変倍率サイト
その他:反動軽減




