23rd shot
「ええい、人間共!
次はお前らのテストだ!
まずは金髪のお前!
俺と模擬戦だ!」
もう半ばやけくそなザクトラスがこちらに向かって叫び、シャルルをビシッと指差す。その目は吊り上がっていてドミニクがちびりそうになっていた。
ドスドスともう足音から感情が分かる程イライラしながら修練場の真ん中へ向かうザクトラスとは対照的にシャルルは異常に落ち着いているように見える。
色々な意味での人外を何度も目にして、本来なら自分の非力さを憂うところではあるが、むしろ瞑想でもしているような冷静さでもってシャルルはザクトラスを睨んでいた。
「そういえバ、シャルルが動揺しているのッテ、自分の思い込みを否定された時以外見たことなイナ」
修練場の中心で徒手空拳のザクトラスと背中に背負ったグレートソードを抜くシャルルが正対する。
「武器は?」
「人間なんぞには要らんよ」
「そうか。なら、いざ!勝負!」
そう言うなりシャルルは大剣を下から振り上げた。勿論ザクトラスは大剣のような鈍重な武器に簡単に当たる程弱くない。必要最低限の移動でわざと鱗に掠らせるように剣を回避すると、即座にシャルルの懐に入り込む。
それを嫌ったシャルルは下段に蹴りを入れるが、あえてザクトラスはその蹴りを手の甲で止めると、一度浮かせ、靴底を殴りつけた。3m以上の体格から繰り出される殴打は常人のそれとは確実に違う。大剣を持ち皮鎧を着たシャルルを拳の威力だけで浮かせ、そのまま三度縦に回転させる。しかしながらシャルルとて一方的にやられる訳ではない。即座に受け身を取ると、ザクトラスの方へ跳ね、今度はザクトラスの懐にシャルルが入り込む状況となった。そこからシャルルは大剣を杖のように地面へ向けて突く。しかし大剣は大剣だけあって突きでも範囲が広く、体のデカいザクトラスは足の甲を突かれないよう後ろに下がるしかなかった。そこでザクトラスの重心が後ろに寄った瞬間、シャルルは足も何もないザクトラスの股の間に大剣を突き込み、その反動で跳ねあがり、ザクトラスのアゴに頭突きを食らわせた。
のけぞるザクトラスに好機を見たシャルルは強引に腕力で大剣を空中で上段に構えると、そのまま振り下ろした。その攻撃が当たるか最中、ザクトラスは一言呟くと、ドラゴニュート語で叫んだ。
「ぐぁぁるぅあああああああああ!!!!」
ザクトラスはのけぞった状態から体幹と腕力だけで、大剣ごとシャルルを殴った。腕には鱗がある為防御力には事欠かない。その剛腕は大剣には一切負けず、そのままシャルルを吹き飛ばした。
「いい線いってル、だが経験不足、カ」
「え?」
「ホレ、次はお前の番ダ、クロエ嬢」
きょどる青髪の少女の背中を押す僕は、指導者としてどうなのだろうか。ふとそんなことを考えてしまったが、頭を振り、ザクトラスとの対決を見る為クロエにはっぱをかける。
「さぁ姉様の仇討ちダ!
いってこイ!」
「う、うん!」
僕は確かに素質ある卵を見つけたのかもしれない。ただ、僕に育てられるのか。
僕の想いとは裏腹に、クロエはザクトラスに向かって自慢の俊足で走って行った。
「ドミニク嬢、シャルル嬢に回復魔法掛けてあゲテ」
「はい!」
彼女が戦う雰囲気を出し始めたところで、例の彫刻のようなクォートニュートに話しかける。
「時にクォートニュート殿。普通の人間は寝れば魔力は全快すルガ、貴殿はどうすれば魔力は回復するのカナ?」
「我輩も寝れば全快しますぞ。一応生き物扱いして頂きたいものですな!」
「2000人分が一晩デカ……。
後でドミニク嬢と僕の魔力回復してくレル?」
奴の発言に軽く頭痛を覚えながら、言うべきこと、やるべきことはキッチリやっておく。
「もちろんですぞ。我々は命を預け合う仲間なのですからな」
「助カル」
そうして人外と接しながらもクロエを見やると意外にも善戦していた。
ザクトラスの鈍重さとクロエの素早さがうまくかみ合った結果だろう。
クロエはザクトラスの周囲をグルグルとステップを踏みながら周り、時折近づいては弓を引いて近距離から威力最大の矢を放つ。
それをカウンターする余裕もなく、今度はギリギリ鱗に触れる程度で回避しているのがザクトラス、と。もとより相性が良かったんだろうな。しかしお手本通りでは勝てない。
ザクトラスが胸の前で腕を十字に組むと頭部を隠して、ジグザクにクロエに迫る。ザクトラスの強さはここにある。先程も、体長3m以上あるにも関わらず、2m弱のシャルルの懐に入っていた。それほどまでに腰を落とし、機敏に動けるようにしているのだ。重鈍な彼なりの初速度の向上の結果だろう。恐らくザクトラスのジグザグ突進も、クロエから見れば太い鱗に覆われた腕しか見えていまい。
ザクトラスの機動は確実にクロエの逃げ道を潰し、バックステップ以外の逃避路を潰していた。その思惑通り、クロエは後ろに下がってしまう。そこを突かれザクトラスはステップで一気にクロエとの距離を0にした。そして拳を振りかぶった瞬間、クロエは素早く跳ねた。ザクトラスは初速度こそ中々に早いが、行動全てが機敏な訳ではない。つまるところ、振りかぶったが最後、その拳は振るしかないのだ。
そんな空振りに終わった拳の甲の上にクロエは着地し、矢を番えた。また今度もザクトラスは叫ぶ。そして、彼の口腔内からは熱が漏れ始めていた。瞬時にクロエは後ろへ跳ぶが、それは自ら逃げ道を塞ぐ悪手だった。宙に浮き、どうあがいても回避する方法のないクロエに対して、ザクトラスは口から火球を放った。そのままクロエは火だるまになり、そして即座にエルフの魔法によって水を被せられる。
「ちょっと、ザクトラス。
人間憎しっていっても仲間してくれる相手にブレスはないんじゃない」
「お前が消してくれるって分かってたからな。
お前は高慢そうに見えて世話焼きなのがいいところだ」
クックと笑いながら褒めるザクトラスは最初とうって変わって上機嫌にエルフにウインクを送る。
「なっ!?」
恐らく久々に骨のある人間を見て嬉しいのだろう。奴はドラゴニュートの中でも親人間派だったからな。正確には種族で人柄を判断しないが適切だが、ともかく最近は腐った人間の所業を見ているだろうからその喜びもひとしおだろう。
だがそんなことをしていてはいつまでたっても奴隷商は撃退出来ない。
「夫婦漫才は結構ダ」
「違う!!!」
「どーでもイイ。ドミニク嬢」
「はいっ!」
エルフの主張も無視してことを進めていく。なんだかこのエルフ、弓使いといい、身軽そうなその風貌といい、口調といい、クロエにそっくりだと思えてきた。口調は厳しくて高飛車なのにここ一番ではしっかり世話を焼くところもそっくりだ。
「なぁザクトラス。お前とエルフで二人っきりの時、エルフって『もうだるい~』とかイウ?」
「言う言う」
「ちょっとッ!!!」
ビンゴだな。気を許した相手にはガバガバなところもそっくりだ。
さて、真面目に行こうか。
よろよろとこちらに歩いてくるクロエにすれ違いざま肩を叩いてから僕は相棒を召喚する。魔弾を普段使いとしている今、僕の相棒に特徴的なカスタムはされていないといえるだろう。つまりはいつものセットという訳だ。一応フルオートにはしているが。
僕は鎧の重さを歩くことで自覚しながら大盾を片手にザクトラスと正対する。
「スタイル変えたか?」
「お前コソ。火なんカ昔は吹けなかっタじゃないカ」
「まぁな」
「じゃ、行クゾ」
僕とザクトラスとの間にピリピリとした緊張が走る。空気すら歪むようなザクトラスの覇気は正直言って怖い。だが、怖いだけだ。別にその覇気を浴び続けたって死ぬ訳じゃない。
だから僕は戦える。
僕は瞬時に後ろに下がると共に、相棒を3回だけ連射する。いわゆる3点バーストというやつで、フルオートによる銃の命中率の低さを補う技術だ。最近思い出した技だから使い慣れている訳ではないが、確実性は折り紙つきだ。
その頭部を狙った正確な射撃はザクトラスお得意の掠らせ回避で避けられる、ハズだった。僕が設定している弾薬が実弾であったならば。僕の魔弾には接触信管が入っている。故に掠るだけでも炸裂する。その炸裂に反応して後続弾も連鎖爆発する。バースト式を覚えたのはこの為だ。魔弾は魔弾自体の爆風でも炸裂するからあんまり連射しても意味がない。そこで短く小刻みに撃つことでじわじわHPそのものを削っていくのだ。
事実、ザクトラスもその爆風に怯んで僕を追いかけるのを止めた。その隙に僕はジグザクに奴の周りを周りながら三点バーストでちくちく削っていく。そうすることで奴は苛立つハズだ。
予想通り、ザクトラスはクロエにもした超低身タックルをしてくる。そこで僕は旋回を止め、ゾーンに入る。ここからが山場だ。
奴の足元を狙って単発で威嚇射撃を行いつつ、伸ばしたこちらへ到達するまでの時間を利用して、ジルニトラの指輪に入っている魔力をマガジン満タンまで注ぎ込む。
そしてまた僕とザクトラスが正対する。今度は逃がすまいと奴はフック気味の殴打を連打してくるので、何とかその軌道を盾で逸らしながら時には弾かれながら奴の懐まで入り込む。
「何をするつもりだ」
そう、距離を潰すのは僕にとって不利になるハズだ。それを自分からする意味はない。これももし実弾であるならば、だが。
僕は視界がゆっくりと動く時の空気を存分に味わいながら、徐に銃口をザクトラスの腹に擦りつける。
魔弾を連射しないのは相互で連鎖爆発を起こすからだ。それは弾の着弾に時間差があるからこそ起きる。では着弾に時間は全くかからない接射を魔弾で行えばどうなるか。
僕は盾を相棒に向けて垂直に構えながら、トリガーをベタ握りする。
<Good Luck!!>
思わず呟いた前世の言葉は、しかし多重炸裂する魔弾の爆音と爆発の光にかき消されてしまった。
×××
「いくら竜の皮っつったって限度があるわな」
腹を擦りながらザクトラスが愚痴をこぼす。
あれをしてからザクトラスは出血こそしなかったが衝撃で人間に当たる横隔膜が働かなくなり、呼吸困難で気絶したのだ。逆に言えばそれ以外にザクトラスを倒す方法は無いと言える。
それからドミニクが全力でヒールしたり、僕がエルフに顔面をぶたれたり、斥侯を任せたクロエとエルフが帰ってきたリして今は全員が例の東屋に会しているのだ。
「さて、情報を統一しよう。ただし、今回は無関係な者を呼びまくったからな。本来合うハズではなかった者もいることだろう。だから今回はとりあえずコードネーム式にする。俺のことは名前で呼んでもらってもいいが、なるべく種族名で呼ぶこととする。ただし人間が四人いるが、人間では区別できない。のでそれぞれ黒の、金の、青の、チビとする」
ドミニクだけなぜかハブられている。まあ小さくて愛くるしいのが一番印象に残るのは確かだが。ちなみにドミニクは茶髪である。
「さて、エルフと青のが把握した情報を頼む」
「うん? あぁ私ね。なんか慣れないわね。ザクトラスからエルフ呼ばわりって。
――じゃ端的に言うけど、あっちにもエルフがいる。奴隷商や盗賊団の部下か、あるいは奴隷かは分からないけれど」
「ふむ、根拠は」
「エルフにしか張れない感知結界が張られてた」
「しかも試しに石を投げ入れてみたら魔法攻撃のトラップ付きよ」
そうやって二人が報告していると、クォーツニュートが手を上げた。
「我輩は魔力量は多いのですが、魔力の出力量自体は小さいのですぞ。ですので魔法より魔術の方が得意なのですがな、それで遠視魔術とゴーレムの行使を行ってみましたぞ」
「ほう」
「結果として遠視魔術は結界に弾かれました。が、捕まえられているドラゴニュートが何体か確認出来ましたぞ。
ゴーレムに関しては魔法魔術の類を多少弾くように印をしてあったので青のお嬢さんが言う魔法攻撃は耐えられたのですがな、向こうから賊が出てきてその戦闘で負けましたぞ」
「ふむ、よくやった」
そこから幾分か考え込む所作を見せた後、ザクトラスはゆっくりと口を開いた。
「奴らは『竜など非力』という魔道具を複数所持している。これがどういうことか、分かるか」
場に緊張が走る。
そう、皆疑問だったのだ。戦闘民族とすら言えるドラゴニュートが奴隷商の良いようにされるなど、本来あり得ることではない。故にそこに何かしらの事情が存在しているだろうことはすぐに理解できた。しかしながら、彼が発した名前だけで事情は即座に把握される。この集落を襲った賊は竜特攻持ちの魔道具を所持していたのだ。そしてそれを奪取することは完全に賊を無力化できるということであり、そして奪還者はまたドラゴニュートの天敵となる。
「分かるな。お前たちに依頼する任務はただ一つ。竜など非力を破壊することだ。決して奪うな。奪った奴の首は即座に俺が直々に刈り取る」
ザクトラスの言葉は矛盾していた――竜特攻の魔道具を持つ者の首をとるなどドラゴニュートには不可能なのに――にもかかわらず、奴の言葉には真実味がこれ以上なく含まれていた。
口径:5.56
弾薬:魔弾
銃身:ショート
銃口:
銃倉:複列
照準:1.6倍サイト
その他:反動軽減