1st shot
オークとは平たく言えば緑色の豚人間である。魔法や魔獣の溢れるこの世界の広くに生息し、肌の色が保護色となる森林や密林を特に好む。主に複数名で行動し、そして狩りの時は見事な連携を見せる。
そんな通説にもれず、ある森林のオークらは三匹仲良く木々の間を駆けていた。追い回している得物は――。
「助けてぇぇぇ!! だれかぁぁぁ!」
――少女である。
見ているだけで応援したくなるほど少女は必死に走るが、しかし彼女とオークらとの距離は徐々に狭まっており、そしてついに少女は木の根に足を取られて転んでしまった。少女の目にはこれから襲い来るだろう凌辱に対する拒絶と絶望がありありと表れており、その感情が叫び声として発露する。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
その叫び声を聞き下卑た笑みを浮かべるオークらのうち一匹が飛び跳ね少女を捕まえんと手を伸ばした。オークと少女の間はもう1mもない。
僕はブルパップ方式のアサルトライフル、FN F2000のスコープを覗き込み、その照準をオークの肺に合わせ、そして伏射態勢のまま引き金を引いた。
炸裂音と共に僕の肩に衝撃が飛んでくるが慣れたものだ、その衝撃にも体幹をブラさず標的の方をみやると僕の目には後ろに吹き飛んでそのまま倒れ込むオークが写った。
ただ、これだけでことを済ませるつもりはない。立ち上がりつつ走り込む態勢に入ると僕は残りのオーク達に向かって一直線に地面を蹴る。そして十分腰だめでも狙える距離に入った瞬間オークのうち近い方の胴体に三発、その後驚いている最後のオークの頭に一発弾丸を撃ち込んだ。
「ワンマガジンスリーキルゥ」
思わずそう呟いてしまったが立ち上がられても困るので念のため最初のオークの頭に一発撃っておく。
次々と上がる爆音に周囲の自然動物は逃げ出し、鳥たちはすでに羽ばたいていた。
「はてさて、キミ、大丈夫?」
僕は瞳を涙で潤ませた少女に手を差し伸べ、できる限りのキメ顔で声を掛けた。だが帰ってきた返事は正直予期していなかった。
「なんでもっと早くに助けてくれないのよバカ!」
×××
「本当にありがとうございます! あなたが居なければ一体どうなっていたか・・・」
禿頭のおっさんが下手に感謝を述べてくる。こいつはあの女の子の父親で、家まで護衛もかねて送ってやったらえらく感謝されてしまった。
それで今はこのおっさんの家に招待されて椅子に座らされている。丸太を切り出した感じのインテリアで、少々粗野だが自然味を感じられて過ごしやすいいい家だ。
「いやいやお気になさんナ。困ったときはお互い様。してこの子を助けたお代なんだが、銅貨4枚でどうだイ?」
「お代・・・銅貨4枚!? 流石に安すぎませんか!?」
「いや、あの子助けんのに銅貨3枚かかったのヨ。ぼかぁシューターでネ。ちょっと戦うのにも金が要り様なんだヨ。わかる?」
「いやまあそれは分かりますが」
本音を言うとすれば金は欲しいがここは辺境の村だ、むしり取ってもいいことなんてないだろう。
それにこういうところでは食べてびっくりな郷土料理なんてのもあるからここらで動くときに便宜を働いてもらうのが一番いい選択と言える。
「どうしても払いたいってんなら一晩の宿と食事を図っておくんなまし。それと銅貨を投げてくれりゃあ万々歳よ」
「はいっ!ありがとうございます!
それでお名前はうかがっても?」
「ほれ」
そういって僕はふところから冒険者ギルド参加証明証を取り出しぽいっとおっさんに投げやる。
「・・・・ライフルマンさんですか」
そう、僕の名前はライフルマン。正確にいうと名前は別にあるが、呪いのせいでそうとしか名乗れなくなった。
呪いっていうのは僕の能力のデメリットでもある。
と言っても大層なチート能力とかそういうのではなくもっとしょぼいやつで、どこからでも銃を取り出せるというものだ。詳しく言うとブルパップ方式っていう持ち手より後ろに弾を詰めるタイプのアサルトライフルをいつでも召喚できる能力である。SFとかによく出てくる鯛みたいな魚っぽいフォルムのいかつい銃を思い浮かべてくれればオーケー。
カスタマイズも出来るけど能力の研鑽によって解放とかそういうのではなくて、単純に現金をライフルの側面にある穴に入れ込むだけ。ただ高いのだと金貨十枚とか言われるからあまり改造はできておらず、精々が反動低下ぐらいである。
何故こんな世界観に合わない力をもっているのか、という問いには覚えていないと回答させてもらおう。
僕の頭には断片的な知識のみがふわふわと浮いていて言えることは少ないのだけど、それでもいうならどうやら僕は異世界転生というのを経験したらしい。
その時にこの力を得たっぽいけど、転生に失敗したのか力の弊害か、とにかく僕の前世の記憶とやらは曖昧なのだ。
ただ、反動低下のカスタムをした時ある程度の記憶が蘇ってきたのは確かだ。だから僕は金を一気に稼ぎつつこの力を生かせる冒険者となったのである。
まあ銃が撃てるだけで超人的な視力を持ってる訳でも馬鹿みたいなセンスがある訳でもなし、結局はうだつのあがらないCランク冒険者なんだけど。
「変な名前だろう?
まあそんなことはどうでもいいよナ。ここの特産品はなんだ?」
「そうですねぇ。ここらで育てた大麦のパンと近くで釣った魚ぐらいでしょうか」
腹がめちゃめちゃへる。こういうところは干し物や塩漬けなんかも旨いし、何だったらアンチョビ的なのも期待できるだろう。
おおっと。本題を忘れるところだった。
というのもここの村には救援で来たのだ。ギルドの掲示板を見たら村の近くでオークがいるから狩るのを手伝ってくれっていうなかなか威勢のいい依頼があったので、他の冒険者とのコネを作るいい機会でもあるかと受注した。
「そうだったそうだった。ダンナ、シャルル・ルートビアって男を知らないかイ?」
「へ?」
「いやだから――――」
僕がそう言おうとした瞬間、低めの女声がバカみたいな音量で響いてきた。
「なぁんじゃこりゃあーーー!?!?」
思わず僕はライフルを召喚し、玄関の方に半身に構える。
「なんだ!敵襲か?」
「あー、いえ。私の娘のシャルル・ルートビアが帰ってきたのでしょう」
いやに娘の部分を強調しておっさんが言う。
・・・は?
「ただいま!父さん、そとの見たか!?
・・・誰だお前」
「ただいまぁ。
なんか変なことになってるわね。
とりあえずそこのアナタ。身分を証明できるのはある?」
ブロンドポニテの大柄な女と青髪ショートの身軽そうな女がいきなり来た。
一瞬さしもの僕もフリーズしたがまあ問題ない。
つまり、恐らくはデカい方は依頼を出していたシャルル・ルートビアってことだな。
「ダンナ。彼女らに僕の証明証渡して下さい」
頼むとすぐにおっさんは動いてくれる。こういう時もたつく奴は大抵使えない奴だからな。おっさんは有能なんだろう。
「ああ、お前たち。
この人はクルの命の恩人だよ」
弁護までしてくれるんだからこちらとしては楽で仕方がない。
女たちの目からも警戒色は消えて行った。身軽女からはまだ猜疑心がある様に思えるが。
それにしてもあの子の名前はクルっていうのか。送った時はスねて教えてくれなかったんだよな。
「じゃあまずは自己紹介ダ。
僕の名前はライフルマン。冒険者でこいつを使うシューターだ」
構えていた銃をひょいと上げるとクルクルと回して見せる。
「いやなに。ギルドにパーティメンバー募集兼討伐クエストがあったもんでナ。男の名前に大剣使いってんだからシューターの僕とは相性がいいだろうと思ってきたらこれダ。まさか嬢ちゃんだったとは夢にも思わなんだ」
男の名前っていうところにおっさんの肩がビクっと跳ね上がったから多分こいつは知らなかったんだろうな。まあ僕も偶に女っぽい響きに聞こえる時があるからな。突っ込むのはかわいそうだ。
「ちょっとまってちょっとまって。姉さんが男ってどういうこと!?」
あら?身軽女の方も知らなかったようだ。しかも中々の怒り顔で食ってかかってくる。
「あぁ。お前さんもカ。
じゃあ皇帝の別の呼び方にカイザーってのがあるのは知ってるカ?」
「は?そんなの常識じゃない!何言ってるのアナタ」
結構キツい嬢ちゃんだこと。当の本人のデカ女ですら苦笑いをしている。
「そのカイザーってのは最初の皇帝と呼ばれる男の名前、カエサルからきてるんだヨ」
「ふぅん。で?」
「そんな風に、名前が別の国に渡ると読み方が若干変わるってのを分かってほしいのヨ。
んで、シャルルってのはかなーり西の方の国の帝のおなまえ。当然帝は男」
「え?」
「この辺の読み方で言うとカルロ、カルロスになるかナ。もっと遠いところだとチャールズ。
オッケイ?つまりシャルルは外国の男の名前ってこった」
「は?それホント?」
「嬢ちゃんは疑りぶかいネェ。ホントもホント。大マジよ。
見たとこあんたらまだ故郷を出てない新米冒険者だろ?ちょっとは先輩の話も信じろヨ」
ちなみにおっさんはあごを分かりやすいほど落としている。後で娘たちに絞られるな。なんせ僕が助けたクルって女の子がガシガシおっさんの足を踏みつけてるし。南無三。
「・・・うるさいわね!大体何よその話し方!うっざいのよ!」
そういって思いっきり足を踏もうとしてきたので流石に反撃をする。
足をかわした後、一歩下がってライフルを構え直すと銃口を身軽女の額に擦りつけ、そのままできる限り殺気を撒き散らしながらドスの聞いた声を絞り出す。
「動くナ。殺すゾ?」
「っ!?」
僕の豹変ぶりに家の住人の全員が息を呑み、ピクリとも動けなくなる。
「せっかくだから僕の相棒を紹介しよう。自慢っぽくなるのは許してネ。
コイツの名前はFN F2000。ざっくり言うとテレポート可能でフルプレートアーマーをぶち抜く威力の鉛弾を連射できるシロモノだヨ。クルちゃんはみたよネ?」
ライフルを消した後、すぐに召喚してみせた。
そしてクルちゃんの方に目線をやると何度も首を縦に振ってくれた。言う事聞いてくれてるうちは可愛いのにね。騙されて求婚しちゃう男は沢山いそうだ。
「まあ話を戻そうカ。
ぼかぁね、シャルル嬢の依頼を受けてここまできたワケ。つまりアンタはどんなにシャルル嬢と親密でも部外者なんだヨ。だって彼女はパーティとしてじゃなくて個人で依頼を出しちゃったんだからネ。あんまり人のオシゴト邪魔するもんじゃないゾ」
僕の話に反応する者はいない。当たり前だけど。
「あと君も冒険者志望だロ?
これは冒険者じゃなくても言えることだけどサ、処世術ってものがあるのヨ、この世界には。媚びろとは言わないけどせめて反抗的な態度までで抑えたらどうだイ?
手を出すなら殺されちゃっても文句は言えないヨ」
ここまで一通り言ってからライフルを消し、勿論殺気もドスも抑えてへらへらした声をだすよう心掛ける。
「ま、これが先輩からの体当たり初授業ってやつだヨ。ぼかぁあんまり怒ってないけど、他の先輩にやっちゃ駄目だゾ?」
そう言って人差し指で身軽女の額を突く。
一気に空気が緩和した。身軽女以外の全員が一息ついたことだろう。
「痛っ!・・・分かったわよ」
「うんうん。素直でよろしイ。ダンナも悪かったネ。肝冷やしたでしょ?」
「ええ。寿命が縮む思いでした」
この後寿命は娘たちによって確実に減らされそうなのは黙っておこう。
かなり脱線したけど、僕がこの村にきた理由はシャルルとパーティを組むことなのを忘れてはいけない。
「それでシャルル嬢。僕をパーティに入れてくれるかイ?」
「ああ。場慣れしてる人間がいると有難いからな。あともうわかってくれているだろうが、そこの女は私の妹でパーティに入ってる。あんまりイジメてくれるなよ?」
「モチロン。僕に少女をいたぶる趣味はないからネ」
「そういう意味じゃないんだが・・・。
まあよろしく頼むよ」
ようやくひと段落着いたのでおっさんに銅貨をせびる。
すると快く渡してくれたのでさっさとライフルに3枚入れ込んだ。銅貨を入れるところはゲーセンのアーケードゲームってやつの硬貨投入口とやらを想像すれば大体あってる。入れ間違っても返してくれない残念仕様だけれども。それで投入口近くにあるボタンを押せば装填されるんだけど、装填システムもアレで銅貨3枚、切り詰めると一日の食費にもなる金を使ってマガジンを満タンにするだけ。一発だけ使っても使い切っても一律銅貨三枚。こんなんじゃ一発一発が高くて下手に連射出来ない上に戦闘中に弾薬が切れるとか日常茶飯事になる。アサルトライフルの名が泣くよ全く。しかもマガジンは30発しか入らないから大体10発で食事一回分だ。あんまり割に合わないし、いちいち装填なんかしてられない。
それからもガチャガチャと銃をいじっていると、シャルルの方から声を掛けてきた。
「それでオークについてだが」
「外においてた三匹を引くと残り何匹だイ?」
「やっぱりお前か。しかしお前のそれは凄いな。一体は胸が穴ぼこになっていたし、二体は頭が半分吹っ飛んでいたぞ。
――すまない。話が逸れたな。
あと十体くらいだろう。クロエ、ああ、私の妹が見に行った限りではあるが」
意外と少ないな。各個撃破を心がければ余裕だろう。
しかしクロエとはあのキツそうなお嬢ちゃんには似合わんほど可愛い名前だな。
「その話しぶりだとクロエ嬢は森に慣れてるって解釈でいいカ?」
「ああ。特にこの辺は私達が生まれ育った場所だからな。私もそうだがクロエは更に凄い。目もいいし弓も得意だから狩りではいつも大捕り物を持って帰ってくるんだ」
最後の方はただの姉バカだがまあそれはいい。しかしもしこの姉の言う通りだったらもうこの三人だけでいい気がしてくるぞ。
「じゃあもうこの三人だけで明日にでも殲滅に行こうじゃないカ。
クロエ嬢が先頭で得物を探しテ、矢でも使ってこっちにオークの人数と練度を教えてくれれば後は僕が狙撃する。
クロエ嬢の射程はどれくらいで、何mまでが索敵範囲だイ?」
そうと言うとフフンという擬音がぴったりなほどのドヤ顔でクロエが会話に入ってくる。
「私の射程は小弓を使っても100mあるわよ!
それに見るだけなら森の中でも200m先の様子も分かるのよ!
ま、距離は大体だけど」
これは超人的だな。大体でも距離が分かるのなら御の字だ。ドヤ顔になるのも頷ける。
「じゃあ先頭ってのはナシで、クロエ嬢には索敵とオークらのいる方向と距離を僕の隣で教えて欲しイ」
「なんでアンタが仕切るのよ。そういうのはパーティリーダーのお姉ちゃんに決めてもらいなさいよ」
いや構わんけども、シャルルは僕の経験を買ったんだからそうするかは別として言わにゃならんでしょうに。
「じゃあシャルル嬢。相棒の射程は500m。だけど命中率とか威力とか考えるのなら200mくらいじゃないとキツいナ。弾数は30発毎に装填がいる。あとは・・・1秒に2発撃てる」
撃てる速度が遅いのは単純にコイツがセミオートだからだ。一発撃つごとに一回引き金を引くので連射する時は結構指が辛い。だから大したことはないんだが、クロエは僕の事を信じられないような目で見ている。
「そんなにすごい魔道具なの、そのくろいやつ」
「ああ。連射速度は制限かけてるだけで外すと一秒に14発撃てるようになるぞ」
「はぁ!?なにそれ!」
金貨1枚いるがな。
銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨一枚だ。
だからざっくり計算しても金貨一枚あれば半年は遊んで暮らせる額になるかな。つまりする意味もあんまりない。
「やはりライフルマンの言う通りにするべきだな。
もし狩り損ねたら次にクロエが弓を射ればいいし、引きうちすれば例え追いかけてきたとしても弱っているだろう。そこに私が切りかかれば各個撃破もたやすいはずだ」
どうやらシャルルは現実をしっかり見れているようだ。なんとなくクロエが足を引っ張って未だに冒険者として村を出れていない感じがするな。クロエ自身になまじ能力があるから余計めんどうなことになっていそうで、なんとなく関わりたくない気がする。
実際、今もクロエは不服そうにシャルルを見ている。
「ところでシャルル嬢は大剣使いって聞いたケド、森みたいな障害物の多い場所で振れるのかナ?
ぼかぁ木の上にでも構えれば視界も良くなるしいいんだけどサ」
「はっはっは。私もここで生まれ育ったといったろ?」
「じゃあ問題ないナ。ただ一個だけ怖いことがあってナ・・・」
僕にはとてもとても怖いことだ。それは脳内でありありと再生できることでそれぐらいリアリティもある。
「何よ。なにかあったらお姉ちゃんが何とかしてくれるからそれでいいじゃない」
「流石にそれは・・・まあ無理だが、出来る限りのことはしよう」
「そうかイ?じゃあリーダー殿にお任せさせてもらおうかナ」
いやまあクロエ、お前なんだけどな。