第二十一話 依頼の内容
9月10日誤字脱字等修正しました。
日が落ちる前に俺たちはサーニャの店に戻った。
少し落ち着いて考える時間が欲しいとの事でナーサと店先で別れた俺は、先に夕食と風呂を済ませると、部屋に戻って一息つく。
今が7時過ぎくらいか。
8時から今後の事をナーサと話し合う予定だから、それまで多少時間がありそうだ。
「はぁ……」
ベッドの上で寝っ転がって目をつぶればまだ昼間の事がはっきりと脳裏に浮かび上がってくる。
さっきまで、ユミスと会って話していたんだよな……。
何かまだ夢を見ているようで、ちょっとのぼせたのも手伝って頭の中がぽやーんとする。
「けど、こっからが重要なんだ」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
まずはユミスとシュテフェンに行く。
そこにいる魔道師ギルドのトップに会って、戦いを終わらせるべく話を付けに行くのが目的だ。
『なんぼ魔道具の件で揉めとるからと言うて、仮にも王たる立場の者に公然と剣を差し向けたりはしぃひんやろ』
ターニャは結構軽いノリでそう言っていたが、実際にはユミスの決意の表れから見てもそんな簡単な話では済まないだろう。
何しろ魔道師ギルドの中心地だ。リスドで散々な目にあわされたあのファウストのような魔道師がたくさんいるわけで、何が起こってもおかしくない。
だったら最初から護衛をたくさん連れて行ければいいのだが、シュテフェンという場所がそれを許さなかった。
十三年前、時のカルミネ王と対立し勝利した公爵の拠点がシュテフェンであり、三年前のカルミネの大災厄で公爵の血筋が途絶え、なし崩し的に直轄領となった為、現女王に対する住民の反感は根深いものがあるという。その為、女王が軍を為してシュテフェンに入るなど暴動を促しているに等しく、今の情勢でそれは出来ないとのことだった。
シュテフェン全体が魔道師ギルドと繋がりがあるわけではなかったが、ユミスにとって危険な場所なのには違いない。
そんな所に行く以上、隠密裏に行動してさっさと会談を済ませるというのが今回の方針であった。
『あるとすれば少人数の暴走やな。魔法では束になってかかってもユミスの魔力に敵んやろうけど、突発的な襲撃を考えると不安やったからね。せやからこそ凄腕の傭兵を護衛に雇ったんや』
『相手が人数でごり押しして来たらどうするのよ! たった二人の護衛で敵の総本山に乗り込んで太刀打ち出来るとでも――』
『ユミスの魔法が発動するまでの一瞬だけ守ってくれたらええ。後はユミスが何とかしてくれるやろ』
『……っ!』
そんな風に言われて、ナーサは一瞬鼻白んでいたな。
暢気そうに嘯くターニャの発言に頭を抱えていたのを覚えている。
『まだ今の所、魔道師ギルドは国を興す気がないんよ。今回の件も建前上はティロールの民に魔道具を配る為と喧伝しとる。せやから大丈夫とは思っとるんやけど……』
『……ほんと、とんでもない依頼ね』
『うちかてほんまは不安だらけやってん。けど、カトルがおれば安心や。あの、よぉわからん桁外れな動きがあれば最悪二人を抱えて逃げることくらい余裕やろ?』
『それもそうね』
とまあ、そんな感じでナーサもこの依頼を快く? 引き受けることになった。
……本気で逃げれば間違いなく人族ではないってバレるからあくまで最後の手段だけど。
そして魔道師ギルドの長と話が付いたら、次はじいちゃんへの報告である。
「良く考えたらレヴィアが居ないと境界島へどうやって行けばいいのかわからないんだよな……」
ユミスも今回の件が片付いたら一緒に孤島へ行くと言ってくれた。
『女王としての責務をほっぽってどないすんねん!』
って、ターニャがマジ切れしていたのだが――。
『竜族の長老が激怒すればカルミネなんてあっという間に消えて無くなるんだから、カトルと一緒に行くのが最重要でしょう!』
それを叱り飛ばして受け付けないユミスの迫力にたじたじになっていた。
……まあ、確かに本当に激怒すれば、だけどね。実際はユミスに甘々なじいちゃんがそんな事するわけない。
ともあれ、竜族の事を聞いてしまった二人――ナーサとターニャも必要があればじいちゃんに会うことを了承してくれたが、そうなってくるとますますレヴィアが今どこにいるのか気になってしまう。
昨晩のサーニャの話だと体調を崩してマリーと一緒にいるそうだが、レヴィアならどんな病気でも魔法でたちまち治してしまいそうなだけに少し心配になる。
もしかしたらユミスなら出来るかもと思って遠話について切り出したのだが、レヴィアと会った事が無い為探し当てるのは絶望的とのことだった。
おそらくリスドに戻ったか、マリーと一緒にラヴェンナへ向かったかのどちらかだとは思うが、連絡の手段をもっとしっかり考えておけば良かったと後悔する。
リスドに居なければ一度ラヴェンナに行ってみるしかないんだろうな。
マリーにも会えるしちょうど良いかもしれない。
「あいつにだけは頼みたくないからな……」
どうしようもなくなったらラドンに頼んで境界島の場所を教えてもらうって方法もある。ただ、それは最終手段にしときたいところだ。あいつに事情を話せば間違いなくまたバレたのかって小馬鹿にされた挙句、竜になって飛んで行くとか平気でやりそうだしな……。
――そうそう、リスドの話になった時に、例のアルフォンソから託された密書の事を思い出してユミスに渡したんだ。
ただ、銀タグに括り付けていたのを見られ、密書の事はそっちのけになってしまった。
『何であんたが銀タグを持ってるのよ?! 黒タグじゃなかったの!?』
『黒タグが正式。銀タグはアルフォンソの意向で持たされたんだ』
『アルフォンソ……?』
『リスドの新しい国王だよ。って、銀タグはどうでもいいんだけど――』
『良いわけあるかっ! あんたねえ、銀タグは国賓に貸し与えられる最高級の栄誉なのよ! 普通はその国の滞在中だけ渡される貴重品で、実際に銀タグを持っている人なんて大陸でも数人しかいないんだから!』
ナーサに凄い勢いで問い詰められたが、その銀タグをもっているうちの二人が俺とラドンなわけで、確かにそれでいいのかって感じはする。
まー、ラドンは石礫の雨を駆逐してファウストを倒したわけで、国を救った功績はあるんだよな。――城壁の破壊とか、めちゃくちゃしたけど。
『んーっ、そないに凄いおっちゃんにはどうしても見えなんだけどな』
ラドンの魔法の事を話したらターニャは軽口を叩いていたが、ユミスはドン引きしていた。
ただ銀タグの功績としては十分とのことで、逆にそれだけの事をしてなぜ人族と偽ってまかり通っていられたのか不思議がられた。
ラドンはラドンだから、としか言えないけど。
……ちなみに密書の件はこの後、すぐに誰かをリスドへ派遣することになり、ユミスたちがその話し合いをする為いったん解散の運びとなった。
「カトル、入ってもいい?」
いろいろ考えていたら部屋の扉を叩く音とともにナーサの声が聞こえてきた。
どうやらもう8時になっていたらしい。
「どうぞ」
俺はベッドから起き上がると、扉を開けてナーサを部屋へ招き入れる。
ナーサはキョロキョロと部屋を眺めていたが、借り物の部屋に何かあるわけでもない。今日買った胸当てに盾、それとリスドに居るときからの愛用の剣を転がしているだけだ。
「あんたねえ、武具をぞんざいに扱わないの!」
「置いてあるだけだ。一応綺麗にはしてるよ。サーニャの家を汚すわけにはいかないし」
早速注意してくる辺りナーサの性分なんだろう。若干口うるさく感じるがだんだん慣れてきた。
「まあ、いいわ。それで今後のことだけど……」
ナーサは立ったまま壁に寄りかかると、声を潜めて話し始める。
「とりあえず今回の依頼は遠出になるから、明日はまず必要なものを買い揃えてからギルドに行くわよ」
「ユミスが空間魔法を使えるから、任せて大丈夫なんじゃね?」
「自分のものは自分で管理する。これ常識よね。共用のものだけ預かってもらうわ」
かっちりしてる性格は変わらないらしい。
「明日聞いてからでも遅くないと思うけどな。ユミスの事だからいろいろ用意してくれてそうだし」
「いいの! 万が一ユミスだけ逃がす為に囮になった時、何も無かったらどうするのよ」
「そんな事態になるくらいならなりふり構わず抱えて逃げるさ」
「うぅう! その時は私も抱えて逃げなさいよね」
ターニャの話では、詳細が決まった後、傭兵ギルドを経由して俺たちに話を通す段取りのようで、明日はまたイェルドと会うことになっている。
「それにしてもカトルの言う通り、ギルドマスターの強制ミッションは本当にとんでもない内容なのね」
「たはは……」
俺としてはユミスに会えただけで十分満足なので、この依頼を振ってくれたイェルドには大感謝なのだが、どうやらナーサはお冠のようだ。
「じゃあそれでいいならまた明日な。朝からギルドに向かうって事で――」
「待って! まだカトルに聞きたい事があるの」
「……ったく、それが本題だろ? さっさと話せばいいのに」
「な、何よ。……いろいろと、こう、切り出すタイミングとかあるのよ!」
結局、あの後マリーの話にはならず仕舞いだった。そんな消化不良の状態でナーサが終わらせるはずがない。
それに俺も聞きたい事があったんだ。
「姉さんは、その……リスドでどんな感じだった?」
「どんな感じ、って言われてもな」
「だから! その、例えばランクはどこまでか上がったのか、とか、能力はどんな感じなのか、とかよ」
「能力は普通、覗き見ちゃダメなもんだろ? マリーは嬉しそうに教えてくれたけど」
「だったら良いでしょ? 姉さんはいつもそうなの」
「ランクは白タグで、能力は剣術スキルが四十超えたって喜んでいたよ」
「なっ……?!」
俺の言葉にナーサは分かりやすく口を開けて絶句してしまう。
「じゃあ次は俺が聞く番ね」
「……は?」
その言葉は完全に予想外だったんだろう。明らかにナーサは戸惑いの表情を見せたが、俺は気にせず続ける。
「なんで竜族の呼び名を知っているの?」
「えっ?!」
「だって、竜殺しの家系なんだろ? それなのに忌み名の竜じゃなく竜族を知ってるなんて、まるで竜族と深く関わりがあるみたいじゃないか」
第三章第十八話~第二十話の加筆修正をしていた為、ギリギリになってしまいました。
次回は10月25日までに更新予定です。