第二十話 誓約
9月9日誤字脱字等修正しました。
「あ、姉ぇ?!」
俺は驚きのあまり思わず大声を上げてしまった。
それに驚いた三人が食い入るように見つめてくる。
「なんで私よりあんたの方が驚いてるのよ!?」
「いやだって、ナーサがマリーの妹だったなんて……。いや、そうか。だからどこかで見たような型だったのか」
「何の話?」
「剣術の話だよ。マリーは本当に暇さえあれば勝負! ってうるさかったから二回模擬戦したんだけど、その時の型が――」
「はぁ?! 姉さんと戦った?!」
「え? ああ、そうだけど……」
俺が頷くや否やナーサは立ち上がって肩を掴み、すぐに離したかと思ったら俯き加減で首をブルンブルン左右に振り始めた。
さすがにナーサの挙動があまりにおかしかったので恐る恐る覗き込んでみたが反応がまるでない。若干放心状態なんだろうか。
そして同じ感覚になったのだろう、ターニャも心配半分、呆れ半分といった感じでナーサに問いかける。
「なんや? カトルが竜族だって知らされた時さえあまり驚かへんかったのに、ナーサはいったい何を取り乱しとるん?」
「そ、そうよね。カトルは竜族なんだから、姉さんだってさすがに勝てなかったんでしょう――?」
「え、勝敗?」
まさかの発言に、ナーサが何に括ってるのかますます分からなくなってしまう。
「うーん……。俺的には互角の勝負だったんだけど、レヴィアが――ああ、レヴィアってのは境界の島の竜族なんだけど、そいつが戦場ではいろんな加護が付くから、とか言っていくつもの魔法をマリーに重ね掛けしたんだ。最後は武具の方が粉々になってなんとか引き分けになったけど、あの試合は本当にやばかった」
「なぁあ……?!」
ナーサは心底すがる様な目つきで俺を見た後、絶望したように下を向き、後ろのソファに座り込んでしまった。
「待って、カトル。そのマリーという女の人はあなたと互角だったの?!」
「ああ。とんでもない強さだったのは間違いないよ」
「そんな人が……に……」
ナーサの次はユミスまでおかしくなる。
眉をひそめ何事かブツブツ呟き始めると、そのまま一人熟考モードとなり、残った俺とターニャが必然的に顔を合わせることになった。
二人のテンションに置いてけぼりになった感が強く、お互い目が合うと苦笑してしまう。
何となく初めて会った時の森を思い出した。あの時はティロールの戦場に居て、どちらも殺伐として心にゆとりがなかったのに、最後は和気藹々と話していたっけ。
「しっかし、カトルが人じゃなくて竜族なんてびっくりや。人間離れした剣術も魔法も納得やわ」
何を話そうか迷っていたらターニャの方から話しかけてくれた。
「正確には竜人だけどね。俺は生まれた時からこの姿なんだ。だから飛べない竜なんだよ」
「竜人……って、うわっ、もしかしてあのおっちゃんも竜人やったんか?!」
「ああ、ラドンの事? そうだよ」
「なるほどな。ほんで納得がいったわ。あの隠密魔法って魔法、めっちゃ凄い効力で、あの後すぐ傍を歩いとったシュテフェンの連中に全く気付かれへんかったからね。しかもいんだその足でここに来たら、ユミスがうちに驚いて飛び退ってな」
「ターニャ!」
突然身に降りかかった話にユミスが顔を赤くしてターニャを怒った。
渡り廊下の仕掛けが何かはいまいち分からなかったが、おそらく探知や感知魔法の類がされているんだろう。それらが無効化されたというのはユミスの魔法がどれだけ凄いか知っているだけに驚きであった。
ユミスの動揺が目に浮かぶ。――きっとあたふたしたんだろうな。
ただそんな俺の視線に気付いたのか、少し拗ねたようにユミスが呟いた。
「常時あの場所に掛けている魔法なんだから竜族の魔力なんて想定してない」
「せやけど、ユミスがあないにうろたえた姿を見せたのは初めてやったしぃ。なんとなしに得した気分になれたわ」
「うぅ……!」
「でもターニャで良かったね。例の魔道師ギルドの連中がユミスを狙いに来たとかだったらシャレになんなかったわけだし」
「ターニャだから気付けなかったの! 私自身の身体強化だと感知出来ないだけで、他人の身体強化とか魔石持ち、あと魔術統治魔法――この街の魔力制御を超える魔力持ちはすぐ気付くんだから!」
小さな顔をふくれっ面にするユミスはどこか小動物チックで可愛らしかった。
俺はそんな彼女を少し苦笑いしながら見つつ、一つ気になったことをターニャに聞いてみる。
「ターニャの能力が凄いのって、もしかしてユミスの身体強化のお陰?」
「能力って……ああ、そういうことか。森でおっさんだけやのうてやっぱりカトルも覗き見とったわけやな。やらしいやっちゃなあ」
「ええっ?! やらしいって言われても俺の鑑定魔法じゃやっとこさ魔力を確認出来る程度だし」
「ん……」
……あれ?
今、一瞬ユミスの方から背筋が凍るような殺気を感じたんだけど……。
「うちの能力が凄いかどうかはさておき、ユミスの身体強化でわやくちゃ増えたのは自覚しとるよ。うちの瑣末な身体強化とはわけがちゃうからな」
「やっぱりそうか。ユミスの身体強化はじいちゃん並みに凄いから」
俺は嘆息交じりに合いの手を入れる。
と、その時――。
「姉さんのと、どっちが凄い……?」
「えっ?」
気が付けば、ソファに深々と座り俯いていたはずのナーサが真剣な表情で俺を見ていた。
「カトルは姉さんと戦ったんでしょ?! それならわかるんじゃないの?」
「えっ、と」
……さっきからマリーの話をする時のナーサの反応が明らかにおかしい。
自分の姉だからかもしれないが、妙に突っかかってくる。
ただ、さすがに姉妹の間の事を今この場で聞くのは憚られた。せめて二人っきりになった時にすべきだろう。
それはそれとしてマリーの終焉なき強化はおいそれと話題に上げて良いような技じゃないはずだけど……。
「マリーの身体強化は切り札だろ? そんな簡単に口に出していいのか?」
「――えっ?!」
だが、返した言葉でナーサが怪訝そうな顔を浮かべた瞬間、俺は思考停止してしまった。
「切り札……って、どういうこと?」
俺はその言葉に天を仰いだ。
……まずい。
またしても俺は大きなミスを犯したらしい。
いや、でもさすがに姉妹の間柄で知らないなんて想像出来るわけないっての。
「まあ、あれだ。ユミスのもマリーのもどっちも凄いってことで」
「答えになってないっ! 姉さんの身体強化のどこが切り札なのよ!」
「それは……」
「カトル。その女の身体強化はそんなに凄いの?」
ユミスまでが眉をピクピクさせて聞いてくる。俺は二人に問い詰められ冷や汗を流した。竜族のことならともかく、マリー個人の話をおいそれと伝えるわけにはいかない。
だがその反応だけで大方伝わってしまったわけで――。
「なんや、カトルは隠し事とか苦手そうやな。おっちょこちょいにも程があるで」
「悪かったな」
くっそー。
何も言い返せない。
竜族の事がバレて箍が外れてしまったらしい。マリーの事まで話したのはどう考えても気を抜きすぎだった。
「……さすがにそれ以上俺の口からは何も言えない。ラヴェンナで本人から聞いてくれ」
「ラヴェンナって、ランクアップもしてないのに帰れるわけないでしょ!」
「カトルは適当なんだから。状況はだいたいわかったけど」
何だか、凄い言われようだった。
まあ、ユミスは俺のダメなところを全部知ってるからなあ。そりゃ隠し事なんて無理に決まってる。
「……あーもう、今日はいろいろ散々だ」
フォルトゥナートには因縁つけられるし、竜族だってバレちゃうし、その挙句にマリーの技の事までしゃべっちゃうし。
「散々って、久しぶりに会えたのに酷い言い草ね」
「いや、ユミスと会えたからそこで全ての運を使い果たしたって感じだよ」
思わず零した愚痴にユミスが少しだけ心配そうな顔を見せる。
「カトルの心配ごとって、竜族のこと?」
「えっ……」
そう言われて目を見張る。
「やっぱりそうなのね。……ごめんね。私もカトルに会えてちょっと浮かれてた。詐称するくらいなんだから竜族ってこと知られちゃダメよね。いつカトルが詐称使えるようになったかは気になるけど」
「ははっ……。うん、そうなんだ。じいちゃんとの誓約で」
俺が誓約と口にした瞬間、ユミスの表情が曇った。竜族にとって誓約がどれだけ重要か当然ユミスも理解している。
だからそれが守れなかった時の代償が凄まじいものであることもわかっていた。
「カトルは悪くない。これは私の責任よ」
「いや、そもそもユミスとじいちゃんが約束してたわけじゃないし。それに謝りに行けばなんとかなるかなって思ってて」
「謝りに……って?」
「んー、実はこれで二度目なんだ。竜族ってバレたの」
「……っ?!」
「さっき話したマリーにも竜族だってバレちゃってさ。その時はラドンのせいにして許してもら――」
「ええっ?! 姉さんもカトルが竜族だって知ってるの?!」
別方面からナーサの驚きの声が耳を劈く。
「びっくりした……。そうだけど」
「じゃあ姉さんはカトルが竜族だって知ってて戦いを挑んだわけ?!」
「え? 最初は違ったけど、……うん。二度目はそうだった。次は魔法に耐えうる装備を用意してまた戦いたいとか言ってたし」
「姉さん……」
さすがにナーサも若干呆れたような表情になった。ただ、さきほどまでとは違い少しだけ満足そうな顔をして一人頷いている。
「カトル、それより謝りにってどういうこと?」
「あっ……、ごめん。話の腰を折っちゃって」
ナーサが引いたのを見て、俺は竜族の事がマリーにバレた状況をかいつまんで説明した。洞窟でラドンがマリーに暴露してしまったこと、それを謝罪するべく当事者が孤島に向かったこと、そのお膳立てをしたのがレヴィアであること。
どうしても俺自身が孤島に戻ったわけじゃないから分からない事も多いけど、概ね間違ってはいないだろう。
「確かに、あのおっちゃんなら十分やりかねへん」
妙にターニャが納得して頷いていた。
「どっちにしてもなるべく早めにじいちゃんに謝ろうとは思うんだ。前回の時もレヴィアが念押ししてたし」
「うん……。私だって今すぐにでもお爺様に謝りに行きたいくらい――」
「あかんで、ユミス! 何を考えとる。今はそないな状況やないやろ!」
不意に漏らしたユミスの一言に顔色を変えたターニャがまくし立てた。だが、それを右手で制しユミスは力強く答えた。
「大丈夫、わかってる。今は優先しなくちゃダメなものがあるから、お爺様に会うのはそれが終わった後……!」
そう言ってユミスは真っ直ぐに俺を見た。
「私は魔道師ギルドと決着を付ける為シュテフェンに向かい、魔道師ギルドの長に会うわ」
「なっ……?!」
それはまるであの時のように、淡々とした口調だった。
俺を優しく愛おしげに見つめる瞳さえもあの時のままに――。
「そんなっ、無謀よ! 何故そんな」
俺が絶句する隣でナーサが叫んでいた。だが、ユミスは気丈な態度で言葉を紡ぐ。
「もう、ターニャの故郷が攻め落とされた時点で戦端は開かれてしまった。だから私がやらなくちゃダメなの」
そう言ってユミスは目を伏せた。
……でも、今はあの時とは違う。
俺は今ユミスの隣にいるんだ。
だから――。
すぐにまた彼女は顔を上げ、とびっきりの笑顔で俺に微笑んでくれた。
「助けてくれる? カトル」
「当たり前だ。俺が大陸に来たのはユミスを守る為なんだから!」
次回は10月17日までに更新予定です。