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第十九話 ユミスとナーサ

9月9日誤字脱字等修正しました。

「ほんで、何がどうなっとるのか説明してもろてええか?」

「私だって聞きたいわ! ……その、助けて貰ったのは嬉しかったけど、でもほんとに死に掛けたんだからね!」

「二人とも落ち着けって! 顔が近いっての!」


 ユミスの案内で後宮にある応接間とも言うべき、こじんまりとした部屋に着いた途端、ターニャとナーサの二人は我慢の限界と言わんばかりに口々に文句をぶつけてきた。

 俺としてはユミスが今どんな所で過ごしているか気になっていたので、もう少しゆっくり部屋の様子を眺めたかったのだが、そんな頓着(とんじゃく)ではなくなっている。


「私も、カトルが何でこの二人と仲が良いのか説明して欲しい……!」

「ちょ、ユミスまで何言ってるんだ?」


 なんか知らないうちに俺が三人に尋問される構図になっていた。

 そもそも依頼の件で来たはずなのに、その説明も無いまま真っ先に俺が責められるなんて理不尽過ぎる。

 だいたいこんな状況になったのもユミスの勘違いが発端じゃないか。

 ――そんな事を思っていたら、一瞬で風向きが変わった。


「ちょっと、何言ってるのよ! 何で私がカトルと、その……な、仲良くなんてないわ!」

「ふん、大層な事を言ってたけど、口が達者なだけみたいね」

「なっ……! 人に向けて魔法を放つことの意味もわからないお子様が何を言ってるのよ!」

「わ、わわわ! 何でその話を蒸し返すねん! せっかくユミスの機嫌がちょびっと良くなってきたのに――」

「……ターニャ?」

「ひぅ……!」


 今のターニャの一言で明らかにユミスの顔色が変わった。

 やっぱりユミス自身も今日仕出かしたことについては色々思うことがあるらしい。まあ、あんな氷魔法を披露してくれたわけだから当然っちゃ当然だ。


「くぅううう。そりゃあ、ご機嫌とろうとしたうちも悪かった。――せやけど、しゃあないやん。ユミスだって今日の今日で蒸し返されたないやろし、ウチはユミスがどれだけ我慢してあれらアホ貴族の話を聞いとるか知って……」


 ターニャはそんなユミスの傷口を(えぐ)るように話し続けた。

 どんな言葉がユミスの気に障るのか表情を見て何となくわかってきたけど、ターニャも悪気があって言っているわけじゃないんだよな。

 ただこのままだとユミスの機嫌は悪くなる一方だから、やめさせないと――そう思った時だった。


「ちょっと待って。私が言ったのはその話じゃない」

「えっ……?」


 不意にナーサが語気を強めた。その言葉にターニャだけでなくユミスも驚いて目を見張る。


「私が指摘したのはあの渡り廊下を通ろうとしただけで魔法が飛んで来たことよ。謁見の間で起こったことじゃないわ」

「――?!」

「女王の立場がどのくらい大変なのか私にはわからないけれど、それでも慰めに来たターニャに向かって魔法をぶつけるのは、剣を振り回して遊ぶ子供か野盗の類と何も変わらないじゃない! ……魔法は真剣と同じ。模造剣なんてないんだから、切っ先を突きつけられたら、もう冗談では済まされないわ。……私は――()()()()()は剣に命を賭けているの!」


 ナーサの言葉にユミスはビクッとして、そのまま何も言わず黙りこくってしまった。ただ、聞き流している素振りはない。それこそ真剣に真正面からナーサの言葉を受け止めて必死になって考えているようである。


「……なあ、ナーサ。それは謁見の間で魔法をぶつけるのはええってことか?」

「そんなの当たり前じゃない。私が生まれた国では王は力の象徴よ。もし謁見の儀式で愚かな行為をすれば問答無用で首を()ねられたって文句は言えないわ」

「さっき殺されそうになった事もか?」

「女王として警告をしていたわ。それにカトルなら簡単にいなせるって。事実、カトルは私を助けてくれたわけだし」

「ほぉーっ……。剛毅な性格しとる。どうやらウチはナーサの事を完全に誤解しとったようや。そないなふうに肯定的に捉えてくれとるとは思わへんかったわ」

「……参考までに、今までどう思っていたのか聞いてもいいのかしら?」

「がちがちにお堅い考えで全否定しそうやなと」

「……それは正直に教えてくれてありがと」


 そんなことを言い合って、ナーサとターニャはお互い微妙な笑みを浮かべる。


「ん……」

「えっ……?!」


 その時、ユミスの方からナーサへ手が差し出された。それはどう見ても友好の証――握手を求める仕草だ。

 戸惑いを隠せないナーサはターニャと二人揃って顔を見合わせ、まじまじとユミスの顔を覗きこむ。


「私は謝らない。でもあなたの考えは理解出来た。これは、その……信頼の握手」


 二人に凝視されたユミスは照れたように頬を赤く染めながら呟くように言った。その言葉にナーサは一つ頷くと、その手を大事そうに握り返す。


「宜しく、えーと、何て呼べば……」

「ユミスでいい」

「私はナーサ。宜しく、ユミス!」


 そう言って、ナーサは愉しそうに笑顔を振りまいた。

 どうやら翻った風向きは、無事収まる所に収まったようだ。


「何や、ウチの時はなかなか呼び捨てで呼ばなんだのに、ユミスの時だけはあっさりやん」

「ターニャのお陰で肝が据わったからよ。でもこれで私たちに依頼を任せて貰えるってことよね?」

「……あなたがカトルとパーティを組んでいる以上、認めるしかない」

「って、なあに? 私はおまけなわけ? ユミス」

「……不満?」

「まあ、まあ。喧嘩しないで――」

「「カトルは黙ってて!」」 


 ユミスの機嫌が直ったように思ったので口を挟んだのだが、完全にやぶ蛇であった。これ幸いと加勢したターニャも含め、またしても俺が三人から文句を言われる構図になっていく。


「だいだいうちはまだカトルが何(もん)なのか聞いてへん。人族やないって、どっからどうみても人間にしか見えへんのに」

「そう、それよ! 何よ、カトルが人族じゃないって――!」

「いや、あの、それは……」


 俺は助けを求めるようにユミスの方を振り向いた。

 さっき、誰かにバレたらじいちゃんに怒られるって話はしたからきっと体裁を取り繕ってくれると思って――。


「カトルは竜族よ」


 そんな甘い期待は脆くも崩れ去った。


「はぁあぁあああ?!」

「なっ……!? 何を言ってるの? 竜族だなんて、そんな……。でも確かにあの動きは……!」


 お、終わった。

 まさかユミスに会えたその瞬間にじいちゃんとの約束を(たが)えることになるなんて……。

 マリーの時はラドンに全責任を(なす)り付けられたけど、さすがにユミスに責任を押し付けるわけにも行かない。

 こうなったら、せめて孤島に戻るまではユミスとの時間を大切に使おう……。

 そんな事を呆然と考えていたら、ユミスが不思議そうな顔で俺を見てくる。


「ターニャなら大丈夫。最初から竜族の事を知っているから……。だって、そもそも私がお爺様に連れられて最初に会ったのがターニャなんだから」

「え……?」


 それって、どういうことだ?

 見れば、ターニャがとても苦い顔をしている。


「約定をいきなり頭から違えるようなこと言うのやめーや! 大体、この場にはもう一人部外者がおるやろ」


 そう言って視線がナーサの方へ向く。


「え……私?」

「……ん」


 珍しく押し黙ったままターニャがゆっくりと頷いた。状況を飲み込めていないナーサが雰囲気に押されて一歩下がる。


「ターニャ、待って。……ナーサはカトルから何も聞いていないの?」

「それは……竜族だなんて初耳よ。言われてみれば今までの事も納得出来るけれど」

「それなのに落ち着いているのね」

「……?!」

「普通、(ドラゴン)だって聞けば、この大陸の()()は動転して逃げ回るほどなのに」

「そ、れは……」


 ユミスの言葉は達観していた。だがそんなユミスの問いかけにナーサは口を噤み、動揺を隠せず視線をあからさまに反らしてしまう。

 ふと隣を見ればなぜかターニャも居心地悪そうだった。そして俺の視線に気付くと乾いた笑いを向けて来る。


「はは……正直言うとな、うちは初めてユミスに会うた時、恐ろしうて逃げ回ったんや。公女っちゅう立場も何もかもほかしてな」

「って、俺はその時の事じいちゃんから又聞きなんだけど、じいちゃん飛んでユミスを連れて来たんだろ? だったら――」

「飛んで……? 何言うとんねん。気が付いたらユミスが船上におったんや。ほんで声だけが響いとった。この娘に何ぞあれば後悔することになるであろうってな」


 じいちゃん……、何かとんでもないことをやってるな。


「ユミスに聞ぃたら竜族に育てられたなんて言うし、その後もしばらく声が頭の中で響き続けとったからな。昔話に出てくるおっとろしい(ドラゴン)の話も相まって怖なったんや」


 そこまで言ってターニャはナーサを見る。


「うちはカトルがユミスの家族やって言うとった時、ああ(ドラゴン)が人を育てるのはほんまなんやなって思っとった。そないな心構えでも大声を上げてしもた。……けど、確かにユミスの言う通り、ナーサはえらい落ち着きっぷりや。普通は(ドラゴン)の存在を信じへん。もしくはウチのように昔話の化け物が出たって動転するかどっちかや」

「……それは私の家が竜族(カナン)と関わりがあるからよ」

「なっ……?!」


 意を決して放たれたナーサの言葉に、俺は驚いて思わず身を乗り出した。


「ん? カナン、ってなんや?」

「それ以上はムリ。私の口からは言えない」


 ターニャは良く分からない、といった顔で俺を見る。どうやらユミスは竜族(カナン)についてターニャに何も伝えてはいなかったらしい。


竜族(カナン)っていうのは竜族のことだよ。(ドラゴン)の呼び名は忌み名なんだ。その名で呼ぶとじいちゃんとか本気で怒るからさ。まあ、俺はあまり気にしてないけど」


 俺の説明にターニャがふーんと頷き、ナーサは顔色を青くする。

 なんだろう?

 別に大した話じゃないはずなんだけど。


「でも、竜族(カナン)って呼び名を知っている人って結構居るんだね。じいちゃんははるか遠い昔にそう呼ぶ者は居なくなったって言ってたけど」

「結構居る、ってカトル、他に誰か知ってるの?!」

「あっ……」


 今度はナーサの方が俺に突っかかってきた。

 やばっと思ったが、もう遅い。完全にこれは俺のミスだ。竜族(カナン)の話になってたし、ここには四人しかいないからって油断していた。

 マリーとはここだけの話って約束だったっけ。

 ――だが俺の逡巡を前に、意外な一言がナーサ自身の口から放たれたのである。


「まさか……その人の名前って、マッダレーナ?」

「えっ、何で知ってるの?! そう、マリーだよ。なんだ、ナーサも知りあいだったのか。それなら――」

「知ってるに決まってるわ……。マッダレーナ=スティーアは私の姉なんだから……!」

次回は10月15日までに更新予定です。

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