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第十七話 氷の惨劇

8月26日誤字脱字等修正しました。

「カトル、大丈夫なんか――!」


 切羽詰った声が響いて、俺はようやく我に返った。

 だが振り向くと若干怯えた表情でターニャが一歩後ずさる。


「カトル、その光は……?」

「えっ?」


 見れば俺の身体から炎にも似た淡い光が湧き出ていた。ちょうど俺の足元で氷が解けており、それが一層不自然さをかもし出している。

 おそらくユミスの氷魔法に対抗して魔力を捻出したせいだろう、その衝撃で打ち消しあった力が発光して目視できる状態になったんだ。


「これは多分ユミスの魔法に抗った魔力が反応したんだと思う」

「……カトルはユミスネリア様の魔法に対抗出来る力を持っとるんか?」

「いや対抗って、ユミスはここを狙ったわけじゃないだろ? 飛び火した魔力を抑えただけだよ」

「せやけど!」


 ターニャはなおも執拗に食い下がってくる。


「そんなことよりさ、謁見の間は大丈夫なの?」


 俺の突っ込みにターニャはハッとして視線を向き直した。そして蟻の這い出る隙間もないほど氷に埋め尽くされた謁見の間の状況に頭を抱える。


「なんしかこうなったら謁見は中止や。ウチらも行くで。付いて来ーや」


 そう言ってターニャは急いで部屋を出ていった。


「ナーサ、行こう」

「え……ええ」


 すんでの所でターニャに救われたナーサはまだどこか呆然としていて、ガラス一杯に広がる氷の世界を見入っていた。俺はユミスの魔法を見慣れているけど、いきなりこの威力を見たらびっくりするのも無理はない。

 ただ、このままだとターニャを見失ってしまうので、俺はなんとかナーサの手を引きつつ後を追いかけていった。




 ―――



 それがどうやって出来たかはわからない。

 開け放たれた扉の向こうには、芸術的なまでに繊細で精巧な造りを成した氷の人型が見事にくりぬかれていた。

 その間を伝って、中からよたよたとおぼつかない足取りで十数人の貴族たちが這いずり出てくる。

 若干、髪の毛が白く輝いているのはまさに氷によって雪化粧ならぬ氷化粧が施されたせいだろう。その姿はなんとも滑稽であったが、謁見の間に広がる視界のほぼ全てを覆いつくす巨大な氷を前にして短絡的な感情はカケラも沸いてこなかった。

 ナーサは明日は我が身と恐れ(おのの)き、俺はちょうど人が這い出て来れる隙間を作り出した氷魔法の技術レベルに背筋を凍らせていた。


「ぐ、ぐぬぬ……これはいったいなんと言う仕打ちだ」

「我らの謁見はどうなる?! 私は今日この日の為にわざわざここまでやって来たのだぞ!」

「誰が不興を買ったんだ? いや、そもそも陳情の内容いかんでこんな悪夢を見せられるのか!?」


 扉のそばに居た貴族たちが口々に不平を並べている。ただこれらはまだ肝の据わった者たちで、大多数は這いずり出てきた貴族たちの悲惨な姿に声にもならない悲鳴を上げその場にへたり込んでいた。

 比較的広間が閑散としていたのはすでにかなりの数の貴族が逃げ出してしまったからだろう。残っているのは腰を抜かして動けない者と、不満を口にする者、そして実際に氷魔法を体感してガタガタ震えている者だけだ。

 ――さっきまで優雅な社交場だった一階の広間はさながら地獄絵図の様相を呈していた。

 そんな中でターニャは助け出された一人の男を掴まえると確認に移り始める。


「どうしてこないなことになったんや? 説明しぃ!」


 その者は謁見の様子を記録する書記官であった。

 他の貴族と同様、若干氷で白くなった髪の毛を払う余裕も無く佇んでいた青年は、尋常ではない剣幕で迫るターニャを前に直立不動になる。


「はっ、あの、陛下による鮮烈な氷魔法で謁見の間がこのような――」

「それは見ればわかる! そのきっかけを聞いとるんや」

「も、申し訳ありません。あの、陛下がお怒りになった発端は、タルデッリ侯爵の御子息、フォルトゥナート=タルデッリ伯爵の上申にございます。タルデッリ伯爵は王宮からの名誉ある依頼を平民に下賜されることに苦言を呈され、それに同意した貴族たちが皆で陛下をお諌めしたのです」

「はっ、アホ抜かせ。そのくらいでユミスネリア様がこないな仕打ちするわけあれへん」

「はいっ、あの……実は、お話の流れで陛下が平民と過ごされた生い立ちを語られましたところ、タルデッリ伯爵が、貴族に魔道具をお与えになるのを廃止なされた陛下のお考えとは思えないと仰り――」

「あちゃー……」


 ターニャは思わず額に手をやり頭を激しく左右に振った。


「それはまさしくユミスネリア様に対する挑発や。タリデッリ卿がほんまに何も知らんアホでなければ、意図的に曲解しとるとしか聞こえへんやろ」

「陛下は我慢強く魔道具の危険性をお伝えになりましたが、最後までフォルトゥナート様が平民と貴族の差について御諌め続けまして、ついに陛下が、私はその平民である者と一緒に過ごしてきた、私の誇りをなぜここまで汚されねばならないと烈火の如くお怒りになり……」

「ほんでこの始末っちゅうわけか……」


 ターニャは大きな溜息をついて這いずり出てきた貴族たちを睨みつける。


「お待ち下さい公女閣下。確かにタルデッリ卿の申し上げた事はいささか程度が過ぎたかもしれませんが、陛下のなさりようも過度ではありませんか?」


 不平を口にしていた貴族たちがわざわざ俺とナーサに一瞥した上で、ターニャに話しかけてきた。


「そもそも平民と貴族に差があるのは事実です。それにも関わらず、そこにいる(いや)しき者たちに依頼をするなど、どういう意図がお有りだったのか説明を求めてしかるべきでしょう? それとも公女閣下の独断というわけですかな」


 口調は穏やかだが、その言動はターニャを糾弾する気満々の様子であった。だが、彼女はもう一度大きな溜息をつくと感情を殺した声色で話し始める。


「そもそも貴族と平民を区別して依頼などしてへん。あくまでウチは傭兵ギルドに依頼を伝えたんや。実力ある者が必要やったら当然やろ」

「実力ある者、ですか。それならば、いや、それこそ傭兵ギルドの幹部に就任したタルデッリ伯爵に頼まれるのが宜しかろう? 貴族でありかつギルドの幹部。これだけ相応しい人材もないでしょう」

「タルデッリ卿はテストに不合格やった。ウチは実力ない者に用はあれへん」

「なんと、これは異なことを。傭兵ギルドの幹部であるタルデッリ伯爵に実力がないとは、公女閣下はご乱心召されたか」


 隣で聞いていると、理路整然と答えているようでまるで話が通じない相手なんだとわかる。そんな奴らが数人徒党を組んで、左様左様と自分たちの要求を正当化してくるのだからたまったものじゃない。

 それを考えればターニャは我慢していた方だ。

 だからついにターニャがキレて喚き出すのも無理からぬ事だった。


「ああーっ、もうまどろっこしいわ! そないに言うなら実力を見してみぃ。ちょうど目の前にどかさなあかん氷の塊があるやろ。これをさっさと除去しぃ。実力があるっちゅうのなら簡単な話しやろ」


 そう言ってぐるりと文句を言い続ける貴族たちの顔を眺め回した。


「何をバカな事を! 制御が働いて魔法を満足に使えない状況下でこのような膨大な氷を取り除くなどどれだけ労力が掛かる事か分からないのですか?!」

「左様。なぜこんなとんでもない事が起こってしまうのか。陛下は謁見の間を氷で封じて我々の話を聞く気がないのではないかと勘ぐってしまいますぞ」

「そうじゃ、そうじゃ」


 口々に文句を連ねる貴族たちを前にターニャは眉を寄せつつ三度(みたび)溜息をつく。


「そないなことさえ出来ひん者に用はあれへん。そもそもうちなら出来んで」

「なっ……?!」


 貴族たちが絶句する。

 確かにさっき見たターニャの魔力ならそのぐらい出来そうだ。


「ただまあ、ほんなら納得せぇへんやろ」


 そう言ってターニャはほくそ笑みつつこちらを見る。


「カトル、やってもろてもええか?」


 まさかこのタイミングで無茶振りしてくるとは思わなかった。

 一斉に貴族たちの視線がこちらに向けられる。驚き、戸惑い、侮蔑、いろんな感情が混じっていそうだが、その全てが否定的な感情に支配されているのはわかった。


「とりあえず、人が通れる程度の道でいい?」

「ほんでええよ」

「それなら……」


 俺は仕方なく最小限に魔力を捻出し、苦手な火属性の魔法を作り出す。


「なっ、なっ、なっ……」


 たったそれだけの事なのに、その場にいた貴族たちは腰を抜かさんばかりに驚いた。


「わわ、ストップストップ、カトル! そないに巨大な魔力をぶつけたら謁見の間がとんでもないことになってまう」


 どうやら王宮の魔力制御を越える為に少しだけ魔力を高めようと思ったら、制御に失敗してとんでもない威力の魔法が顕現してしまったらしい。


「うわっ……ごめん。俺、火属性苦手でさ。どうしてもまだコントロールが……、あ、とりあえず魔力で氷を打ち消すよ。これなら大丈夫なはず――」


 俺は何とか魔力を制御すると氷に向かって流し込むように差し向けた。単純に魔法を放つより多くの魔力を費やしたが、炎の熱で氷を溶かすことに成功する。

 当然謁見の間の豪勢な絨毯は解けた氷で水浸しになってしまったが、まあそれくらいは許してくれるだろう。とりあえず玉座までまっすぐ歩ける程度の道はなんとか作れたようでホッとする。


「あ、はは……。ウチは剣術で氷を切るかと思っとったんやけど……ほんまに底の知れへんやっちゃな」


 ターニャが乾いた笑いで出迎えてくれた。隣に居たナーサももはや呆れ顔だ。

 なるほど、そういうのを期待してたのか。

 でも今は真剣持ってないし、さすがに模造剣でユミスの作った頑丈な氷を何とかするのは無理だ。


「ぐ、ぬぬぬ……」


 傍らで一連の状況を見守っていた貴族たちが言葉にならないうめき声をあげた。

 自分たちが散々否定していた事をあっさりクリアしてしまったものだから、憤懣やるかたない思いなんだろう、ものすごい形相で睨みつけてくる。

 それに気付いたターニャがニヤリとした笑みを浮かべたのも良くなかった。


「そ、そのような得体の知れない者に依頼など、納得できるものか!」

「――っ! そうじゃ、わしも絶対に反対じゃ! 何もかもおぬしの独断で決められると思うな!」

「その通りだ!」


 貴族の一人がついに激高したかと思えば、それを皮切りに火がついたように周りの連中も悪態を吐きはじめた。

 だが、ターニャは涼しげな表情で見守ると返す言葉で一刀両断にしてしまう。


「安心しいや。ユミスネリア様の許可なくうちの独断で依頼などできへん。得体が知れんかどうかは謁見が終わった後で直々に吟味してもらうことになっとる」

「……くっ!」

「まさか、ユミスネリア陛下の決定に異論を挟む者はおらへんよな?」


 貴族たちはターニャを恨めしそうに見つめるが誰も口を開こうとしなかった。

 勝ち誇ったようにターニャはふんぞり返り、貴族たちは俯き加減で一人、二人とその場を離れていく。

 ……

 ……ん?

 って、あれ? ちょっと待て。

 直々にって、この後ユミスに会えるってことか?!


「カトルのお陰で氷の後始末もなんとかなりそうやし、他にユミスネリア様に謁見したいっちゅうやつは前に出え。ただし、相当ご機嫌斜めになっとるはずや。せやから巻き添え食うても知らんけどな」


 俺の当惑をよそにターニャは謁見の続きを行う方向で話を進めていく。

 だが、いくら俺が人の通れる道を作ったとはいえ、目の前に色濃く残る惨状を前にしてまだ謁見を希望する強者(もさ)は皆無であった。

 それを満足げに見渡すとターニャは文句を言ってきた貴族どもを一瞥し宣言する。


「ほんなら落ち着いたらまた謁見の日取りは通知するから、今日の所は解散や。……そこの這いずり出てきた者を除いてな」


 鶴の一声とも言うべきか、雲の子を散らすように貴族たちは去っていった。悪態をついていた者たちも渋い顔でその場を後にする。

 そして未だ動けずにへたり込んでいる女王の不興を買った者たちは、ターニャの指示で集まった査問官に地下の特別室へ連行されていった。


 ――ただ、その中でフォルトゥナートだけが最後まで俺を睨み続けていた。

 その瞳からはどす黒い憎悪の感情が渦巻いているように見える。


「気にせんでええ。あれは逆恨みみたいなもんや」


 ターニャがフォルトゥナートの視線に気付くと呆れたように言い放った。彼女には奴の存在など取るに足らないものに映っているのだろう。

 だが、俺には何とも不気味な存在に思えた。あそこまで露骨な態度を示されると反発より先に薄気味悪さを感じてしまう。

 その姿が階段の下に消えてもなお俺の心に一抹の不安が残り、すぐに消え去ることはなかった。

次回は10月9日までに更新予定です。

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