第十六話 逆鱗
8月24日誤字脱字等修正しました。
「ほら言うたとおりや。必要なしやろ?」
途中から呆れ返っていたターニャがうらめしそうに呟く。
「あんた、ねえ! はぁっ、はぁっ……何でそんな簡単に剣を捌けるのに、倒しちゃわないのよ!?」
ナーサはというと勝ったのに俺の戦い方にお冠だ。
「そんなこと言われても、攻撃して万が一その隙にターニャがやられたらテスト失敗だろ?」
「そうだけど私まで守っている暇があったら一、二体は攻撃出来たでしょうが」
「ナーサがいたから安心して守りに専念したんだ。ちょっとの間なら耐えられると思って」
「なっ……! そ、そう言うことなら別にいいんだけど……。でも大変だったんだからね! 寄ってくる人形を次々吹っ飛ばすの」
ナーサはまだブツブツ文句を言っていたが、ほんとの所、人形相手に本気で剣撃を浴びせて万が一壊したら怒られる気がしたんだよね……。ユミスに。
そもそも開始早々ターニャがエーヴィたちの時とは比べ物にならないくらいあっちこっちに移動したので、俺はそのそばを離れないよう細心の注意を払っていた。
それをナーサが、エーヴィの苦戦を見ていた為だろう、俺のすぐそばに来てターニャの護衛に回ったから、それならばと二人の守りだけに集中することにしたんだ。
ただそのせいで人形があまりに密集し過ぎて通る隙間もない程になってしまった。そんな状況になるとは思いも寄らなかったが、一緒にターニャも動けなくなったのでかえって守るのが楽になり、俺は押し寄せる人形の剣を跳ね除け続けるだけで良くなった。
「ったく、なんちゅう剣術スキルやねん。確かにギルドマスターが太鼓判を押すだけの事はあんで」
「あれ、イェルドの奴、何か言ってたの?」
「さっきぼそっとな。カトルの剣術スキルは右に出るものがない程や。せやから、護衛の任務ならうってつけやってな」
お、やっぱり護衛の依頼だったんだな。それならドンと来いだ。俺はユミスを守る為に剣術を頑張ったんだしね。
……まあ、じいちゃんの修行のほとんどは竜族の身体能力を隠すためのものだったけどさ。
「なんしか、いちゃもんなしの合格や。詳しい話は上の騒動が終わってからやけど宜しゅう頼むわ」
「宜しく! ターニャ」
握手を求めてくるターニャの手を俺はがっちりと握り返す。それに続いてナーサも手を差し出したのだが――。
「宜しくお願いします、ターニャさん」
「なんや、まだナーサはよそよそしいな。依頼っちゅうもんは信頼関係が重要やで。こないならカトルだけに依頼を――」
「わ、わかったわよ! ターニャ。これでいいんでしょ!」
「せや、ええ感じやで」
晴れやかな笑顔のターニャに頬を膨らませつつナーサはしっかり握手で応えた。
「それで、上の騒動って?」
「ああ、貴族どもの謁見の事や。あれが終わらへんと何も出来ひん」
そう言いながらもターニャはニヤリとする。
「せやから上から高みの見物と行こか。二階と三階の間に謁見の間を覗ける部屋があるんや。何を言っとるか声は聞こえへんけど、皆、月に一回の謁見で切羽詰っとるからな。態度や仕草が上からだと丸分かりで……おもろいで」
「結構いい性格してるのね、ターニャは」
「あっはっは。こないな立場におると、そうでも思わんとやってられへんって」
そして俺たちはターニャの案内のもと階段を上り、その謁見の間を覗けるという部屋へ向かった。
途中一階を通った時、貴族たちの血走った目がこちらに集中したが、ターニャはどこ吹く風、全く気にする素振りも見せずさっさと通り過ぎていく。
ただ何となくさっき通った時よりも嫌な感じの視線が多かった。もしかすると貴族たちにとって公女の存在は煙たいものなのかもしれない。
ターニャも貴族を嫌っている節があったので五十歩百歩のようだが。
「さあ、ついたで。なかなかええ眺めやろ。そのガラスはうちもどないな仕掛けかわからんけどこっち側からしか見えへんのや。せやからおもろい光景がようさん見れんで」
ターニャが示す方向の壁は全面ガラスになっており吸い込まれるような光景が広がっていた。水晶の輝きが部屋全体を煌びやかに覆いつくし、近寄れば階下に荘厳な礼服に身を包んだ貴族たちが粛々と歩みを進めている。
ただ一番目にしたかった場所――女王の玉座は、ちょうど天井へ伸びる巨大な円柱の死角となって見えなかった。
「残念やけど、こっからユミスネリア様を拝むことはできひんよ」
ターニャは苦笑いしながら俺の肩の上に手を置いてきた。
なんとか貴族たちの拝跪する方向にいるはずのユミスをひと目見れないかいろいろ動いてみたがどうしても無理なようだ。
「言うたやろ? 貴族を見る為やって。こんな頭上からユミスネリア様を拝むんは不敬や。出来ひんに決まっとるやん」
どうやらわざと天井を支える柱で玉座が見えない区画に部屋が作られているらしい。他の部屋もこういう造りになっているようで、このままだとせっかく依頼を請け負って王宮に来る機会が増えたとしてもユミスの顔さえ見れないって事になる。
「そないに残念そうな顔せんとってな。まあおいおいな」
よほど表情に出たんだろう、俺を見たターニャが困惑気味だ。
「ほら、それより見てみぃ。タルデッリ親子が揃っておるで。ほんまに拝謁を願うとは思わへんかったわ」
ターニャが指差すのを見て貴族の側に視線をずらすと、フォルトゥナートがやや背の低い小太りの男と共に優雅に会釈していた。いつの間に用意したのか華美な礼服に身を包み儀礼用の剣を腰に装着している。さっきのテストで吹っ飛ばされていたのと同じ人物には到底思えない変身っぷりだ。
「こうして見ると傭兵っちゅうのが信じられへんな。……下手な事を言うてユミスネリア様が怒り出さんとええけど」
謁見の間の中央に長く伸びた絨毯の上をフォルトゥナートたちは歩いていた。その周りに幾人かの礼服を纏った者たちが並んでおり、中には興奮気味に両手を大きく広げ大げさに振る舞っている者もいる。
「なんか他にもフォルトゥナートみたいな人がいるね」
「残念やけど、貴族は総じてあないな感じなんよ」
「ゲッ……それは――」
関わりたくないなあ、と言おうとしてグッと堪えた。
こんな適当な感じだから忘れがちだけどターニャだってれっきとした貴族なんだよな。
……まあ、ターニャは貴族っていうよりその辺にいる傭兵と何も変わら――。
「なんやジブン、今失礼な事考えたやろ?」
「いやいや、そんなことないって」
あぶないあぶない。
どうも俺は考えている事が顔に出るたちだから気をつけないと。
「貴族見学もいいけど、結局、私たちって何をすれば良いの? そろそろ教えてくれても良いんじゃない?」
「依頼内容な……」
ちょうど良いタイミングでナーサが話を切り出してくれたので、それに俺も乗っかる事にする。
「さっき、護衛って言ってたけど」
「えっ、うちそないな事言うたっけ? しもたなあ……。まだうちの独断では決められへんのや」
「は? 決められないって、誰かの許可が必要なの?」
「当たり前やろ。ま、カトルとナーサなら問題ないと思うけどな。カトルは言うに及ばず、ナーサもあれだけ刀を使いこなせとったしぃ」
「あ、あれは本当に偶然っていうか、たまたま上手く扱えただけで……」
「それにしてもや。なんでカトルはナーサが刀を使えるってわかったん?」
「ああそれは、リスドにいた時に曲剣の使い手だった凄腕の傭兵が居たんだけど、ナーサの型にやたら似てたんだ。だからターニャの話で何となくピンと来た」
「リスドで曲剣……?」
ナーサを見て思い出したのがマリーの剣捌きだった。そのスタイルは真逆と言えるものだったが一つ一つの所作は非常に似通っている。まるで対比を見ているようにナーサは静、マリーは動を体現していた。
「ピンと来ただけで普通は刀を渡さへんよ。曲剣って言うてもあれは特殊や」
「特殊?」
「ナーサならわかったんちゃうん? 普通の曲剣とは違たやろ?」
ターニャに言われて考え事をしていたナーサがハッとしたようにこちらに振り向いた。
「え……ごめん、何?」
「なんや、話聞いてへんかったんか。刀や、カ・タ・ナ。普通とは違たんちゃうん?」
「ああ、うん、そうね。とても……使いやすかった。まるで身体の一部みたいに反応してくれるなんて、これまで使ったどんな剣よりも手に馴染んだわ」
「身体の一部、な。それは凄い評価やね。そないに気に入ったなら、依頼を正式に請け負って貰うた暁にはうちから一振り進呈するわ」
「えっ、ほんとに?!」
「刀はそこらじゃ売られてへんやろ? うちの家に数本眠っとるけど誰も使い手おらへんからね。ほんで依頼をしっかりこなしてもらえるんなら御の字やわ」
その言葉に相好を崩したナーサはその場で小躍りを始めて喜んだ。何か考え込んでいたようだが、あまり大したことではなかったらしい。
ただとりあえず話を誤魔化せてほっとした俺はきっかけとなった貴族の方をチラッと見て――何か様子がおかしい事に気付く。
中央でフォルトゥナートが大げさに両手を広げ何事か話しているのを周りにいた貴族たちがさかんに囃し立てていた。隣にいた小太りの男はおろおろしてやめさせようとしているのだが、フォルトゥナートは周りの貴族に煽られてさらに何か言い始める。
「なんや? どないしたん?」
俺が謁見の間の様子に釘付けになっていたら、ターニャとナーサの二人がそばへ寄ってきて一緒に下を見始めた。
「えっ、何? 何が起きてるの」
「ちっ、あのバカ。まさか、ほんまに依頼の事を話したんか?!」
そして空気が一瞬で変わった――。
フォルトゥナートが、そしてさかんに囃し立てていた貴族たちが何かに怯え始める。
「あかん! こっから離れ――」
そう言ってターニャがナーサを庇い俺の手を、取る事が出来ないまま向こう側に飛び退ったその瞬間――。
空気を締め付けられるような感覚に支配されたかと思うと、耳を劈くような音が鳴り響いたのである!
思わず両手で耳を塞ぐも凄まじい魔力の放出を肌で感じ、咄嗟に魔力を最大限に捻出して対抗する。
見れば目の前が真っ白になり、謁見の間を映し出していたガラスに何重ものヒビが入っていた。足元は冷気が漂い、あっという間に氷が張っていく。
もはや俺はその光景を呆然と眺めることしか出来なかった。
……こんな芸当が出来るのは一人しかいない。
「ユミスの、氷魔法……!」
久しぶりに見たユミスの氷魔法は、あの頃よりもはるかに力を増したものだった。
『王宮を反乱分子ごと凍てつかせた――』
マリーとレヴィアが話していたのは何も大げさではなかった。
謁見の間全てが氷に埋まり、見るも無残な光景が広がっていたのである。
次回は10月5日までに更新予定です。