第十五話 真価
8月24日誤字脱字等修正しました。
「あれ……?」
少し余裕が出来たので周りを伺ったのだが、何だか様子がおかしい。ようやく起き上がったフォルトゥナートも含め、その場にいる者の顔に怯えの色が見える。
「どうしたの?」
俺は人形の攻撃を剣で捌きながらターニャに尋ねたのだが、彼女は一瞬ポカンと口を開け、それから呆れたように文句を言ってきた。
「なんでそないに余裕そうなんや。しかもまったく攻撃せぇへんし」
「意外と単調な動きだからね。このくらいの数なら大丈夫」
「……さ、さよか。……うちなんてたった……でも……っちゅうのに」
「ん、何?」
「あー、もう終いや終い。これ以上やっても意味無いやろ」
そう言ってターニャは指を鳴らし人形を退かせる。
どうやら最初のテストはこれでクリアらしい。剣も何とか壊れず持ったしナーサのオーダーもこなせてまずは幸先良い出だしだ。
「底知れないわね。何だか私と戦った時より動きが洗練されているように見えたけれど?」
戻り際、エーヴィがそんなことを囁いてくる。俺は笑って誤魔化すがナーサに言われた構えや足運びだけでも傍から見てると気付くものなんだろうか。
「避けることしか能がない下賤の者め……!」
だが、その隣で胸の傷を押さえていたフォルトゥナートが怒りに顔をゆがめ俺を強烈に詰って来た。
「……む」
確かに避けてばかりだったから言い返すことはないんだけど、何で絡んでくるかな。
「フンッ、図星をさされ縮こまっているようだな。なぜこのような者に王宮が依頼をせねばならない? 貴族の恥と知るべき――」
「それくらいにしとき、タルデッリ。王宮の依頼にケチつけんとってな」
見かねたターニャが割って入ってくれた。さすがに俺も言い返したくなったけど、彼女の方が貴族とか言ってる奴には効果的だろう。
「これは失礼しました、公女閣下。ただ栄誉ある王宮の依頼をこのような逃げるだけの勇気なき者に与えるなど、貴族として我慢ならず――」
「ウチはそれくらいにしときと言うたはず。少し黙りや」
「なっ……!? 公女閣下はこのような貴族ではない者を庇うのですか?」
信じられない、と言った目をフォルトゥナートは向ける。だが、その言葉がターニャの逆鱗に触れた。
「アホ抜かせ! この場に居てええのはウチと傭兵ギルドの者だけや! 貴族っちゅうならちょうど今日は謁見の日。そっちで陳情したらええ」
「……っ」
「タルデッリ卿は上でゆっくり立食パーティに参加しぃ。辛うて動けへんようなら申し訳ないけどコンビ組んだ相方に任せるわ」
ターニャは怒った顔をエーヴィにも向ける。さすがにそれには逆らえずエーヴィは黙って一礼すると、恨めしげな表情を見せるフォルトゥナートに無理やり肩を貸して階段を上っていった。
「うちは貴族面して能力ある者を排除したがる連中が大っ嫌いなんや。まさか傭兵ギルドに入っとるような貴族にあないな考え方をしとる奴がおったとは思わへんかったわ」
おそらくまだ階段を上っているであろうフォルトゥナートへ聞こえよがしに悪態をつくと、ようやく清々したのかターニャはこちらに笑顔を向けてきた。
「なんや、つまらん話を聞かせてすまへんかったね。さあさ、気ぃ取り直してそっちの、えーっと……」
「ナーサです」
「ナーサな、覚えたで。ナーサの番と行こか。準備はええか?」
「……はい!」
少しの逡巡も見せず、ナーサは力強く頷いた。
「本当に大丈夫か、ナーサ?」
「ありがと。信じられない避け方で参考にならない所もあったけど、お陰でいろいろと対策出来たわ」
「攻撃をしてくる時の隙とか――」
「あんたねえ、言ったでしょ。私はこれでも剣術には自信があるの!」
ナーサは言わなくてもわかってる、という表情で俺の発言を制すると、練習用の長剣を手に部屋の中央へ歩みを進めた。
「いつでもいいのでお願いします」
「ほないくで」
ターニャの合図で人形が現れると、すぐにナーサを攻撃し始めた。
だが俺への攻撃の時に一度見ている為か危なげなくそれを避けると、逆に隙を突いて渾身の打撃を浴びせる。
「へええ、結構やるやんけ。今のはめっちゃおっきなダメージやったわ」
深追いはせず身構えるナーサに、怒りモードの人形が凄まじい速さで攻撃を繰り出して行く。それを細やかな剣捌きで勢いを殺していく動きは俺とは違って非常に優雅に見えた。
とりあえず一対一の戦いなら人形相手に劣勢にはならなそうである。
「ぼちぼち数が増えんで」
その声と共に再び空間を割いて人形が二体現れた。
しかし、何度見ても何も無いところから突然出て来るのは不思議だ。魔力制限がされているこのカルミネで自由自在に空間魔法を操るターニャもまた凄い魔力の持ち主ってことか。
それにしても空間魔法って出来たら便利なんだよな。やっぱり俺ももうちょい頑張って練習すべきか。
……そんな事を考えてちょっと目を離していた隙に、いつの間にかナーサが壁際に追いやられていた。
「えっ……何で?!」
あまりの変わりように俺は困惑を隠せない。
「なんや、よそ見しとったんか? 見てみぃ。ナーサの剣に亀裂が入っとるやろ」
「なっ?!」
良く見ると確かにターニャの言う通り細かな亀裂が刃の部分に入っていた。このままではあと何撃か受けると剣が折れてしまうだろう。今も徐々に亀裂が深くなりつつある。
「模造剣が劣化してたんじゃないの?」
「それもあるかもしれへんけど、どっちかっちゅうと切っ先のずれやな」
「ずれ……?」
「そうや。さっきから見とったけどナーサの剣はどこぞ違和感があるっちゅうか、微妙に攻撃を受け切れておらんのや。避ける動きとか繰り出す剣捌きとか見事なのにな」
「……っ」
「うーん。まさかとは思うけど普段はちゃう武器使ってへんか?」
「いや、まだ会って間もないけど俺が見る限り長剣しか――」
……いや、まてよ。
そこまで言って俺はさっき雑貨屋でオルネッラが話していた事を思い出す。
ナーサが初めてオルネッラの店に赴いたのは仲間と揉めて慣れない剣を買いに来た時とか言ってなかったか?!
「まさか……!」
もう一度、俺はナーサの剣捌きを見据えた。
良く見れば、少しだけ切っ先を斜めに傾けて相対しているのがわかる。だが、長剣はそもそもその重さで打撃を与える武器だ。あれでは刃の一部分に負荷を掛けすぎてしまう。
なぜあんなわかりやすい違和感に気付かなかったんだろう?
いや、あの使い方自体はどこかで見たような……。
そこまで考えて、俺の中にピンと来るものがあった。
「ん?! カトル、どこに行くん? 手助けは厳禁やで」
「剣だ! それくらいいいだろ?」
俺はすぐに階段下まで走ると、長剣の陳列する区画を通り過ぎ、もっとも離れた場所に置いてある一振りの剣を手にした。
……見慣れない剣だ。台座の名札を読んでみると――。
「刀、ね。これなら……!」
そして俺はナーサの足元にその刀を滑らせた。危うくナーサが足を取られそうになったのはご愛嬌だ。
「それを使え、ナーサ!」
「はぁっ……?!」
「前にナーサが使っていた剣は直剣じゃないんだろ? その刀ってやつならきっとナーサの動きを邪魔しないはず……!」
「これは……!? いや、でも私は――」
「なんで今の剣にしたのか知らないけど、絶対にこの依頼を勝ち取るんだろ?! だったら最善を尽くせ。今のままじゃ過去の自分にさえ勝てないぞ!」
「……わ、私は――!」
そのわずかの逡巡が判断を遅らせた。
ナーサは人形の攻撃を慌てて跳ね返そうとしたが、亀裂の入った長剣では衝撃に耐え切れず真っ二つに折れてしまう。
だが――!
「たぁーっっ!! せいっ!!」
すんでの所で転がってかわしたナーサの手には刀が握られていた。すぐに立ち上がり鞘を投げ捨て独特の反りを持つ刀を構えると、さきほどまでとは雲泥の動きで人形の首筋を切りつけ、返す刀で人形の打撃を横すべりに払い落とす。
「なっ……?! なんやて?!」
「……よしっ!」
ナーサの身のこなしが明らかに変わった。それは傍目にも分かるほどで、ターニャは素っ頓狂な声をあげた後、ポカーンと口を開けてその姿に魅入っている。
単純に長剣より刀が軽いというのもあるだろう。
だが、なによりナーサの手に吸い付くかのように刀が馴染んでいるのだ。刀の反りを利用した強烈な打撃、ナーサの優雅で流れるような動きに即した刺突、そして相手の剣を正確にいなす剣捌きならぬ刀捌き……。それら全てが少し前のナーサ自身を凌駕し、ここまでの苦戦が嘘のように人形たちを手玉に取り始めていた。
「これはびっくりやわ。まさかここまで綺麗にやられるとは思わへんかったわ」
複数相手に難があるのは変わらなかったが、避けた後のカウンターで一体ずつ人形を吹っ飛ばして行くのは見ていて爽快であった。
どんどん人形の数は減っていき、最後の一体を蹴散らしたところでターニャから静止の声が入る。
「もう十分や。少しインターバルを置いた後、本番行くで」
「ふぅっ、ふぅっ……。はい」
ナーサが荒い息遣いで座り込んでいた。そこに俺は喜び勇んで駆けつける。
「やったじゃん、ナーサ! 凄い刀捌きだったよ」
「はぁっ……、はは……。あんた、無茶苦茶、ん……するわね! 何よ、この武器……。こんなの使うの、初めてだってのに……」
「その割には使いこなしていたじゃん、刀」
「はぁっ……はぁっ……簡単に言ってくれるわね……!」
俺は持っていた水筒の水を渡し、ナーサの息が落ち着くのを待つ。
「ったく……私が抱えてたわだかまりをものの一分でうやむやにしてくれちゃってさ」
「わだかまり?」
「ん……。前に曲剣は盾を回避して攻撃を当てたり相手の剣を奪ったりする卑怯者の剣だって言われて、頭来たから直剣を使ってたのよ」
「……はぁっ?」
「……あんた今バカだって思ったでしょ」
「そりゃあ……ごめん」
「いいわよ。……私だってそう思ったから」
そう言ってナーサは苦笑いする。
「証明したかったのよ。私の実力が武器に左右されているわけじゃないって。でも、この刀がもやもやしていたものを全部追っ払ってくれたわ。こんなに思い通りに振れたのは初めてよ」
「いや、ほんまに凄かった。あないなふうに刀を使いこなした者は初めてやわ」
「公女閣下――!」
ターニャが拍手しながら近づくのを見て、ナーサは慌てて膝を折り頭を下げる。だが、それを無理やり立ち上がらせるとターニャは親しげに握手してきた。
「ターニャでええって。様付けもいらんわ」
「え……っと、ターニャ、さん」
「むぅ、隣のカトルは最初っから呼び捨てやで」
「それはカトルがおかしいんです!」
「俺はターニャが公女だなんて知らなかったんだ。でも今更、様付けってのも何か違うだろ」
「あんたのその考えがおかしいのよっ!」
「あっはっは、おたくら二人、仲ええな」
ターニャが笑い始めたので、俺もナーサも恥ずかしくなってそれ以上何も言わず引き下がる。
「ほんでこれからが本番のテストなわけやけど、ぼちぼち始めてええか? 二人の実力ならする必要ないかもしれへんけどな」
次回は10月1日までに投稿予定です。