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第十四話 ナーサの覚悟

8月24日誤字脱字等修正しました。

「着いたで、ここや」


 ターニャの案内で連れてこられた場所は階段を下りた地下五階、まるでさきほど貴族たちが(たむろ)していた区画のように天井が高くただっ広い場所であった。

 ここが最下層のようで、階段のすぐ横には様々な剣の類が陳列している。見慣れた長剣だけでも数種類、マリーが愛用していた曲剣や先がのこぎりの歯のようになった剣など珍しいものも数多並んでいた。


「カトルたちに説明するのが難儀やから、先にやってもらうけどかまへんね? お二人さん」


 そう言ってターニャがフォルトゥナートとエーヴィに向き直った。どうやらすぐにテストが始まるらしい。二人が悲壮な表情ではあるものの頷くのを見てターニャは満足げな顔をする。


「さっき個人の技量は見せてもろたからすぐにチーム戦や。条件は同じで十分の間、魔法人形の攻撃からどれだけうちを守れるかや。ええな?」


 そう言ってターニャがパチンと指を鳴らすと、ティロールの森で見たユミスが作ったという魔法人形が空間から音も無く大量に現れる。

 もしかしたら百体くらいいるかもしれない。それらが皆、剣と鎧を装着しこちらを凝視していた。

 ……なるほど。これは一筋縄では行かなそうだ。


「ほないくで」


 その言葉が合図となってターニャは一目散に人形目掛けて突進していった。それを予期していたエーヴィがすぐ援護に回り、フォルトゥナートは各個撃破をするべく颯爽と剣を振舞う。


「何よ、これ!? 公女様が自由に動き回るのを守れってこと……?!」


 隣でナーサがテスト内容に仰天していた。まるでやられに行っているようなターニャの動きを読んで援護するのは、ナーサのスタイルだと何とも分が悪い。


「これ、二人でやるなら間違いなくナーサが各個撃破側だな」

「そうね……って、何でよ!? 私じゃ護衛が出来ないとでも言いたいの?」

「だって先手必勝がモットーなんだろ? だったら――」

「わ、私だって護衛くらい出来るんだから、バカにしないでよ! ったく……」


 口ではそう言いながらも、ナーサはエーヴィの動きに掛かりっきりだ。

 エーヴィは持ち前の素早さを生かしターニャの動きを先んじて襲い掛かる人形たちをいなしていたが、倒すにはあまりに相手の数が多く剣筋を跳ね除けるので精一杯であった。


「……確かにこれは厳しい、かも」


 思わずナーサが弱音を吐いてしまう。

 それだけ人形たちの攻撃は苛烈を極めた。

 人形たちの攻撃は基本ターニャを狙っているのだが、状況を見て一番苦しい場面で的確に狙いを変えてくる。その動きに翻弄され、なかなかエーヴィは俺との戦いで見せた素早い動きを披露することが出来なかった。そしてじわりじわりと疲労だけが蓄積されていく。


「もうじき五分やけど、息が上がって辛そうやね」


 その言葉を契機に人形がさらにスピードを増した。エーヴィは何とか反応しようとするが、ついにかわし切れず痛烈な一撃を右肩に受けてしまう。

 そのサポートをすべき相方(フォルトゥナート)はというと、もはや人形たちに囲まれて攻撃どころか避けることさえままならない状況であった。


「うーん、これじゃあかんで。さっきよりマシ、っちゅうだけでは認められへん」


 容赦のないターニャの言葉に心が折れたのかフォルトゥナートが致命的な一撃を胸に食らって吹っ飛ばされた。それを見たエーヴィもがっくりと頭を垂れる。

 そのままターニャに人形が殺到し護衛テストは失敗に終わった。


「個人の力量はなかなかのもんやけど、じぶんらは連携が圧倒的に不足しとる。残念やけど、これでは依頼する必要あれへん。魔法人形を使っ(つこ)た方がマシや」


 その言葉にエーヴィは何か返答しようとして首を振り、唇を噛んで悔しがった。この状況では何も言い返せないくらいの完敗である。

 そして、そんな彼女の動きを追っていたナーサもまた顔色が悪くなっていた。さっきは護衛出来ると豪語していたが、幹部二人とも太刀打ち出来ない状況に事の深刻さを痛感したのかもしれない。


「どや? テスト内容はこないやけど、ほんまに大丈夫か?」


 ターニャが俺たちの方に振り返り話しかけてきた。


「俺は大丈夫だけど……」


 そう言ってナーサを見る。


「わ、私は……」


 俺の視線にナーサは動揺を隠せず言いよどんでいた。

 あの決闘の時の実力が全てだとすれば、一対一ならともかく複数相手では苦戦は必至だろう。


「まっ、いきなりはせぇへんから安心しぃ。まずは個人の力量を見てからや」


 そう言ってターニャはまた指をパチンと鳴らした。すると人形たちは音も無く空間に消え去っていく。


「はじめは魔法人形一体と模擬戦やな。ただし、一分ごとに魔法人形の数を増やすから気ぃつけや。ほんでどっちから行く?」

「とりあえず俺からで」


 俺はすぐに名乗りをあげた。

 ナーサの事も気に掛かったが、何よりフォルトゥナートのぶっ倒れている今がチャンスだ。奴が気絶してる間にとっとと終わらせてしまえば変に絡まれることもないだろう。

 ――そう思ったのだが、ナーサの一言で俺は考えを改めざるを得なくなった。


「カトル、お願い。なるべく時間を稼いで……!」

「時間、ってどういう――」

「悔しいけど、このままじゃ私は太刀打ち出来ない。だから、あんたが魔法人形と戦っている間に何としても対抗策を考える。だから……!」


 真剣な表情で語るナーサの目に、俺は大きく息を吐き出し、そして覚悟を決める。

 自分の弱さを認め、今ある困難を乗り越える為に全力を尽くす――。それがどれだけ大変かわからないが、その気概に応えないのであれば仲間である資格はない。

 それに比べればフォルトゥナートなど些細な事だった。出来るだけ時間を稼いで、ナーサが対抗策を見出せるようにするのが俺の使命だ。


「……了解。なんか注文はある?」

「出来るだけ攻撃を避けないで剣で捌いて欲しいけど……」


 避けない、か。

 結構難しいオーダーだ。どうしても身体が勝手に動くからなあ。

 あ、でもどうせ長期戦になるならナーサに習った事の復習も兼ねて戦うのはありだな。それなら剣を使うし、いいごまかしになるかもしれない。


「そんなこと可能?」

「……やってみる。模造剣が持てば、だけど」


 少し不安そうなナーサに俺は力強く頷くと、一本の長剣を選んでターニャの前に出た。


「何ぞ話してたけどもうええか?」

「大丈夫」


 ターニャの言葉に頷いた俺は、剣を構えながらナーサの言葉を思い返していた。

 えっと、腰を中心にして前傾姿勢だけど重心はつま先じゃなくかかとに、だな。


「ほないくで」


 ターニャのちょっとそこまで行くかのようなゆるい声が響き、ユミスお手製の人形がまず一体現れる。

 その瞬間、不意の攻撃が首筋を襲ってきた。


「うわっ……と」


 って、いきなりだったから思わず避けちゃったけど、なるほど。こうやって相対してみると、結構背は高く動きも俊敏でなかなかに厄介な相手だ。

 俺は剣を構えなおし、人形の次の動作に備える。


「避けるだけやのうて、カトルから攻撃してもええで。まっ、ほんで隙が出来てもうち知らんけど」

「とりあえず様子見、だね」


 正確に急所を狙ってくる動きは意外と予想しやすい。ナーサのオーダー通り俺は剣で攻撃を弾き返す。

 ……一体だけなら楽だし今のうちにナーサに習った事を実践するべく攻撃も試してみるか。


『構えから運びは一連の流れよ。かかとへの力を緩めるとどうしても構えが崩れるから、それを崩さないように膝をわずかに曲げる感覚で腰の動きを抑制して。自然な身体の動きのまま、少しだけつま先が上がるのが理想的ね。当然意識して上げてはダメ。これがスムーズに出来るようになれば、相手の攻撃を避ける際にもっと素早く動けるし、攻撃のスピードも格段に上がるわ』


 ……これが構えの次の動作の説明だけど、なかなか難しいことを言ってくれる。

 ただとにもかくにも実践しなければ身に付くはずがない。俺は膝と腰に意識を集中し、軽く長剣を横薙ぎに振るう。


「およ?」


 なんかぎこちなかったわりには、上手く人形に攻撃が命中した。相手も攻撃の途中だったからカウンターのような格好になったのかもしれない。

 人形が体勢を大きく崩すのを見て、俺は一歩下がりさらなる実践に勤しむ。


『それが出来たら股関節と肩甲骨の動きね。首から肩にかけての筋肉を楽にしたまま肩の後ろと腰の下が連動するようなイメージで動く。そうすれば、全身がムチのようにしなり無駄な動きがなくなるの。……まあ、私も実戦ではなかなか上手く行かないんだけどね』


 言わんとすることは何となく分かった。

 つまり、一部分に力を入れるのではなく全身を使えってことなんだろう。首とか肩に余計な力が入るとバランスがおかしくなるしな。

 ただこれは俺にとってかなりの難題であった。

 力の弊害なのかもしれないけれど、今までは瞬時に動く際、片方の膝の力だけしか使っていなかった。そこをあえて力を入れず全身を使って避けるとなると、どうしても反応が遅れる感覚が抜けきれないんだ。


「ふう……ふう……」


 俺の一撃からさらにスピードを増した人形の攻撃をなんとか避けるも違和感が拭えないままだった。

 このまま練習を続けていると数が増えた時に不覚を取るかもしれない。


「なんや、ぎこちない動きやな、カトル。これからどんどん魔法人形が増えるのにそないな感じでほんまに大丈夫か?」


 見ているターニャからそんな野次が飛んで来る。そしてそのタイミングで人形の数が一気に三体に増えた。


「まあ、大丈夫だと思うけど」


 とりあえずナーサからの課題は後回しだ。今はこの人形の攻撃を剣で捌くことに集中しよう。

 ――心配そうにこちらを見つめるナーサの顔が見えてしまったからなあ。


「よっと」


 三体の人形は同時に違う部位を狙って剣を繰り出して来た。俺は最初の一体を軽い足運びでかわし、残り二体の攻撃を長剣で受け流す。

 だが、すぐに体勢を立て直した人形がまたしても同時に攻撃を仕掛けてきた。まるで三体とも一つの意思で統一されているかのように寸分狂いなくこちらの急所を狙ってくるのだ。

 ……なるほど。

 何であの“神速”を誇るエーヴィが苦労していたのかわかった気がする。さすがユミスの作った人形だ。どういう仕組みかわからないけど、きっと魔法でこの驚異的な連携を成し得ているんだろう。


 でもこれだけ凄い人形がいるのに何で傭兵を雇う必要があるんだ? テスト内容から察すれば護衛の依頼なんだろうけど、それこそこの人形には適任のはずだ。

 王宮に行けるってことに釣られたけど、良く考えたらあのイェルドの強制ミッションなんだよな、これ。

 うーむ。

 何か嫌な予感がして来たんだけど……。


 そんな事を考えているうちに人形の数がさらに倍の六体に増え、その攻撃も苛烈になってきた。

 ただ俺の死角を狙う意図は変わらず案外攻撃は読みやすい。一度避けてさえしまえば、それを認識出来ず六体ともに隙が生じるのも弱点と言えそうだった。

 とりあえず、これならナーサも何とかなるだろう。俺は今、攻撃していないけれど、避けた隙に乗じて一体ずつ仕留めればいいはずだ。

 となると、やっぱり問題はどうやってめちゃくちゃに動き回るターニャを守りきるかってことか。

 エーヴィもそれに苦戦してたもんな。フォルトゥナートがもう少し出来る奴だったら良かったんだろうけど。

 俺はもはや人形の攻撃など半分放っといて、次のチーム戦をどうするべきか熟考し始めた。

長くなったのでここで投稿します。

次回は9月26日までに更新予定です。

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